修復家の私考 〜 伝統・文化・芸術、そして文化財修復の世界 〜
◆ハンス・ブランマー氏の講演を聞いて
於 :東北芸術工科大学 東京サテライトキャンパス 2003年11月20日(木)13:00〜17:00
演題:原状(オリジナルな状態)と現状の間の緊張の場における絵画保存修復
"Gemalderestaurierung im Spannungsfeld zwischen Originalzustand und Erhaltungszustand"
●パート1. 原状(オリジナルな状態)の復元が修復処置の目的なのか
●パート2. レンブラントとレンブラント派の絵画作品からのクロスセクションにおいて観察される絵画層表面とワニスの保存状態現在、ドイツ・カッセル美術館保存修復課主任であるハンス・ブランマー氏は、絵画保存修復家としてヨーロッパ各地で長く研鑽を積み、レンブラントとその弟子達の作品の修復を多く手掛けている。講演では、ヨーロッパにおける長い修復史のなかで、ニスの取扱いに焦点を当てた研究の成果を主要とした講演であった。今回は、その概要として簡単なレポートと私見、感想など記した。
西洋絵画、とくにテンペラ画、油彩画においては、時代によってニスの捉え方や取り扱い方が違う。修復の現場、その歴史をみると、ある時期は、それが単純に絵の具層の保護膜として取り扱われ、その材料の特徴としての黄変や劣化による亀裂、汚損、それに伴う画面の不鮮明化には、古いニスをとって絵画層をあらわし、新たにニスを塗布することが盛んにおこなわれている。ニスはダンマーやマスティック、コパール(いずれも樹液や脂<ヤニ>等を主成分とするもの)等の様々な樹脂によってつくられているが、この除去には絵画層をも容易に溶解する様な有機溶剤が使われる。講演の中で紹介された、Max von Pettenkoferは、変質したニス層の回復処置として、アルコールの蒸気を作品の表面に当て、それを膨潤〜回復させる方法を開発したことで有名だが、"このペッテンコッファー法"も、実際は気化したアルコールが急速に結露し、絵画層に至る深層の亀裂がある場合は、この中に浸透、残留することがわかって来た。さらにこの処置後にニスを塗布したならば、残った溶剤が絵画の深い層からじわじわと溶解作用を進め、次第に絵画層、ニス層共に溶解、結果的に各層は癒着、混合し、この後のニスの除去処置はもはや困難であり、それはオリジナルの描画層を除去すること、つまり作品の破壊に等しくなってしまうという。
一方、ニスを作品の製作現場、作家の側から見てみると、近年に至っては、印象派以降、あえてこのニスの艶を嫌い、表現として、意図的にニスを塗布されなかった作品に対して、修復される段階で塗布をおこない、後に批判を浴びたケースもあるし、史実をひも解けば、アルブレヒト・デューラー等は自らニスを調合し、その塗布時期をも限定、『作品は誰にも触れさせない様』所有者にきびしく指示していたという。当日の通訳担当の修復家、眞鍋氏によれば、かつては多くの作家が自らニスを調合、塗布しており、ニスはあきらかに、表現の手段として塗布され、あるいは意図的に塗布しない状態を完成とした事実もあり、ニスもまた、単なる保護膜ではなく、絵の具やキャンバス等の画材と同じように、作品にとっての重要な意味合いを持つものだと説明していた。
現在でもなお、多くの修復家がニスに深い関心を持っている。古い(変質した)ニスの除去は、時に観賞性の向上をはかる処置として、おそらくは処置前後の変化を肉眼で認識出来ることがもっとも容易なことからも、重要視され、また問題となる。
文明、化学の進歩は、修復現場における作品の調査方法を高度化し、様々な情報(現状)を私達に与えてくれる反面、調べる方法や観る角度をほんの少し変えるだけで、得られる結果はずいぶんと異なってくることがわかる。作品のオリジナリィティー(原状)を読み取ると言うこともまた難しい。作品は、その生まれた時代、地域、人、社会と密接な関係があり、そこから大きな時間と空間を隔てられた時には、その実体を読み取る糧となるモノも限られてくる、、、。
科学的にモノを観るということも、高度なテクノロジーを持ったからこそ、過去の経験や史実をもういちど見直し、より広い視野を持ち、多角的なアプローチをおこなう必要があろう。そしてこれはまた、人間のイマジネーションこそのなせる技(技)でもあるのだろう。
『灯台もと暗し』という言葉がある。顕微鏡ばかり覗いていると、足もとに広がるフィールドはけっして見渡すことができない。
(031129 今年もあと一月あまり)
絵画・美術工芸品・文化資料の保存修復 中塚祐松堂
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