修復家の私考 〜 伝統・文化・芸術、そして文化財修復の世界 〜
◆プリミティブな道具の行方
私達修復家は、新しく開発された器機を利用する一方で、古来から使われて来たシンプルな道具として、包丁や小刀などと呼ばれる刃物や鉋、鋸、玄翁、鑿、動物の毛や植物の繊維から出来る刷毛などをよく使う。
こう言った類いの道具は、動力を必要としないで、いつでもどこでも使えるし、充電も電池の交換ももちろん必要無い。人の力、技だけで使いこなすプリミティブ(原始的)な道具は、使い方、用途がとても幅広く、使いこなす事ができるようになると、如何様にも使える自由度が高くなる反面、上手く使いこなすにはその特性をまず熟知し、力の入れ方や道具の持ち方、姿勢など、さまざまな訓練が必要になるし、例えば刃物を研ぐなど、その道具の手入れ、調子の整え方まで訓練をする必要がある。意外に知らない人が多いのだけれど、金槌(ちなみに、『トンカチ』は擬態語?=重いので沈む=泳げない人!? 『ナグリ』は舞台背景をつくる人々の業界造語)ひとつにしても、ずいぶんと種類があって、筒状のモノから先の尖ったモノ、木やプラスティック製など色々ある。玄翁は、槌の左右両面が使えるようになっていて、片方が平滑に、片方が少し丸く膨らんでいる。最初は平らな方を使う事で釘をまっすぐに打ち込み易く、最後の数打の打込を丸い方を使って釘の頭をしっかりと打ち込むのと同時に、打ち込む材料に金槌の打あと、凹み傷を残し難くするとう工夫がされている。日本の鉋は引いて使う。これは西洋とは逆なのだが、基本動作として、引く時に力を入れ、戻す時には力を抜く事が肝心で、これを切削する材料の端から端まで同じ力で均一にひいて行くのが難しい。両刃鋸は細かな目の刃の方を材木の繊維方向に垂直方向に(要するに立っている状態で切り倒すための刃の入れ方向と同じ)、大きな目の方を繊維に平行して使うと目詰まりをせずに上手く切れる。まっすぐに裁断するためには鋸に対しての体の位地や、姿勢、視線が重要なポイントになる。刃物を研ぐのはまた難しい。私は今もあまり得意ではないのだが、種類によって刃の角度や形状がみな異なるので、きちんと刃がたてられ、なお長く(何度も)鋭利に裁断、切削出来るようになるまでにはずいぶんと練習をしなければならない。刷毛を使いこなすのもなかなか難しい。毛の繊維によって弾力性や柔軟性が違い、さらに繊維の太さによって糊や水分の含み、切れも違うから、その違いを見抜き、性能を十分に生かして利用出来るようになるまでにはまた大変である。
近ごろ巷では、ガーデニングやちょっとしたリフォームにはじまって、DIY(Do it's Yourselfの意味)、日曜大工(死語?)などが盛んな様子であるが、機械技術の発達によって、様々な電動工具が手ごろな値段で誰にでも手に入るようになり、素人でもけっこうな仕事ができるようになっているようだ。かつては熟練を要したプロフェッショナル専用の大工の道具も、ほとんどが電動、機械化してきた。刃物を研ぐ必要もなくなり、重い金槌を振るう事もなく、体を使って鉋を引く必要もなくなった。けれども、こんな時代の流れの一方で、私達修復家の現場では、まだまだプリミティブな道具が必要で、それがないと出来ない仕事がたくさんある。私達が取り扱う物のほとんどが、もともとこうしたプリミティブな道具によってつくられ、それを修復するためには、同じような道具を使うことによって良い結果を得られることが多い。だからどうしてもその道具を使えるようにならなくてはならないのだ。
最近、私達の必要とする道具は、新しく発売される便利な電動工具に比べてずいぶんと高価になった。使う必要のある人も少なくなり、需要もなくなったせいか、それを入手する事も難しくなって来た道具もあるし、さらに道具の作り手も少なくなっている様で、実際に良い道具がなかなか見当たらないが、これも避けられない時代の流れなのかも知れない。これから修復家になる人々は、いつか、こんなプリミティブな道具は使わなくなるのだろうか、、、。040305
絵画・美術工芸品・文化資料の保存修復 中塚祐松堂
▲Home▲ ▲back▲