修復家の私考  〜 伝統・文化・芸術、そして文化財修復の世界 〜


◆自然に燃える紙

みなさんは、赤茶けた古い新聞や書籍、あるいは古い本などを見かけたことがあるだろうか。このような紙の中にはかなりひどく変色し、ちょっと触るだけでポロポロとくずれていくような状態になる物もある。このような紙は日本の和紙に対して、洋紙などとも呼ばれる紙がおおい。楮(こうぞ)や三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)などの靱皮繊維を材料とする日本の和紙は、もともと繊維の叩解(こうかい/大きな木鎚等でたたいて細かくほぐす事)も穏やかで、繊維が長く残って強靱であるのに対し、戦後あたりから大量につくられた木材パルプを原料とする紙は、木材等を機械的に細かくすりつぶしてしまうために繊維は短く脆弱だ。さらに、この類いの紙には印刷用に滲み止め(硫酸礬土/硫酸アルミニウム)を含み、この中に含まれる酸によって紙が急速に劣化し、非常に脆くさせてしまうという破戒要因がある。
この紙の被害は、自ら持つ酸によって酸性化し、放っておくといつか焦茶色になったりして、まるで火にでもかけた煤のように脆くなり、さらに、その劣化進行がゆっくりであることから『スローファイアー』と呼ばれるようになった(1987年にこの酸性紙問題を捉えた『スローファイヤー』というフィルムが全米のTVネットワークで放映された)。近年では、これに加えて大気汚染による窒素酸化物も紙の劣化に影響を与えているといわれる。紙が柔軟で、しなやかな状態に保っているのは、繊維がある程度の湿度を抱えていることも大切なのだが、今日の私達の生活環境は優れたエアコンで快適になった一方で、急激に変化する温度湿度はさらに紙の劣化を速める原因となる。自然光や蛍光灯などに含まれる紫外線も劣化、破壊を促進させる、、、。
スローファイアの問題は、1959年にウィリアム・バロー(製本・修復家)によって発表された調査研究書『本の劣化・原因と対処、書籍用紙の耐久性に関する二つの調査』を切っ掛けに広く知られるようになる。彼はここで五百冊にも及ぶ書籍を調査し、今世紀前半に発行された書籍は21世紀までにはわずか3%しか残らないと指摘。この報告は世界中の図書館関係者を震撼させた。当初は『眉唾もの』と懐疑していた者も多かったようだが、さらに研究は進み、その実体が明らかになって行く。

日々膨大な部数が製作される本、雑誌、新聞、etc、、、。なかでも粗悪な紙に印刷された資料ほど劣化は激しい。こうした文字情報が記された印刷物の保存方法としては、現在、たとえばマイクロフィルムやCDROM(パソコン用の記録媒体コンパクトディスク)等の代替物への記録が進められている。ここでは印刷物というものを『情報へアクセス(読む/文字や図像を入手する)するモノ』と限定して考え、あくまでも『本』の形や姿、あるいは『紙』といった情報を印刷されるモノは単なる記録媒体(文字情報を載せて荷車のように移動出来るので"キャリヤー"とも呼ぶ)、還元するならば、けっこうな人が見向きもしないで残してしまう刺身の『つま』などのように、"添え物"として捉えている。つまり、文字や図像などの情報が判読出来れば、それはどんな形態の記録媒体になっても問題はないというわけだ。
しかし、この一方で、その記録媒体も含めて貴重で、保存が必要であると考えられた場合は、書物の姿形、装幀形態の保存が要求される。ここでは、劣化した資料にほかの何かを加えて強化したり、洗浄によって酸性物質を除去したり、アルカリ性剤を加えて中和したりする処置が行われる。近年では、大量の資料を機械的に処理する方法も考えられていて、ドイツのさる修復機関では、古く劣化した膨大な数の新聞の表裏を分離して剥ぎ取り、その間に紙を挟んで糊付け強化をする"ペーパースプリット"と呼ばれる技術を駆使している。また、日本では近年、ガス化したアルカリ性剤を蒸着させる技術が開発されている。
いずれにせよ、製作に時間のかかる絵画や美術工芸品に比べて、機械的に、高効率に、日々あまりにも大量に生産される紙資料の保存は、とても厄介であると思う。

(020709)


絵画・美術工芸品・文化資料の保存修復 中塚祐松堂

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