修復家の私考 〜 伝統・文化・芸術、そして文化財修復の世界 〜
◆保存のはじめ -収納と梱包-
『保存』の知恵や技術は、私達の気付かないところで、けっこう日常で利用されていたりする。例えば冷凍保存。フリーズドライ(凍結乾燥)された高野豆腐や顆粒状のインスタントコーヒーがひとつの例で、この技術は埋蔵文化財(例えば土中から発見される木簡などの資料)や、水没してしまった紙資料の救出に利用されていたりする。
そんな高度なものではなくとも、掛軸や茶器などと同じように、大切な着物などの衣類は、今でも紙(帙/たとう)に包んで桐製の箱や箪笥に収納しているだろう。 実は、この包んだり、箱や箪笥の中に納めることも、生活から生まれた立派な保存の知恵であり、技術なのだ。
良質の桐の箪笥はとても密閉製が良く、外気を遮断する性能が高いから、そこに納めた物が外の温度や湿度の影響を受けにくい。桐は質量が軽いので、水にも浮く。この性能を知ってか、昔から船舶の中で使用することも多かった。たとえ難破しても、もしかしたら箪笥の中身は助かるかも知れないと考えたわけだ。 実は、その上に、耐火性にも優れているというから、現代の高性能金庫並みといえるだろうか。 紙で包むことも、密閉製こそないものの外気はその中にダイレクトに伝わり難い。急に湿度が上がっても、まず包み紙が吸収し後にゆっくりと中に伝わるから、緩衝材料としての性能は十分にある。今ではほとんど利用する事もなくなったが、この紙に柿渋(かきしぶ)という柿の果実を発酵させた塗料を塗ると、適度な防水効果も得られる。昔はこの防水性能を利用して、傘や行李(こうり=今でいう旅行鞄、スーツケースのようなものと考えればよいだろう。今でも相撲取りが巡行に利用している)の表面に柿渋を塗布した。
風呂敷も便利で優秀なグッズ。昔は洗湯に行くときに、ここに着替えを入れて運び、風呂屋で広げてその上で脱ぎ着をしたらしいが、大切なもを運搬する時にも生地のしっかりした風呂敷に包めば、傷や汚れを防ぐことができる。大きな風呂敷を使えば、包んだものを今のデイパックよろしく背負う事もできる。昭和の40年代ぐらいまでは、都内でも大きな風呂敷を担いだ行商のおばちゃんを目にする事ができたと記憶している。 あのシンプルな四角い布切れはなかなかスグレ物で、昔の人はこの布一枚で水瓜から一升瓶までうまく包んで実にスマートに搬送した。
よく時代劇などで見かけるが、昔は植物の葉っぱなどもうまく利用されていた。きっと50代以上のご年輩の方ならばみんな知っていると思うのだけれど、熊笹、竹の葉などは殺菌作用があるといわれ、おにぎりなどの食べ物を包むのに使ったりした。ちなみに、笹だんごは山ごぼうの葉っぱで包んでいるという話を聞いたことがある。
私達の先人は一生懸命知恵を絞り、いつも身の周りにあるモノをうまく利用して生活をし、立派な保存技術をつくってきた。そして、その人々は決して有識者でも、学術経験者でも、専門家でも無い。『温故知新』。いまなお、先人の知恵には学ぶべきことがたくさんありそうだ。(030221)
絵画・美術工芸品・文化資料の保存修復 中塚祐松堂
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