修復家の私考 〜 伝統・文化・芸術、そして文化財修復の世界 〜
◆変りゆく伝統
『表具』(経師、表装に同義語)というのは、言わずと知れた(今は知らない人もいるのかな?)書画の装幀技術を指していう。この技術は東洋絵画(日本の絵画技法もその源は中国や韓国=東洋にあるので広くそう呼ぶ)の修復を行う場合にも必要不可欠である。表具はもともと、中国あたりから輸入されたものには違いないが、現在あるその形態や様式は日本の独特のもので、他に比類のないとても洗練されたものだと言えるだろう。ここには、例えば漆器や陶磁器を作ることと全く同じように、長い時間の中で育まれて来た伝統工芸としての側面がある。この伝統工芸は、今では生活様式の変貌と共に、その存亡も危ぶまれる中、限られた地域や集団、あるいは小さな工房の中でしっかりと守られ、なお脈々と伝え続けられている。そして、この伝達の方法もこれまた伝統的に、今日のテクノロジー、情報通信の高速進化をよそに、いまだ口伝や経験の積み重ねである『修行』という形態をとっている。
『修行』とか『伝統』とか聞くと、世の中のほとんどの人は『何も変わらないもの』とか『ずっと同じもの』などと想像するのではないだろうか。でも、実際はそうではないと思う。ちょっと前にTVで流行った『料理の鉄人』。中華の鉄人こと陳健一さんは、ある番組の中で「おやじの(師匠)の元で働いている兄弟子達がつくるマーボー豆腐の味がみんな違っていて、中にはおやじのよりも美味しいのがあってビックリしたよ」と修行中の話をしていた。彼自身、弟子というのは師匠と全く同じことをすることが務めだと考えていたという。
もとは一つであったろう、何かをつくりあげる製法や技術は、長い時のなかで各々の継承者が自らの感性やスタイルを加えて、いくつもの流儀や作法のような独自のスタイルを創造、獲得して変化する。
料理人の『舌』よろしく、情報、技術の伝承を体感や経験といった職人達の感覚や感性にまかせるところが強い限り、たとえ同じことをしようとしても、それを習得した人の身体能力によって、方法も結果も違ってくるのは当然だろう。むしろ全く違う人間が全く同じ動作、方法で何かを成そうという事は科学的にも非常に難しいのではないだろうか?この逆に、身体能力の異なった者が、同じものをつくり出そうとする時は、けしって同じ動作ではできるはずもなく、そこに何らかの工夫や運動の変化が必用で、ここには所作、作法の変化が必至になろう。
一方、過去には、現在の様な物流システムも無かった(伝統工芸で利用される種々の材料の入手には、その需要の減少からも取り扱う業者が希少でいまでも大きな地域差がある)ので、材料の入手もけっこう難しかったはず。歴史を見ると、応仁の乱以後、戦乱を逃れるために貴族達が地方へ避難した折に、彼等を得意先としていた職人も同じように地方へ移動して高級(貴族)文化の拡散があったといわれるが、ここではやはり、物流の制約が必然的にものづくりを変えたはずである。さらにこの地域差は、方言などに種々の用語が順応(あるいは洗練というべきか)し、使用する材料素材はもちろんのこと、作業自体の名称、呼称までを変化させている。
すべての文化というものは、時代と密接な関係を持つ。工芸という世界も、その時代、そこにあった社会、人々が要求した結果を、各々の物の姿形に留めている。そして、過去から今に伝わるものの多くが、その時代、生活にあった活用をされて今に至っている。時代とともに社会も変わり、なお人の肉体や感覚、感性、思考、哲学、価値観が変化する。当時は見えていた価値、貴重と考え、美しいと思った姿形、、、。現代に残る記録や言説、歴史を机上の学習こそ出来たとしても、それをリアリティーを持って実感することは難しいのではないだろうか。
伝統は今も確かに変化し続けていて、ある意味、それは進化や昇華なのだと評価することもできるかもしれない。あるいは、今やなつかしい『伝統』という表現、コトバの響きが、何も変わっていないという、何かしら魅力的なイメージを生み出し、それを伝統と呼ばせ、変わっているという現実を美しいベールに包み、いつまでも麗しく、輝かしく見せるのだろうか。伝統とはそんな幻想である、、、!?
(030707 雨の七夕)
絵画・美術工芸品・文化資料の保存修復 中塚祐松堂
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