修復家の私考  〜 伝統・文化・芸術、そして文化財修復の世界 〜


◆今日の修復理念 ─理想と現実─ 

全ての物は人が手を加える度に変化し、オリジナル(それがつくりだされた原初の状態)の情報を解読し難くする。オリジナルの延命、保存ということを厳密に考えると、その物性や形質を保つためにどうしても必要な処置であったとしても、少しでも何かを加えれば変型、変質させたことになるし、取り去れば破壊になる。
絵画制作や記録に必要な紙は、水をつかって洗浄することもあるが、紙は水を含んだ瞬間にその繊維の結合状態が確実に変化する(乾燥しても厳密には元の状態にはならない)。この水の中に、たとえ微量であれ、金属(水道水にも鉛や銅、鉄などが微量含まれている)が含まれていれば、後にこれがシミや変色の原因にもなる可能性がある。よく考えてみると、いま、まさに取り去ろうとしている埃や汚れも、数百年もかかって積もったものならば、そこに歴史的価値が見出せるかも知れない。科学技術が進んだ未来ならば、そこから新たな情報をも汲み取ることができるかもしれない。さらに極論をいうと、すべてのモノに経年とともに劣化し、破壊するという要素があるのだとしたら、それもまたオリジナリティーとして考えられないこともない。果たして、保存修復も破壊となりうるのか!? 実は、説明できない、わからないことも多いのだけれども、だからこそ、できるだけ何もせずにそっとしておいて、今後の保存管理に重点をおく。これが現代の保存修復における基本理念(理想的、あるいは現在最良とする考え方)である。

絵画、彫刻、陶芸、漆芸、古文書等の歴史資料、農工具等の民具等々、、文化財と呼ばれる物には実に様々な物があって、各々に取り扱い方も管理方法も異なる。それが健康で、新しいものであるならば、比較的容易く、安全に取り扱うこともできるかもしれないが、多くは遥かな時を超え、劣化し、脆く、容易に壊れやすいものばかり、中にはちょっとした温度や湿度の変化に敏感に反応するものもあるし、光にも弱いモノもある。ただそれに触れぬようにしてさえいれば良いということでもなく、工具や時計の様な類いは、そこにある機能の保全として、時々動かしたり、油をさす等の調整も必要だろう。
文化財の管理にはお金もかかる。現実に目を移せば、全国に星の数ほど点在する美術館や博物館、資料館、様々な文化財、歴史的な文化遺産を管理する施設の多くが、人とお金(情報も?)に困窮し、抱えるモノの管理に頭を抱え、あるいは、どうすることもできずに手をこまねいて、半ば放置と言わざるを得ない状態となっている施設さえある。実際、かの国立博物館においても、予算の関係から24時間の空調設備の稼動は、一部の施設を除いて行ってはいないということを聞いた。全国には、空調の設備を持たない施設さえ少なくない。 けれど皮肉なことに、モンスーン型の気候を持つ日本国内では、年間を通して湿度も高く、黴や害虫のよる被害が多い。だから、施設の多くは定期的に、あるいは新たな収蔵品を得る度に、収蔵庫や作品を毒性の強いガスで燻蒸しているが、このガスも、オゾン層の破壊を促す物質であるために、あと数年で使用できなくなる。 昨今の経済不況の中で、文化施設などはまず予算を削られ、人員もますます整理されているところも多いだろう。学芸員達の教育も不足で、研究者こそたくさんいるが、保存や修復に長けている者は甚だ少なく、資料の取扱いもおぼつかない者さえ多い。昨今新たに研究されている虫菌害対策は、薬剤に頼らず、有機農法よろしく人の力と知識で対応することを旨としているが、これも、広くあたりを見回すと、現実的にはその情報も人材も全く不足している様に思う。現実には限られ他施設でしか実施できないだろう。

今年もあちこちの研究会、シンポジュウムに参加した。再新情報に耳を傾け、知人や有人と情報交換をし、なるほどと納得する。そしてなお、『理念』を達成するためには、人々の準備も私たち専門家の努力もまだ足りていないことを痛感している。

021028 (080526改)


絵画・美術工芸品・文化資料の保存修復 中塚祐松堂

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