ウィメンズネット・こうべ12周年記念講演

結婚って何だろう?!シングル単位の恋愛・家族論 講師 イダ ヒロユキさん

    

伊田さんのお話は一言でいうと、今の日本の社会制度はカップル(家族)単位となっているが、それをシングル単位に変えていこうというもの。これは、北欧ではすでに制度の上で実現されつつあるが、日本ではまだまだ理解されていない。家族制度を肯定し、男と女の役割分担を認めている。結果として男も女もそれぞれが外で仕事をし、家事もそれぞれがやる、という方向になかなかなっていかない。現実社会では給料の高い男が働き、女が家事をするという流れにどうしてもなってしまい、女は結婚したらやめるからというので雇う方も女を敬遠するという悪循環で変っていくことができないのだ。

 まず、社会制度を変えていくことから始めなければならない。税制度、戸籍、あらゆることで家族を単位としている社会制度を個人(シングル)単位に変えていくことだ。

 今、政府は少子化問題を大きく取り上げているが、今の制度では結婚しない、子どもも生まないという状況は変らない。シングル単位という考え方は単なる理想論ではなくて、現実的に見ても注目されていいのではないか、いや、そうなっていくであろうと思われる。

伊田さんは今のカップル単位の恋愛について批判する中で、「スピリチュアル・シングル主義」の恋愛という考え方を出された。愛、という言葉の中にあるまやかし、そこには愛の中で生まれた「特別な関係」が持つ排他性、支配、依存、などか見られる。家族の愛、恋愛を否定するのではなく、そのスピリチュアル化を提起しているのだと言われたが、スピルチュアルという言葉の持つ意味はなかなかすんなりと理解できるものではない。

 ともあれ、伊田さんの言葉にある新鮮さには、みんな魅せられているのが強く感じられた。「目からうろこ」という言葉が何人かの人から出たが、女性にとって、いや、男性にとっても、意識の変革を促す言葉が心に残って、力づけられた。(金 松村)













ウィメンズネット・こうべ活動報告


性暴力被害についての語り合いのグループができました。 

 ウィメンズの事務所で、先日、開催された「性暴力被害者の支援について」の講座参加者同士が集まりました。講座に参加した感想や、これから何をしたいかなどを話し合いました。

そして、いきなり支援活動を始めるのではなく、まずは自分たちの思いを語り合うことから始めることになりました。女性なら、性的なことで、嫌な思いをした方は、多いのではないかと思います。

あれは、性暴力だったのだのだろうか、私が悪かったのだろうか。私が受けたことは、ごく軽いことで、これごときで被害を受けたと言ってはいけないのではないか…・。

性暴力被害による生き辛さ、影響を感じている。性暴力に対する社会の認識に憤りを感じる。性暴力被害についてもっと語りたい。そんな思いを、話すこと、聞くことで、さまざまな気付きを分かち合いながら、自分のセクシュアリティや自尊感情についても話していきたいと思っています。(K)

(主催者としては、6回の講座の後にこのような語り合いの場が生まれたことを嬉しく思います。ウィメンズもいろいろな活動を行ってきましたが、「からだ」について語り合うことは初めてです。既に10名の参加がありますので、今回は締め切らせていただきます)










子ども時代がしんどかった人の自助グループができました

10月の「お父さん お母さん 怒鳴らないで」の講座の後で自助グループが誕生しました。第1・3土曜の午前、月2回の語らいあいの場です。長い間、一人で苦しんできたことや、誰かにわかってもらいたかったこと、怒りや悲しみを分かち合えたらと思います。

「過去は変えることができないけれど、過去と自分との関係は変えられる」

自分が悪いのではなかったことを再確認し、今の自分をもっと好きになれるといいですね。







北京JAC 第9回全国シンポジウム 報告

北京+10に向けて

とき  2004年10月9日(土)・10日(日)

ところ ドーンセンター(大阪府立女性センター)  平野淑子            
日ごろはローカルでそして女性相手の個人のカウンセリングや相談業務に携わっていると、その都度、マイナーでありながらも底深く奥行きも深い固有空間に導かれ、ともすると出口を忘れかけてしまうような錯覚に捕らわれて、広々とした青天井が恋しくなることがある。

いったい全体天下の情勢はどうなっているのか、の興味から、奇しくも震災の年に中国は北京で開催された「第4回世界女性会議」以降現在までの日本の女性政策の変遷を振り返る北京Japanese Accountability Cocus(同女性会議に参加したNGOの要請で実現した日本政府のブリーフィングや日本政府代表団への要望行動を評価し、政府に対するロビイングと政策提言を行う団体)に参加した。

思えば阪神大震災が私個人の生き方の方向転換を迫る後戻りのできない分岐・分水嶺であったように、「北京女性会議」はジェンダー平等を求める世界中の女性たちにとっては75年以来から見てひとつの到達点であったに違いない。それが既得権を手放したくない権力側にとっては脅威を感じさせるに足る大きなうねりに映ったことは当然としても、しかしそのことが分岐・分水嶺となってその後のバックラッシュを呼び起こす契機となった趣があるのは皮肉な現象だ。

大沢真理さんによる基調講演―私達はどこまで来たか、これからどうすべきか―はその辺のせめぎあいを強く意識させるものであった。

戦争と冷戦に明け暮れた20世紀から、遅ればせながらの近代化としてのマイノリティーの平等化の流れは、21世紀の始まりにかけ、冷戦崩壊と経済のグローバリゼーションともに顕になった一国大国主義(ブッシュ政権)に衝突し、押し戻されようとしているということだ。

私は両日とも「徹底討論・軍事化と女性」〜平和という神話の中で〜に参加した。戦争は最大の人権侵害であり、アメリカの世界戦略にますます組み込まれている日本の軍事化に危機感を募らせているからである。