修復家の私考  〜 伝統・文化・芸術、そして文化財修復の世界 〜


◆修復家はつらいよ

私達の様な開業工房へ修復を依頼してくる顧客は、美術館や博物館はもちろん、一般のコレクターや画商のような人たちも訪れる。私達の工房は東京都心に程近い場所に在るため、今でも都内の顧客がほとんどであるが、インターネットで、サイトの運営をはじめてからは、けっこう遠方より連絡が来る様になった。
通常、公共の施設や大学の付属施設、研究機関から仕事を依頼される場合は、管理責任者や造詣の深い研究者と話し合い、修復方針を細かく決めてゆく、しかし一方で、個人や民間企業から修復を依頼された場合、ここには専門的な知識を持つ者はほとんどなく、修復方法もすべてお任せ。いわゆる丸投げ状態となる。もちろん専門家として、頼りにされてくるので、やりがいもあるし、ありがたいばかりであるが、これがけっこう厄介である。事によってはバカにならない額になる修復費用も、十分納得を得るための説明作業に骨が折れる。現状の説明はもちろん、修復にはけっしてメリットばかりあるのではなく、デメリットもあるから、これを説明するのがまた大変。さらに、修復後のイメージをつたえる事もとても難しい。手術と同じで、事前に徹底的な調査をして処置の望むが、やってみないとわからない事はある。私達が扱う絵画や美術品は、たとえ同じ作者がつくった物だとしても、どれをとっても同じものは一つもないし、それぞれに傷み具合も皆違うから、決して一筋縄ではいかない。さらには、近年私たち修復家は、修復よりも保存を重視していて、手を加える事を最小限にする事が世界的にも主流になっていて、わざわ修復箇所を確認出来る様にする事もあるので、この流行に乗って仕事をすると、処置後の結果は現状と大差なくなってしまう事もあるので、そんな修復処置は望んでくる顧客も少ない。
損傷は現在の状況として、目で見て確認する事も出来るから説明も容易い。最近は、いろいろな調査機材もあるので、通常では見えない症状も仕事の依頼者と共に確認する事が出来る。しかし、修復の到達点は今見えないもの。それは想像する事でしか得る事が出来ない。専門家、経験者であるならば、情報の交換も容易い。しかし、全く経験の無い者と、その情報に長けた専門家が頭の中でつくり出すイメージを共有する事は難しい。私達は、日頃より沢山の情報を記録し、写真を撮り続け、これを次回の修復の説明の道具として役立てているが、これをもってしても、情報を受け取る者の経験、関心の度合い、理解力によって伝わる情報は限られ、あるいは、時として変化して吸収される、、、。こんな状況の中、経験も情報も沢山あるので、事前の話し合いをきちんとすれば、顧客とのトラブルこそ生じないが、それとも、私の話術も上達したのだろうか!?

技術者は経験さえ積めば、たいていの物の姿形を整えることが出来るだろう。けれど、私達が知覚する色艶や透明感、硬い、柔らかいという様な質感は、修復処置に用いることの出来る安全な材料素材を使う限り難しい事もある。修復する物がとても古ければ、そこにある物と同じ材料を使おうとしても、今では手に入れる事が出来ない物もある。すべての物は経年によって変化するが、それを人工的に再現する事も難しい。私達は、今手に入る物で、しかも修復対象にとって安全で、可逆性のある材料、素材を代替物として駆使、工夫して利用する事しか出来ない。
修復処置は、どんなに経験を積んでいても、処置前の調査や分析を徹底していても、当初の到達イメージと多少のズレが生じる事がある。どちらかといえば、見た目の改善よりも、物の本質の維持や延命が優先される今日の修復方針においては、そのズレの様な者を容認してゆくことも求められている様に思う。
そんな世界を、より多くの人々に伝えて、理解を得、私達専門家が理想と思える限りの処置を尽くし、安くはない修復代金を頂戴する事のなんと大変な仕事でもある。

私達開業修復家には誰よりも経験と知識、技術が要求される。

20080602


絵画・美術工芸品・文化資料の保存修復 中塚祐松堂

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