修復家の私考 〜 伝統・文化・芸術、そして文化財修復の世界 〜
◆映画『パリ・ルーブル美術館の秘密』を観て
年の瀬の日曜日。家内に子供と大掃除をまかせて、私と同じ修復家である友人と師匠と3人でニコラ・フィリベール 監督の『パリ・ルーヴル美術館の秘密』を観て来た。私にとっては、この夏に子供のおつきあいで観た『トレジャープラネット』(本当はターミネーター3が観たかった!)以来の劇場での映画観賞である。
この日、はじめて訪れる映画館、渋谷ユーロスペースは、場所も今一つ不案内だったので、すこし早めに到着したのがよかった。気がつくと僕らの後ろは長蛇の列。以外や以外の人気である。100席にも満たないかと思われる座席はあっという間に埋め尽くされてしまった。
この映画は、1987年の終わりに大きな改装がはじまり、現在の姿に至るまでのルーブル美術館に働く人々の姿を記録したモノで、当初1日限りの撮影ということで召還された監督が撮影を始めるや、美術館の舞台裏の面白さに取りつかれ、無許可で3週間ほど撮り続けたあとでやっと館長に許可を取り付け、気がつけば完成まで5ヶ月の歳月を費やしたというシロモノだという。
映画は全編を通じて淡々と、静々と進み、スクリーンに移る映像には一切の解説字幕もナレーションもない。そこには心を動かす音楽も、さしたる効果音も無く、時折、館内に響く靴音や、働く人々の会話が聴こえるだけ。むしろそれが、その場の張り詰めた空気、臨場感を漂わせている。搬送のためにロープでぐるぐる巻かれ、吊るされる彫刻たちの顔がアップで写し出されると、『やれやれ、、、』などという声無き声が聴こえて来るようで、むしろ、映像がとても寡黙であるということが、観る側の興味をいっそう掻き立てるスパイスになっていて、楽しく想像めぐらすことのできる『余地』も与えてくれる。
スタッフは、まるで迷路のように永遠と続く回廊を進み、懐中電灯を片手に、洞窟のように暗く果てしなく長い階段をおり、やっと収蔵庫へ辿り着く。裸電球しかない、うすぐらい部屋には大小の彫刻が所狭しと並べられ、その間を縫うように進み、目的の作品をやっとのことで探し出す。黙々と巨大な作品を持ち上げたり下ろしたり。学芸員は展示計画に頭を抱え、展示する者は彼等の目まぐるしく変わる指図でフックを打ち込んだり引き抜いたり、作品を上へ下へと移動する。
開館までには、作品の展示以外にも様々なことをしなければならない。制服合わせ、消火訓練、人命救助訓練、写真取り、床掃除、ペンキ塗り、電球の取り替え、創造を絶する数の窓拭き、夥しい数の展示品の時計のネジ巻きは果てしなく続く、、、。数えきれない種類の仕事や準備を恐ろしく非機械的に、長い時間をかけて、けっこう原始的な方法で作業をすすめる人々の姿には親近感さえ覚えて、なんとも素敵で、ユーモラスで、微笑ましく思わせた。ルーブル美術館。そこにある世界的な遺産は、かくも大勢の、様々な人々によって守られていた。文化はけっして私達のような専門家だけによって守られているのではない。修復家のできることなどなんと微々たるものか。年の瀬に、あらためてそう思った。
(20031228 明日から大掃除に参加!?)◎パリ・ルーブル美術館の秘密は渋谷ユーロスペースにて上映中 http://eurospace.co.jp
絵画・美術工芸品・文化資料の保存修復 中塚祐松堂
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