修復家の私考 〜 伝統・文化・芸術、そして文化財修復の世界 〜
◆料理とアートの関係
たまに料理をする。私はグルメを名乗る気などさらさらないが、食べる事はもちろん、料理をする事も結構好きだ。休みの日などは、カミさんにもちょっとはカッコがつくし、お株も上がるかなと思ったりもしている(^o^;)。
多分、ちょっとしたコツさえつかめば誰でも結構簡単で、きっと美味しく作れるパスタ料理、イタリアンはお手のもの。一応アートに関わる仕事をしているので、料理は見た目も肝心と盛りつけにも凝れば、家族のウケはさらに良くなるコト間違いなし。けれど、私の十八番(オハコ)は冷蔵庫に眠る余り物を料理する事。これはイメージ、アイデアが勝負で、多分家内も納得の得意技。料理が楽しいのは、目の前にある材料から、あれやこれやと取り合わせを考え、組み合わせた味を想像してつくる事。あらかじめ決めた料理をレシピ片手に作るのとは違って、想像に近いものとして作れたり、予想以上の出来となった時は、それはそれはうれしい。なんと言っても、それをまた制作者自らも味わう事が出来るのだから、二倍の喜びを味わえる事が出来る料理。きっと私はここにハマッタ?既存の情報やモノを寄せ集め、自由に組み合わせて新たな表現をする事をブリコラージュという。そこにあるのは想像しなければ何も始まらず、何も出来ないというルール以外、なにも制約される事はない。芸術と呼ばれる文化表現も、ある意味、私たちが知覚出来る世界とそれぞれの経験から生み出すブリコラージュであり、その選択と組み合わせには無限の可能性がある。人のそれぞれの経験は、同じ国、社会、地域に生活していて、同じ言語を話していても必ず差異はあるもので、細かく観てゆけばきっと皆違っている。画家に彫刻家、小説家や音楽家、舞踏家、、、全ての表現者が素晴らしいのは、この違いを知覚し、理解して、それをある姿や形に顕現する可能性と能力を信じ、努力をしているからなのだと思う。彼らは自らの経験の記憶と眼前に広がる情報の大海原から、彼だけが見いだせる価値ある何かを拾い集め、きょうも新しい創造を続けている。
フランンスの文化人類学者であるレヴィ・ストロースが言う。
『どこでもいい、人間の歴史から任意の千年、あるいは二千年を取り去っても、人間の本性に関する私たちの知識は減りもせず増えもしない。唯一失われるものがあるとすれば、それはこれらの千年、二千年が生み出した芸|術作品だけである。なぜなら、彼らが生み出した作品によってのみ、人間というものは互いに異なっており、さらには存在さえしているのであるから。木の像が木を芽生えさたように、作品だけが、時間の経過の中で、人間たちのあいだに、何かがたしかに生起したことの証となってくれるのである。』さて、今日は冷蔵庫に何が残っているかな?
★クロード・レヴィ・ストロース 『みる きく よむ』 竹内信夫 訳
絵画・美術工芸品・文化資料の保存修復 中塚祐松堂
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