修復家の私考  〜 伝統・文化・芸術、そして文化財修復の世界 〜


◆文化保存のパラドックス

日本が世界に誇る表装(表具/ひょうぐ、経師/きょうじ などとも呼ばれる)の技術は、その起原を調べて行くと、チベットあたりに仏教が起こって後に、かの地の人々の生活様式に合せ、その教義や偶像の姿を写したしたもの(仏教絵画の走りと考えてよい「と思う)を『移動』するために考案されたという説がある。その信憑性はさておき、日本の歴史資料を辿れば、およそ610年ごろに中国に渡った遣唐使達が、日本に仏教を持ち込んだことにはじまり、その後、大陸を経て輸入される文化と、国内で起こる大和文化との密接な関係の中で育まれ、様々な変化を遂げ、現在のような姿となっている。
今やこの表装技術は、東洋絵画の保存修復に欠かせないものとなっているが、この技術も、もとは経巻に利用する料紙を染色したり、罫線を引いたり、装幀を施すなど、ある造形技術(芸術)として生まれたもので、後にすべての物質として、人がつくり、利用する物の定めとてして、痛み、傷付き、汚れ、壊れてゆくことから、きっと必要にせまられて、手入れや修理技術が加わったのだろうと思う。そして、今日になって、私達修復家は、この手入れ方法や修理技術に着目をし、利用、応用しているわけだ。
一方、近代ヨーロッパでうまれた自然科学や博物館学(はるか600年前の大航海時代のヨーロッパで、その後の植民地政策のために生まれたとされる)に基づいた現在の『保存修復(保存集復学といった方がよいか)』においては、そこにある物の姿形のすべて、形質、組成構造や製作技法など、読み取ることのできる情報を可能な限り保存することを理想、理念としているから、たとえば掛軸の仕立て替えなどはもってのほか。古くなって綻び、傷んだ表装裂地はもちろんのこと、今まででは修理のために交換があたりまえとされていた裏打紙までもを再利用することを望まれる。
この行為は、一見して、過去の情報、先人の創造や知恵、もはや現代社会に生きる私達が知覚することも出来ないようなモノまで、きっと残すことが出来る可能性をもった価値ある考えと観ることができる。しかし、ここには同時に、伝統的な文化様式や運動形態の存続に危機をもたらす側面をもっている。こういったことが理想とされ、全てにおいて正しいことと認められれば、たちまちの内に表具師の仕事が破壊行為と見なされたり、職としての存在も否定され、存続することは困難になる。さらにはこの危機にともなって、表装作業に欠かせなかった紙や裂地の需要も増々減り、生産者は全滅なんていうこともありえはしないか。それはただでさえ、昨今の急速な生活の西洋化によって、一般家屋からは床の間も消え、掛軸や屏風に代表される表装の需要は激減していくばかりなのだ。私達の文化は西洋の文化に追われ、西洋の思考や哲学によって終息するのだろうか?
表装というある文化の姿形。その長い歴史、時間を耐えて伝えられ、残されたモノから読み取ることのできるのは、先人達の豊かな叡智と精神。それは現代に生きる私達修復家の精神にもきっと共鳴し、呼応するところが大きいと思う。けれども今、私達が修復家として持つべきとされる理念や哲学という網は、皮肉にも、物質としてのほんの幾許かを捉えることしか出来ず、そこからこぼれたモノはいたずらに、あるいは不用意に否定し、周縁に追いやり、本来それを形成していたはずの、たくさんの要素を廃棄させようとしてはいないか。豊かで多彩な文化のある部分を、容易く『影』と決めつけて削り、『澱』と呼び捨てて漉し取ることを促してはいないか。過日参加した、国宝修理装こう師連盟主催の研修会では、韓国や中国、イギリス人の修復家の話を聴くことができた。ここで私は、彼等の修復方法や技術の違い、多様さにくわえて、その根底に流れる各々の文化、民族、歴史からなる独自性や価値観に改めて驚かされた。韓国のある修復家の話によると、韓国の寺院に飾られる仏画は、製作以後、常にきめられた場所に置かれ、痛んでも修理されること無く、いつか利用がかなわなくなった時にはそれを燃やし、灰は寺院の敷地の重要な位地に埋められるという。炎とともに仏心(スピリット)は天に登り、灰は地に帰る。仏教の輪廻天性を思わせるこの行動、文化様式も、いずれ修復家の理念、精神(スピリット)を受け入れることで、すべて地上から消え失せる!?

物質として残された歴史遺産や文化財を守ることと、文化の形態や様式、運動を守ることとは分けて考えるべきなのかも知れない。けれど、こういった事実を、私達修復家はいったいどう受け止め、理解し、納得すれば良いのだろうか。物を守ることが何かを破壊したり、消滅させるきっかけにもなりうる。文化を守ることのなんと難しいことか、今さらながら深く考えさせられた。

2004.11.09 


絵画・美術工芸品・文化資料の保存修復 中塚祐松堂

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