修復家の私考 〜 伝統・文化・芸術、そして文化財修復の世界 〜
◆クリエイティブな仕事
皆さんには好き嫌いがあるだろうか、私達人間の多くは大人になると、子供の頃はやたらに苦かった野菜にうまみを感じ、香りの強いものや辛いものを楽しめる様になる。ちなみに私の場合、チーズと納豆が大嫌いだった(今でも乳製品は余り好きではないのだけれど、、、)が、そろそろ中年と言われる頃になって、けっこう何でも美味しく食べられる様になって来た。一説によると、舌にある味蕾(みらい)と言う感覚器官が年齢とともに減って行って、味覚に鈍感になるらしいが、私は、沢山の経験によって、より広く、様々な味や香りが楽しめる様になって行くのだと思いたい。人間の肉体とその器官、細胞は、物が劣化する様に経年とともに老化する。しかし、私達はただ老いさらばえ、いたずらに死へと向かっているのではなく、経験を積み、知識を貯え、それを展開、発展させ、新しい世界を築いて来た。
私達が日々対峙している文化財、人々の創作物は、作られた意図や与えられた用途をこえて、いつか時代とともにその意味や価値、利用法を変化させてゆくものも少なくない。かつて信仰の対象だった仏像は、今では美術品として鑑賞の対象となった。戦闘、殺戮のために使われた鉄砲や刀も伝統工芸品として取り扱われる様になり、はては脱殼機のような農耕器具まで、いつしか歴史資料として価値が与えられるようになった。発売当初は有名役者のブロマイドのようなもの?として人気を博し、人気がなくなったら輸出品の梱包材として利用された浮世絵は、数奇な運命を辿って海外にわたり、やがて高い評価を受けることになる。私達の現実世界の一瞬をとどめる物と考えられていた写真さえも、人々の手にわたれば言葉が書き加えられ、また新たな物語がそこからうまれてゆく、、、。
全ての物には自然の劣化こそ避けることは出来なくても、人の手で大切に守ってゆけば、その姿も形も長く保つことはできるだろう。修復家は、遺された物を守る最前線にいて、一切の創造を許さず、修復を望まれる対象を注意深く見つめて、その製作された原初の姿を確かめ、それが少しでも変わらぬ様、なお延命できるよう尽している。
一方、私達人間は、この世界に対して、遺された物にも、世につれ人につれ、その時々の経験が想起させる何かをそこに投影し、その存在の意味や価値を変化させずにはいられない。
私達修復家の活動は、未来の人々に、今ここに在る何かを "そのまま" 託そうと努力していながら、実際はその新しい価値や意味の創造の機会をつくり出し、与えているのかも知れない。
2008.06.13
絵画・美術工芸品・文化資料の保存修復 中塚祐松堂
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