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Gon's Bar TV 文字 サイト ジュビロ 代表 プロフィール
GON dayo GON


中山雅史 所属チーム
1967 9月23日 静岡県志太群岡部町生まれ -
聖母幼稚園入園 -
1974 1年 町立岡部小学佼入学 -
1975 2年 -
1976 3年 いつもクラスを仕切っていた。
通信簿にはいつも「落ち着きがない」と書かれていた。
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1977 4年 岡部スポーツ少年団でサッカーを始める。
ポジションはセンターフォワード。
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1978 5年 -
1979 6年 地域リーグで優勝。得点王に。
県サッカー大会「さわやか杯」で優秀選手に。
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1980 1年 岡部中学佼入学
毎朝遅刻しそうになって走っていた。
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1981 2年 -
1982 3年 ポジションはウイング。
サッカー部引退後はコーラス部と陸上部を掛け持ちしていた。
東海選抜チームで全国大会優勝
1983 1年 藤枝東高校入学
サッカーで入ったと言われたくなくて
受験勉強を一生懸命やって一般入学したのが自慢。
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1984 2年 高校選手権県予選で優勝。
東海一高との決勝で先制点を決めて涙が出そうになった。
全国高校サッカー選手権大会 (3位)
 (準決勝ではPK戦で敗退した)
1985 3年 静岡選抜ではFWのポジションが埋まっていたため、DFとして出場。
ワールドユース日本代表
国体静岡選抜で全国大会 (優勝)
1986 1年 筑波大学入学
推薦入学だったが何故か共通1次を受けた。
ポジションは静岡県選抜の時のまま、右サイドバック。
この年に凄く太ってしまい、「オレたちひょうきん族」で
ビートたけし扮する鬼瓦権造に似ていたことからゴンと呼ばれるようになる。
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1987 2年 大学2年からFWに戻り、レギュラーメンバーとなる。
ユニバーシアード代表(8位)
総理大臣杯 (2位)
関東リーグ1部 (優勝)
1988 3年 学生選抜日本代表 アジア選手権日本代表 総理大臣杯 (優勝)
関東選手権大会 (優勝)
1989 4年 学生選抜日本代表 総理大臣杯 (2位)
関東ーグ1部 (3位)
1990 23歳 ヤマハ発動機サッカー部入部
10チームくらいから誘われたが
最終的に読売・日立・ヤマハと話し合いをして決めた。
新入社員研修で3ヶ月のブラジル留学。

ダイナスティカップ日本代表(7月31日北朝鮮戦にてA代表デビュー)
第1回コニカカップ (2位)
1991 24歳 ヤマハのJリーグ加盟見送りに伴い、清水から誘われるがヤマハに残留。
ユニバーシアード日本代表
ヤマハのJリーグ加盟が見送られる
日本リーグ1部 (8位)
1992 25歳 13得点でJ1リーグ(JFL1部)初代得点王に!
ダイナスティカップ日本代表(優勝・8月29日韓国戦にてA代表初ゴール)
アジアカップ日本代表(優勝)
日本リーグ1部 (3位)→日本リーグ終了
ヤマハフットボールクラブ設立
第1回 JFL 1部 (優勝)
Jリーグ準会員に加盟。
1993 26歳 W杯アメリカ大会アジア予選日本代表 (背番号16) チーム名が「ジュビロ磐田」に決定
5月15日 Jリーグ開幕。
第2回 JFL 1部 (準優勝)
11月16日 JFL準優勝により、Jリーグ昇格を決める。
1994 27歳 3月12日 開幕・鹿島戦(カシマ)でJデビュー
3月19日 V川崎戦(国立)にてJ初ゴール
4月27日 名古屋戦(国立)以降怪我で長期離脱、ドイツで手術とリハビリ
ジュビロ磐田Jリーグ参加
ナビスコカップ準優勝 
1995 28歳 1月 チーム練習に合流
3月 日本代表に復帰
3月22日 第2節のG大阪戦でジュビスタ初ゴール!

キリンカップ・インターナショナルチャレンジ日本代表 (背番号14)
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1996 29歳 3月31日 赤坂プリンスホテルにて生田智子さんと結婚式 -
1997 30歳 9月20日 V川崎戦(新潟)で初ハットトリック
11月8日 W杯最終予選カザフ戦(国立)で代表復帰
11月16日 イラン戦(ジョホールバル)にてW杯出場を決める

W杯フランス大会アジア最終予選日本代表 (背番号32)
セカンドステージ優勝 (10月1日市原戦)
チャンピオンシップ初優勝 (12月13日鹿島戦)
1998 31歳 Jリーグで4試合連続ハットトリック記録達成、ギネスブックに載る
6月26日 ジャマイカ戦で日本初ゴールを決める

ダイナスティカップ・キリンカップ・W杯フランス大会日本代表 (背番号9)
Jリーグベストイレブン・得点王(36得点)・MVP
ナビスコカップ初優勝 (7月19日市原戦)
ファーストステージ優勝 (8月8日平塚戦)
1999 32歳 6月25日 南米選手権直前の練習試合で右目眼か底骨折
8月28日 鹿島戦(磐田)にて復帰
5月に右膝、12月に左膝の内視鏡手術をするなど、怪我の多い1年だった。

アジアスーパーカップMVP
AFC年間ベストイレブン
チャンピオンシップMVP
第18回アジアクラブ選手権優勝 (4月30日エステグラル戦)
ファーストステージ優勝 (5月26日福岡戦)
アジアスーパーカップ優勝 (11月18日アル・イテハド戦)
チャンピオンシップ優勝 (12月11日清水戦)
2000 33歳 2月16日 アジアカップ・ブルネイ戦(香港)にて世界最速ハットトリックを決める
7月26日 神戸戦(神戸)にて2ゴールを決め、リーグ通算100ゴール達成!
8月26日 オールスター(宮城)に出場

カールスバーグカップ・アジアカップ予選日本代表 (背番号9)
Jリーグベストレイブン・得点王(20得点・2回目)
ゼロックススーパーカップ優勝 (3月4日名古屋戦)
第19回アジアクラブ選手権準優勝 (4月22日アルヒラル戦
2001 34歳 5月19日札幌戦(磐田)にてJ通算200試合出場達成!
 (この試合の直前に世界クラブ選手権延期→のち中止に)

コンフェデレーションズカップ・キリンカップ日本代表 (背番号11)
第20回アジアクラブ選手権準優勝 (5月26日韓国水原戦)
ファーストステージ優勝 (7月7日横浜戦)
ナビスコカップ準優勝 (10月27日横浜戦)
2002 35歳 5月17日 W杯代表メンバー発表 「中山雅史10番」にびっくり。
6月9日 W杯ロシア戦(横国)に後半27分から出場
8月4日 オールスター(埼玉)に出場

キリンカップ・W杯日韓共催大会日本代表 (背番号10)
Jリーグ選手協会会長に就任
Jリーグベストイレブン
ベストジーニスト受賞
大久保グランドにクラブハウスができる。
ファーストステージ優勝 (8月17日柏戦)
セカンドステージ優勝・完全制覇 (11月23日東京V戦)
2003 36歳 6月8日 代表アルゼンチン戦(長居)以降、怪我で長期離脱
11月16日 東京V戦(味スタ)で復帰 (後半35分から出場)
キリンカップ日本代表 (背番号9)
ゼロックススーパーカップ優勝 (3月1日京都戦)
2004 37歳 7月3日 オールスター(新潟)に出場
セカンド後半は怪我で離脱、天皇杯から復帰
11月24日 長女心晴(こはる)ちゃん誕生
第83回天皇杯優勝 (2004年元旦 C大阪戦)
ゼロックススーパーカップ優勝 (3月6日横浜戦)
2005 38歳 5月1日 柏戦(柏の葉)にてJリーグ通算150ゴール達成!
9月24日 柏戦(ヤマハ)にてJ通算300試合出場!
10月9日オールスター(大分)に出場 MIP獲得
12月9日 W杯ドイツ大会組み合せ抽選会にドロワーとして出席
第84回天皇杯準優勝 (2005年元旦 東京V戦)
2006 39歳 9月17日 川崎戦(等々力)でJ1タイ記録の13年連続ゴール -
2007 40歳 5月3日 清水戦(日本平)にてJ1記録の14年連続ゴール
5月9日 大分戦(ヤマハ)にてナビスコ杯通算最多25得点

8月4日オールスター(エコパ)に出場 MIP獲得
Jリーグ選手協会名誉会長に就任(会長は藤田俊哉)
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