修復家の私考  〜 伝統・文化・芸術、そして文化財修復の世界 〜


◆アヴァンギャルドな音楽の再認識

私の住む街の近くに、高校生の頃から通ったジャズ喫茶がある。ここのコーヒーとカレーは絶品(今はもうサーヴィスされていない)だったが、それよりなにより、当時、友人の家で初めて聴いたジョン=コルトレーンというアーチストのレコードを聞かせてもらって以来、ハマりにハマったジャズが最高のオーディオシステムで聴ける事が何より嬉しくて、この店によく友人と通った。JBLのでっかいスピーカー、マークレヴィンソンのプリアンプにマッキントッシュの真空管パワーアンプ。まさにマニア垂涎のシステムがあり、本当に素敵な音を聴く事が出来た。この店で耳にするレコードを調べては、足げなく輸入レコード店(当時はまだCDが出始めの頃で、販売種類も数も少なかったし値段も高嶺の花だった、しかも輸入レコードは国内製品よりも1000円は安かった)に足を運び、アルバイトで稼いでは自分のコレクションを増やした。しばらくして今の仕事に就き、ある程度自分の趣味にお金が使えるようになって、それでもけっこうな値段のステレオ装置を自ら手に入れる事が出来て、収入の許す限りオーディオにも凝ったが、当然のごとく、資本力も経験も、知識も足りない私の装置が奏でる音は、この店の『音』とは遠く掛け離れていた。今から考えれば、実は良い『音』を追求するつもりで、けっこう装置をいじくり廻す事の方が楽しかったのかも知れない。感電も通電も経験した(笑)。休日に秋葉原へいっては店をひやかし、値切ったり、たたいたり?色々と電子部品を物色するのも当時は楽しかった。
この喫茶店はずいぶん前にバーに様変わりしたが、そこには相変わらず、最高のオーディオ装置がある。最近、新しいスピーカーが入ったと言う噂を聴いて、友達に誘われて久々に店を訪れてみた。噂の名器(もしかして迷機)、アバンギャルドというメーカーの最新型のスピーカーは、私達が良く見る四角い箱型のスピーカーの上に、大きなラッパのような形のスピーカーが二段に積まれている。一見、まるで楽器か何かの様。この日はちょうど店を開けたばかりの様子で、客は僕ら二人だけ、ちょっとラッキーと思う。三人で昔話をしながら、早速マスターお勧めの、この装置の真骨頂を聴く事のできるCDを聞かせてもらった。良かったのはロッド・スチュワートがスタンダードナンバーを唄ったCD。友人とバーボンを啜りながら、ほろ酔い加減の私の耳には、静かに目を閉じると、音の鳴る方にロッドが立っていて、まるでライブをしているようにさえ聴こえた。圧巻だったのが、小さな、擦れるような声まで、私の耳に心地よく届いたこと。良い装置というのは、大きい音はもちろんの事、幽かな音もきちんと聞こえる事が肝心で、それがものの見事に再生されているから驚いた。マスターに、『小さな音も凄く良く聞こえる』というと、にたにたと微笑んだ。『ただお金をかけるだけじゃダメなんだけどネ。』やっぱり経験?酔いも手伝ったのであろうか、私は本当にひさしぶりに良い心地だった。
昔はこの店にも、壁面いっぱいに、所狭しと並べられたレコードがあったのだが、いつの間にかCDに代わっていた。私も500枚を超えるコレクション(大きな声でコレクションとは言えないか?)を持っているのだが、レコードがCDに代わってから、どんな装置でもそれなりに良く聞こえる様に思えて、オーディオにも興味がなくなった。自然と音楽を聴く事からも離れて、レコード蒐集にも興味が薄れた。けれど、この最新のスピーカーから流れる『音』に、現代の技術の素晴らしさ(もちろん半分はマスターの経験と技術なのであろうが)に感動してしまった。そんな事を話すと、またニタリと微笑んで、『そんな事はないでしょ』とひとこと。
結婚して、子供が産まれ、子育てと仕事に追われるようになると、自分の趣味などに費やす時間はどんどん少なくなり、いつかゆっくりと音楽を聴く事も、聴こうと思う事もなくなって久しい。レコードはおろか、レコードの取扱いから比べれば、なんと簡便であろうCDさえ、装置に出し入れする事が億劫になった。『今日は改めて良い時間を過ごした』と言うと、マスター、『やっぱりこういう時間も大切なんだよネ、、、。』とまた一言。

現代の技術が、私に音楽の楽しさをまた思い起こさせてくれたようだ。
今日はコルトレーンを聴く事にしよう。
(051004)


絵画・美術工芸品・文化資料の保存修復 中塚祐松堂

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