修復家の私考 〜 伝統・文化・芸術、そして文化財修復の世界 〜
◆表具の問題点
実は専門家と呼ばれたりしている(思われている?)中でも、しっかりと理解解している人が意外に少ないように思うのだけれど、『修復』をすることと『表具』をすることは、本来はまったく違うことである。『修復』というのは、あくまでモノを残す、保存をするための技術であり知識であるのに対して、もともと『表具』というのは、あくまでモノを装飾する技術であり、書画を利用して、それを組み込んだひとつの工芸品としての掛軸や巻物、屏風を作る技術である。
表具の特徴のひとつに、作品と作品を装幀する裂地や模様の描かれた紙などを接着剤で直接接合し、その裏側全体に和紙を張り付けて『一体化』してしまうことがある。一見して一枚のシート状になった掛軸や巻物も、実はその裏面に、何層にもなる和紙を裏打ち(裏側から糊を付けた和紙を貼付けること)した複雑な構造となっている(現在ではこれを省略化した物も多い)のだが、ここには、鑑賞する時には平滑に広げて、収納時にはクルクルと小さく巻いてコンパクトに収納出来るという、とてもユニークな特徴を持たせるための技術の集約がある。
しかし、この『巻く』という特徴が逆に作品を傷めてしまう場合がある。『巻く』という行為は、その巻径をどんどんと小さくして行くと『折る』のと等しくなる。これは、たとえば少し厚い画用紙を小さく丸めて行くと巻癖がついたり、折れてシワが入ったり、さらにこの状態を保持して『巻き癖』をつけておき、それを無理に広げようとすると、今度はまん中当たりで折れてしまったりすること同じ(良かったらぜひ実験してみて下さい)。とくに損傷の大きな作品を巻くことはとても危険で、それに大きなストレスを与えることになる。
作品も表具もすべての物は人が年を取るように経年とともに劣化する。劣化をすると柔軟性を失ったり、硬化したり脆くなり、ちょっとした力を加えるだけで容易に折れ、裂け、割れ、破壊する。また一方で、作品や表具に利用する紙や絹織物、接着剤として使用する小麦粉のデンプンから作った生麩糊は、黴やバクテリアなどの微生物、害虫などの餌(栄養)にもなる。高温多湿で、害虫も多い日本においては、作品を保存するということを最優先にして考えた場合、百歩譲っても『表具は保存に優れている』とは言い難い。
ではなぜ、表具をするのだろうか。ここには、作品と表具を一まとめにして、日本の伝統文化、工芸として見る必要があるからなのだと思う。つまり作品本体のみならず、その装幀様式を含めた姿形こそを一つの作品として捉えるからなのである。作品自体も表具をするべくそれに適した寸法になっているし、日本の伝統的な絵画はやはり表具と密接な関係がある。こんな理由から、掛軸として表装された作品は傷んだ状態になっていても、なお修復後には再び掛軸装として最表装することが多い。そんな時、この『巻く』ことによって受けるストレスを少しでも軽減するために、『太巻き添え軸』という巻径を大きくするアタッチメントを利用して収納をする。けれども近年描かれる日本の絵画の中には、絵の具の塗り、盛り上げが厚く、製作後は硬化して巻くことに適さないものも多くなった。中にはなんとか表装にして、しばらくは良好な状態を保っていたものの、数十年後には塗り上げられた絵の具に亀裂が入ったり、最悪の場合は剥離してしまう作品も増えて来た。こんな場合、私の工房ではその作品が掛軸として、その装幀様式を含めた形態での保存がどうしても必要と思われる(所有者の要求も含めて)場合を除いて、また、その作品が置かれる環境や、所有者の作品の取扱い技術、知識レベルに応じて、作品を平滑な状態で保存出来る額装への転換をすすめる。作品の保存を第一に考えた場合は、装幀が作品の装飾や脇役と捉えることさえできれば、その方が処置後の作品をより長生きさせることが出来ると思われる場合は多いと思う。
昨今、私達の日常生活はいよいよ欧米化の一途を辿っている。今や新築の家屋では和室はどんどんと減少し、床の間などはこの不景気の御時世に、ただただ無用なスペースとして排除されている。掛軸を扱うのにもコツがあって、下手に取り扱うと簡単に折れたり(表具はいったん折れたりシワが入ると容易に直すことが出来ない)するのだが、近年はそんな事故も増えて来た。修復家として、僭越ながら文化を守ろうと志す者としては、表具の形態に想定された作品ならば、できるだけ同じ表具の形態に戻してやりたいという願いは常にある。でもそれも、人と時代、社会の変化とともに、ずいぶんと難しくなって来たなあ思う。文化を守ると言うことは、ほんとうに大変なことだとあらためて思う今日この頃である。
(03/05 子供の日)
絵画・美術工芸品・文化資料の保存修復 中塚祐松堂
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