修復家の私考  〜 伝統・文化・芸術、そして文化財修復の世界 〜


◆グローバルな時代のモノの見方

1989年4月。折しもフランス革命(1789年7月14日)が起こってから200年後のパリを、私は生涯初めての海外旅行地として訪れた。当時、ヨーロッパへ渡航するために、飛行機はまだアンカレッジを経由しており、ヨーロッパ各地へのフライト時間は寄港地の待ち時間を含めると有に20時間を越えた。往路はまだよくて、かの地への憧れと期待を胸に時間の長さはたいして苦にならなかった。けれど復路は、はじめての海外、その不安と言葉の苦労からの解放によるものか、はたまた身が震えるほどの大きな感動、頭の中でとめどなく、めくるめく繰り広げられる旅の体験、記憶によってか、まるで拘束衣のように窮屈な椅子のせいなのか、これまでに覚えたことのない激しい疲労に襲われて、日本の地を踏んだ時はもうくたくたであったことをよく思い出す。
私は留学こそしたことがないが、大陸の上に明確に異なった文化(たとえば言語や生活習慣)がキラ星のごとく存在するヨーロッパの歴史や文化に魅了され、この後、旅行者として幾度となく各地を訪れた。かの地は外国人旅行者の受け入れにも慣れているのか、それともこちらのあまりの恥知らず、図々しさと無頓着な姿勢が功を奏したのか、回を重ねてなお楽しい旅をすることが出来た。たとえ暫時の滞在でも、ちょっとだけその国の歴史や文化などを勉強をして、あとは現地で積極的に動き回り、五感を駆使すると、けっこうその土地の生活や習慣の断片を垣間見ることができ、いろいろな体験をする機会にも恵まれた。
それから間もなくアンカレッジ経由の便はなくなり、数年後、同じ地を訪ねた時のフライトの短さには、おもわず感激をしてしまった。今ではもう、へんてこな日本語を話し、商売熱心で相撲取りのように割腹のいい、あのアンカレッジ空港の免税店のおばちゃん達の姿を見ることは出来なくなった、、、。
今や一日もあれば、たいていの主要国には行くことが可能になった。さらに現代のテクノロジーは、座っている椅子から離れることもなく、電話回線に繋いだパーソナルコンピューターさえあれば、様々な国や地域の情報をリアルタイムで入手することを可能にさせている(もちろん、まだ限られた地域、社会に住んでいる人々に限られてはいるのだけれど)。最近は世界が小さくなったとよくいわれる。私がこの仕事に就いた頃には、まだインターネットなどという言葉も知らず、パーソナルコンピューターを所有することなど夢にも思わなかった様に思う。海外へ行くこともそう簡単ではなかったし、足はあっても『お足』は無く、情報はただひたすらに人と図書館に求める他なかった。昨今は私達修復家の世界でも海外留学する学生も珍しくはなくなったし、逆に日本の伝統文化や技術の修得を目的に来日する外国人も増えて来て、御多分にもれず、日本語を流暢に話す外国人が私の工房にもやって来た、、、。
今日の私達の生活スタイルは、猪突猛進、一心不乱に西洋化の一途を辿り、過去の文化は捨てられるか周縁に追いやられるばかり。こんな時代だからこそ、あらためて、なお、私達の前に残されたモノを読み解き直すことがとても大切になる。海外へ出て、そこから私達や私達の先祖がつくってきたモノと見比べることも良いだろう。けれども同じように、それ以上に、私達の歴史をしっかりと学び、その文脈をとらえて見つめたい。ここで肝心と思うのは、悪戯に自分の経験だけで全てを読み解こうとしないこと。常に自分の見解や、そこにあるモノサシに注意を払い、そこに安座しないこと。前例や言説、身近にあるコトバにたよって説明をする安易な解決の誘惑に負けないで、多くの人々が周縁に追いやり、捨て去ったモノにも目を向けたい。何より恐いのは、限られた方法でしかモノを見れなくなることと、無意識にモノを見ることに慣れてしまうことだと思う。
文明が小さくした地球(世界)で、様々な情報が交流、交錯する時代だからこそ、歴史も文化も様々な立場から、その意味や位地、価値を見つめ直す必要があるのだと思う。


(031220 メリークリスマス)


絵画・美術工芸品・文化資料の保存修復 中塚祐松堂

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