修復家の私考  〜 伝統・文化・芸術、そして文化財修復の世界 〜


◆リメーク、リフォーム一考

『なんということでしょう』とはじまる女性アナウンサーのナレーション。家屋リフォームをテーマにしたさる番組は、きっとこのHPを見ている人の中にも一度は見たことがあるだろうか。昨今の低迷する経済動向の中で、古くなった家屋をローコストで改善するリフォームやリメイクはけっこうな盛況だという。この番組のでは、築80余年を経る家屋のリフォームが行われたこともある。こんな家にはその建物自体もさることながら、大抵、たくさんの思い出のつまった家具やら什器、備品が置かれている。番組で登場する『匠(たくみ)』と呼ばれるリフォーム請負人の建築家は、毎回頭をひねりながら、アイデアを絞ってこの残されたものと格闘をする。中には誰も想像出来ないような姿や形、本来の用途とは全く異なる方法でそれを再度活用し、施主の今日の生活に生かして行くのがなかなか面白い。でもここで、この番組を修復家の立場として見て行くと、ある意味で『破壊』とか『変型』『変質』というマイナスなイメージの言葉が頭にもたげてくる。私達専門家の目から見ると、彼等のもとの家にも、その中にある生活の道具にも、文化財として、あるいは歴史資料としての大きな意味と情報を含んでいて、潔く大胆に切りさばかれるのを見ていると、時折、驚きさえ覚える。廃物利用という言葉もあるが、ここで失う情報は少なくない。救いは、彼等が過去の歴史を刻んだその断片を見つめ、利用することで、思い出を蘇らせることが出来ること。そしてさらにそこによろこびを感じながら、施主の日々新たな生活史を蓄積させる土台とすることが出来るということだろうか。

戦後、日本の生活様式とその文化は加速度をつけて欧米化して来た。それにともなってか、家屋の形はもちろん、その建築施工法も変わって来た。大工の技術も使う道具もそれに伴って変化していて、もはや鑿(のみ)も鉋(かんな)も鋸(のこぎり)も使う必要は少なく、それをメンテナンスする技術、例えば刃物を『研ぐ』といった作業も必要も少なくなくなって来たようだ。かつては何種類もあった材木の接合方法である組手(臍やダボなどと呼ばれる施工)も忘れられ、今ではもっぱらそれも機械であらかじめ施し(プレカットというそうだ)ておいてから工事現場に運ばれるので、大工はまるでプラモデルよろしく、設計図を見ながら家を組み立てることができるようになった。最近は素人でも基礎工事と、ガスや電気、水道などの工事さえしてもらえば、日曜大工で家が建てられるという。もはや、私が幼い頃に建築現場で聞いた鋸や金槌の音は、空を切り裂かんばかりのけたたましい金属音とマシンガンのような炸裂音に打って変わり、いつか技術とともに昔の話として忘れ去られることも、きっと遠い先のことではないだろう。
文化というものは、人と社会の流動、営みの中にあり、時の経過と共にまた変化して行くもので、それを避けることは誰にも出来ない。それが自然の姿であり、あるいはまた、その変化こそが面白い文化であるのかも知れない。
しかし、それでも、今日の高速に進化展開する科学技術は、多くの人たちの生活をより便利で快適なものにしてきた一方で、その対極にある過去のモノや情報を、急速に、加速度さえつけて色褪せさせ、魅力なき陳腐な物として映させているようで仕方ない。
私はこのHPの中で、度々言っていることではあるが、文化財とは国宝や限られた重要文化財を指して言うのではなく、私達の生活のある所ならばどこにでも、いたるところにある。むしろ、国宝(有形だろうが無形だろうが)などはただ一握の人々が定めただけの特殊なもので、私達の生活の中にこそ豊かな文化とその情報がたくさんあるということを、ぜひ多くの人にぜひ知ってもらいたいと思う。


(2003.9.9. 残暑厳しき熱帯夜)


絵画・美術工芸品・文化資料の保存修復 中塚祐松堂

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