修復家の私考  〜 伝統・文化・芸術、そして文化財修復の世界 〜


◆鮭の切り身と仏教美術

小学校の図工の授業で、魚の絵を描くというテーマを与えられた子供達の中に、スーパーで販売されている切り身の鮭の絵を描いた子供がいたという話は、随分と前にテレビか新聞で聞かされた。
テレビのグルメ番組や旅番組を観ていると、市場では大きマグロを刀の様に長い包丁でさばいたり、割烹料理店では凄腕の板前さんが観るも鮮やかに魚を三枚におろすシーンが映る。私は食べる事も料理を作る事も好きなので、魚を一尾丸ごと買って来てはせっせと包丁を研いで挑戦した事があるが、これがなかなか手強くて後始末も大変だ。今では近所のスーパーでも、気に入った魚を選んで店員さんに声をかければ、内蔵を取って好みのかたちにおろしてくれる。刺身はサクと呼ばれる立方体に切ってあって、食べる直前に好きな厚さの刺身にすれば良い。ときに豪華な模様が印刷された合成樹脂のパッケージに、ツマまでそろえて奇麗に刺身が盛りつけられて売られている。焼いたり、煮たりする魚も調理し易い様にうまく捌かれている。昨今はさらに調理が済まされた食材がアルミやプラスティックのパックに包まれ、お湯の中に投じたり、電子レンジで『チン』と暖めれば、和食に中華にイタリアン、もちろんフレンチだってなんのその。すぐに一品料理の出来上がり。もはや、私達はその食材の獲得や採取方法、栽培も生産方法も知る必要などまったくない。せいぜい料理の包まれたパックの裏の説明書を読み、電話帳の様に厚い使用説明書と格闘して、最新鋭の調理器具さえ使えこなせば良いのである。切り身にされた魚が、以前はとても大きくて、美しい姿で、大海を優雅に泳ぎ回っていた事など、末端の消費者にとっては先人の遥か遠い記憶に過ぎない、、、。

一部の博物館や美術館では、仏像、経典をはじめとした、仏教美術なるものが数多く陳列されている。それはもともと信仰の対象であったり、教義を授ける道具、教科書として大切に利用されて来たものであるが、近代(廃仏毀釈以降、岡倉天心による文化財調査の開始に始まる)になって、貴重な歴史資料、伝統的な芸術作品として鑑賞の対象とされている。ここでは、それを拝む者もなく、声を上げて経を読む者など皆無に等しいだろう。常に、そして厳密に温度や湿度を保つハイブリットなガラスケースに収められたそれは、スーパーやデパートの食料品売り場のパックされた鮭の切り身の様に、安全、安心が保証される。そして、それと同時に、かつて、それを守って来た人々も、それが納められていた寺社の姿も、もはや想像に難いものとなる。知識と経験のない者には、その背景は微塵も見えないだろう。

20080502


絵画・美術工芸品・文化資料の保存修復 中塚祐松堂

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