宮廷二十一式呼吸法は、満族である楊秀峰先生が、一族に伝わり清朝の皇宮内で行われてきた医療健身法を整理し、世に問うたものである。日本など他国にも伝わり、さらに多くの人々の健康に役立ち、多数の気功愛好者に喜ばしいことに歓迎された。
清朝は、鎖国以来、汚職などにより腐敗し、日ごとに衰えていた。皇帝を守る八旗の子弟は、働かずになまけ、国家を維持して伝来の文化などを継ぐ能力もなかった。当時、巷間では次のようにうたわれた。「一等のできそこないは女遊びにふけり、二等のできそこないは(当時珍しかった)時計をいじり、三等のできそこないは鳥を愛玩する」。そこで、八旗の子弟に健身、養生の方法を学ばせ、心身を鍛えることが提唱された。このような状況の下で、楊式太極拳が皇宮に入り、続いて、道家の龍遊功(回春功)や宮廷二十一式なども宮廷で行われるようになったのである。
もともと、中国の気功医療はその源を古代の導引按きょう養生術にまでさかのぼり、数千年もの歴史を持ち、内容は広く深い。気功は、長年月にわたる病気の予防と治療、養生健身の実践を経て、諸家の優れたところを取り、発展を続け経験を積み、方法論と理論を備えた養生学を成した。
この簡便な自己鍛錬法を現代の人々に充分理解させるため、一九五〇年代、関係する専門家の研究によって、導引は「気功療法」あるいは「呼吸運動療法」と名称を改められた。以来、現代の医学界は気功療法を受け入れ、応用することができるようになった。気功療法が一定の治療効果を持つことが証明されて後、一九五五年、中国国家衛生部は気功療法の全国への普及を開始した。私は、これが時代の要請であり、ある種の新たな発展であったと考えている。
それから四十年間に及ぶ実践と探求を経て、現代医療気功の医学への利用の基盤が形成されたが、これは容易なことではなかった。一九九〇年に出された『全国の中医学専門家が予測する二十年後の中医学の発展』によると、二〇一〇年には、八〜十二の疾病について気功医療の利用法が提示されるだろうとのことである。これはまさに、医療気功が現代医学の一分野として確立されたことを意味する。
歴史を振り返ると、中国では隋代(五八一〜六一八年)にすでに、弁証施功、すなわち病証を分析して適切な気功療法を施すことが初歩的に行われていた。同時代の名医で太医博士の巣元方が編著者となった『諸病源候論』には、かなり大がかりにこの時代の成果が収められ、同書中には二百を超える各種の導引法が出ている。そこには、古人が臨床経験において積み重ねた弁証施功の経験が含まれている。われわれは引き続き掘り起こし、整理し、レベルを高め、粗を排して精を取り、偽を排して真を残し、この宝物を再び人類の健康のために貢献させなければならない。
気功の一つひとつの動作・姿勢は、鍼灸で用いる一つのツボ、あるいは一種の薬物のようなものであり、臨床に利することができる。医療気功、健身気功は科学の道を歩まなければならず、病によって薬を使い分けるのと同様に、症状によって用いる気功を選ばなければならず、保健効果を高めるのに都合がよい。
楊秀峰先生は、二十年に及ぶ気功医療、教学の実践において、宮廷二十一式呼吸法を導引、按きょう、点穴法と組み合わせ、その保健効果はさらに高められた。このたび、楊先生が積み重ねてきた弁証施功の経験が書かれたことは、読者に大いに貢献することになろう。
私はこの場を借りて、国内外の医療従事者、気功を養生・健身に用いる方々、研究者に、本書を特に推薦するものである。
【中国宮廷気功】より
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