修復家の私考 〜 伝統・文化・芸術、そして文化財修復の世界 〜
◆たまには解説はあとで
私は最近、絵画などの美術作品の展覧会に行く時は、極力解説書や研究書きを見ないようにしている(立場上、観賞のあとで必ずきちんと目を通すが)。専門家たる所以、それでも一般の人々からくらべれば、たぶん、私もけっこうたくさんの情報を持っているから、それが自然な(あるいは自由なとでも言おうか)観賞の妨げとなり、時々うっとうしく思える時があるからなのだ。ちょっと前に同業者の友人たちと食事を共にした折にも、彼等がどうしても無意識のうちに、修復家として作品を眺めてしまうと口々に言っていたことが強く印象に残っている。かくいう私にもその癖がしっかりと備わり、ついつい知り得た学知や言説によって見つめ、どこか既知の物としてとらえてしまいがち。もちろん、他の人と同じように作品に向き合ってしばらくの間は、観たままの姿形、色彩を確かに体感していると思うのだが、いつのまにか筆致や構成、技法、製作当時の歴史や社会へとイメージが広がり、観賞を通り越し、果ては過去の修復あとを探しはじめる始末。これはある意味、専門的な知識の所有と、経験、訓練のたまものとして、ひとつの作品からとても多くの情報を読み取ることができるというメリットとして捉えることも出来ようが、私は、一鑑賞者がこういった鑑賞方法を、常に意識したり、求めたりするべきとは思わないし、私達のような専門家、例えば美術評論家とか、芸術家の鑑賞法、姿勢が優れているとか、正しいとは思わない。
今回観にいったマチスの展覧会も、会場には作品以外に様々な文字情報が提供され、製作者の製作過程のVTRを公開する念の入り用。果たして、そんなことは、観賞に必要なことなのだろうか、、、。画家は、自分の製作過程をも作品と共に鑑賞してもらうことを望んでいただろうかなどと考えた。美術館は、日本では博物館法にその仕事と目的が定義されていて、芸術作品や歴史、民俗、産業、自然科学等に関する資料を収集、保管、展示して、教育的配慮の下に一般公衆の利用に共し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資するために必要な事業をおこない、合わせてこれらの資料に関する調査研究をすることを目的とする機関(博物館法第二条) とある。
それは、芸術に無関心な人々に、その楽しさや豊かさを理解してもらうきっかけにもなるかも知れない。絵画や芸術に少しでも関心ををもつ物であれば、こういった『絵を観ただけでは知り得ない』情報が得られることを喜ぶ人もたくさんいるだろう。きっと、こういった人たちが増えれば増えるほど、美術館や博物館施設で働く研究者や学芸員などは冥利に尽きるに違い無い。せっかく大きな企画展を開催するならば、さらに偉大な作家を取り扱うともなれば、研究者としての腕も唸ろう。情報の提供が多いほどに、チケットのバリューも上がるのかも知れない。
けれど、場合によっては、その情報の提供、サーヴィスが、観賞の、何かしらの妨げになることは無いだろうか。たとえば、観賞の視線の方向付けを行い、ある部分で、鑑賞の誘導、統制や規制とは成らないだろうか。スーザン・ソンダグは『写真論』の中で、写真に脚注をつけた瞬間、その写された画像にあらたな意味合いが創られ、付け加えられ、本来の状況とはまるで異なった印象を鑑賞者に与える事を指摘している。写真も、絵画も、自らは決して何も語らない。芸術は完成した瞬間から、作者の意図を超え、鑑賞者の五感と経験にゆだねられるから、作品へのコメントも、そこに添えられた一言二言の小さな言葉さえも、鑑賞の方向を容易く変化させる可能性があることを、情報の提供者は知っていなければならないと思う。
上野の国立西洋美術館で開催されているマチス展を観て来た。私は彼の作品がとても好きだ。とくに人物像がイイ。あのたくましいまでのボリュウムと、艶やかな色。半世紀余りを超えてなお、色褪せない輝きと心揺さぶるエネルギーを感じる。技法も、生い立ちなんか知らなくたって感じることができる何かがある。この作品を前にして、ただ眺めていたいと思う。あの色、形、線を。ただそれだけでも良いと思う。
たまには『どうぞ、まずはごゆっくりと御覧ください』とはじまる展覧会があっても悪くは無い。
『解説はぜひ御覧いただいたあとでどうぞ』といった具合に、、、。
街はもうクリスマスの準備。
メリークリスマス!!◆マティス展 於:東京上野 国立西洋美術館
会期:2004年9月10日(金)〜12月12日(日)まで
開催時間:午前9時30分〜午後5時30分
(金曜日は午後8時まで開館) 入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日 ただし、9月20日、10月11日、11月22日は開館、
国立西洋美術館サイト http://www.nmwa.go.jp/index-j.html◆参考書籍
『写真論』 スーザン・ソンタグ 著 晶文社
『明るい部屋』 ロラン・バルト著 みすず書房
何れも写真に関する論考がおこなわれているもの。かつてソンダグの著者はカメラマンを目指す人のバイブルだった?
ソンダグが現在から観た写真の視点に焦点を当てる一方、バルトは個人的な回想を通して写真を見つめている。双方を
読み比べるのもオモシロイと思う。
絵画・美術工芸品・文化資料の保存修復 中塚祐松堂
▲Home▲ ▲back▲