修復家の私考  〜 伝統・文化・芸術、そして文化財修復の世界 〜


◆東洋絵画の装幀『表具』

一般に、伝統的な技法で製作される東洋絵画(日本画を含め、韓国や中国絵画など、さらに揮毫作品、名僧の揮毫墨跡なども含めて)は、その特徴として、薄い紙や透けて見えるような絹織物に描かれていることが多い。このままでは持ち運ぶことはもちろんのこと、鑑賞するのもなかなか難しいし、簡単に折れたり破けたりもする。そして、このデメリットをうまく克服するために裏打ちをし、軸木を取り付けて卷ける様にもした。これがいわゆる伝統的な装幀方法である表具(ひょうぐ)。表具は、別に、表装(ひょうそう)、経師(きょうじ)、装こう("そうこう" の "こう" は『さんずい』に『黄』と書く)などと呼ばれ、その技術と技術者の呼称、またはその職業を指し、あるいは装幀されたものを表具、表装と呼ぶ時もある。
表具に関する古代の歴史資料はとても希少で、体系的に記されたものも見当たらない。たとえあったとしても、それを比較検討する資料、書物も少ないので、その信ぴょう性にも疑問が残る。それでも数少ない資料を見てみると、この起源はその昔、遣唐使などが中国あたりから持ち運んだ経典の管理(手入れ)をすることから始まったようで、経典を写し取る際に用いる紙に罫線を引く仕事からはじまり、" 罫線を引く人" が " 経師"という語源になったと言われることはがある。教典は日々の仏事で利用するわけであるから、使っているうちにだんだんと傷んでくる。大切な物であるから、粗雑な扱いこそすまいが、長い間に過って破いたり、折れたり、汚したりすることもあるかも知れない。傷んで使い難くなるたびにそれを整え、簡単な修理をするような仕事が、いつか進化して現在に至っている様だ。当初は僧侶自身がこれらの作業をおこなっていた可能性も高く、ここに『経』の字が使われる由来もあるのだろう。

油彩画に代表される西洋絵画は、額に納めて鑑賞、取扱いされることが多い。これらは、作品を固定してあるネジや釘を取り除くことで、一般の人でも比較的容易に作品と額を分離できる。たとえば西洋絵画でも、宗教絵画のイコンのように作品と周囲の装飾、装幀部分を一緒に、一体化して製作する様な例外もあるのだが、通常、一般によく知られる西洋絵画は、ポプラなどの板やキャンバスと呼ばれる麻布を木枠に張り込んでパネル状にしたものに描かれる。これらは、東洋絵画を描く和紙や絵絹に比べると結構な強度があるので、これをそのまま額に納めることができる。つまり、構造的にも額と作品が独立した" 別モノ"として取り扱い出来るから、極端に大きい作品でもない限り、誰もが、いつでも、自由に、お部屋の模様替えよろしく、作品と額装の着せ替えをすることが可能だ。
これに対して伝統的東洋絵画は、油彩画で用いる木枠の様な物にに張り込んだとしても、そのままでは強度が無いのできわめて取り扱い難い。だから、強度と安定性(裏が透けないようにする=描画イメージが鮮明になる意味もある)を確保するため、別の和紙に糊を塗り、これを作品の裏側に貼り付け、裏打(うらうち)と呼ばれる補強をする。表具様式の代表とも言えるだろう掛軸装(かけじくそう)は、この裏打ちされた作品をベースに、その周囲にやはり同じように裏打ちした金襴や緞子織物を直接接着して取り付け、さらに全体を裏打ちしたものだ。つまり、掛軸は構造的に作品と装幀部分がしっかりと接着固定され、裏打紙によって一体化されている。だから、誰もが容易に作品と装幀を分離できないし、『模様替え』もできない。
一見、不便にさえ見えるこの装幀様式には、実は大きなメリットがあり、薄くて弱い東洋絵画の料紙や料絹の欠点をうまく利用して、収納時にはクルクルと小さく巻きあげ、しかも利用時には平滑にすることを可能にしている。こうすることによって、どんなに長い経も、大きな面積の絵画も楽に管理、利用出来るようになる。

片や硬い板に丈夫なキャンバス布。一方はしなやかな和紙や薄い絹織物。
『柔よく剛を制す』という言葉を思い出した。表具の世界にもあてはまるかナ。

(030430)


絵画・美術工芸品・文化資料の保存修復 中塚祐松堂

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