@天出養鱒場 @三分診療@水戸黄門@降臨@過換気な愛@極性@おやつ



天出養鱒場

 兎呂間川沿いの県道を、上流へ四十分程車で走ると、右側の山裾に向かう細い林道のとばくちに『天出養鱒場』の看板が現われた。
 ドライブの帰途、ここで魚を買っていこうと思ったのは、上流にゴルフ場や工場が無いのを、事前に地図で確認していたからだ。

 入ってみると養魚設備らしきものはどこにもない。応対に出た、痩せた初老の男が、鼈甲縁の真っ黒い色眼鏡の蔓を押し上げながら、おれの疑念を見抜いたかのように説明した。
「生け簀は山の方にあるんですよ」
「そりゃまた何故です。すぐそばに川があるのに」
「清水が湧いてっから、川の水よりきれいだしね。ま、とにかく行ってみやしょう。もうすぐ日が暮れるし、何だか一雨来そうだ」
 彼は軽トラックに乗り込むと、助手席側のドアを開けて、おれに乗れと目顔で促した。
 林道を行き、少し山に登りかけた所の右側が棚田の形に開けていて、五メートル四方位の生け簀が三つあった。それらと奥の方に建っている小さなプレハブ小屋との間は、まばらな潅木に囲まれた空き地になっている。
 水は澄んでいて、手を入れてみるとじんじんする程冷たかった。魚達がスッと近づいて来ては、きらんと反転して行く。無駄の無い動きに見とれていると、男が慌てた様に、小屋から短目のロープ束を持ち出して来て、空き地の四隅に立っている木を四本選び、自分の背丈位の高さに一本ずつ巻き付け始めた。
「小屋に入っててくんなさい。すぐに降ってくっから」と忙しく手を動かしながら言った。
 空は真っ暗になっていたが、所々金色に光っては消えるのが妙な感じだった。作業を終えた男が飛び込んで来たのとほぼ同時に降り出し、ちょっと遅れて雷鳴が転がり始めた。
「雨が止んだら、ちょっと手伝って欲しいんだけども」、言ってから大きく息を吐いた。
「何でしょうか」
 時折、稲光に照らし出される室内には、養魚や山仕事の道具が、きちんと整頓されて置いてあった。彼は、隅にある段ボール箱から草色の蚊帳を引っ張り出しはじめた。
「さっきロープを巻いた木と木の間に、こいつを吊るんですけんど」蚊帳の吊紐の先に結びつけられた真鍮のフックを見せながら、
「手早くやらねえといかんので、お客さんに片っぽの二本を引っ掛けて貰いてえんだがね」
「いいですよ」
 何を頼まれるのか不安だったおれは、少しほっとして答えた。

 雲が去り、雨が上がると、辺りの空気がひんやり透き通った。男は「ほいっ」と掛け声をかけて外に飛び出し、蚊帳をわさわさと拡げると、おれに山側を担当する様に言い、自分は反対側に走った。意外に力が要るので、やや手間取ったおれが二本目を掛け終えた時、既に男は捕虫網を持って傍に立っていた。
「じゃ、後はやりやすから」、そう言うと蚊帳の中に素早く入っていった。
 ほどなく、地面のあちこちでホウbと光り出すものがあった。熱くは無さそうだが、確かな生命の感じがした。それらは身じろぎする様に数回震えると、手拳大の光球となって次々に舞い上がり、縦横に飛び回りながら上昇し始めた。蚊帳の中にも幾つか飛んでおり、網を振り回す男がシルエットになって見えた。
 数分後、蚊帳から出てきた男が、生け簀の縁にしゃがみ込み、網に捕らえた光球を水中で開放すると、たちまち青白く光る魚となって泳ぎ出した。おれは声も無く見つめていた。
「御礼代わりに一匹あげやすよ。でも、光ってるうちは毒があっから食っちゃ駄目だよ」
「毒って…」
 彼は、それには答えず腰の手拭いを取り、眼鏡をずらして額の汗を拭きながら、声を出さずにひゅるひゅると笑った。
 薄暮れの中、男の魚眼がきろんと動くのが見えた。



三分診療

 とあるビルの七階。某企業グループ指定の精神科クリニック。

 初老の、がっしりとした体格の男が中年の医師に症状を訴えている。
医師の背後には大きな窓があり、ブラインドの隙間から洩れ込む西日が
気だるそうな患者の横顔を舐めている。
「なんだか疲れやすくって。仕事でも、ちょっと動き回るとすぐに休み
たくなっちまうんだよねえ」
「ふうむ、いつごろからそんな具合ですか?」
「うーん。もう、しばらくになるねえ」
「しばらく、っていうとどのくらいですか?」
「だから……しばらくだねえ」
 医師はカルテに(一万年くらい前から)と書き込む。

「動き回る、ってのはどんなことをするんですか?」
「えーと、まあ、立ち仕事が多いやねえ」
「走ったりはしないんですか?」
「することもあるねえ。なにせ現場だから。重いもの持ち上げたりもす
るし」
「ちょっと、ていうと実際にどのくらいの時間ですかね?」
「うーん……ま、三分がとこかな」
 医師はカルテに(三分くらいで疲労)と追記。

「休みたくなる、とはどんな感じです?」
「何かこう……居ても立ってもいられないっちゅうか、どっかへ行っち
まいたいような気分だね」
 医師は(消えてしまいたくなる)と記載し、
「それでええと、お勤め先は、と」
「警備会社だよ。アストロ警備保障」
「なるほど分かりました。ストレスによる軽い神経症でしょう。お薬を
二週間分出しますので、服み終える頃にまたいらっしゃって下さい」
「えっ!? これで終わりかね」
「はあ?」
「さんざん待たされたんだから、もうちっと話を聞いてくれてもいいん
じゃねえの」
「そうおっしゃられても……これも規則ですから」
「規則規則って…あんたらはいつもそうだ。ロクに診察もしねえでおれの
病気の何が分かるってんだよっ」
 怒りはじめた男に向かって、
「困りましたねえ。ご不満なら現地人用のクリニックにでも行かれたらど
うです?」と、医師は表情も変えずに言い放った。
「それが出来ねえからここに来てるんじゃねえか。畜生!! どいつもこい
つも馬鹿にしやがって」
 彼は身体をぶるぶる震わせてわめきながら診察椅子を蹴とばし、医師め
がけて突進して行った。それから、仰天して飛び退いた医師には目もくれ
ずブラインドを引きちぎり、鍵のかかっている窓を力まかせにこじ開けるや
パッと空中にダイブしてしまった。
      *      *
「あーあ。ありゃもう駄目だな。飛び方も忘れちまってたのか」
 医師は見下ろしながら呟くと、素早く身支度をし、胸のカラータイマーを赤
く点滅させつつ夕日に向かって飛びたって行った。

 彼は地球上では三分間しか診療出来ない。



水戸黄門

ストーンズ版『COME ON』(原曲はチャック・ベリィ)の日本語カヴァ・ヴァージョン『水戸黄門』を
創ってみました。歌詞の解釈もついています。

ぜひ一度、バンドで演奏したいものです。

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【壱】
恵比寿の老人 皆、べべ、ばっちい
降(お)れ騾馬、裳着(もぎ)に酸 公家もカースタント
稲穂じゃ乗馬だ 慶な方じゃ地益
井伊さん馬事、窯(かま)炉具 蘭人通じゃ礫(れき)

黄門 印籠出しゃどうだ?
黄門 印籠出しゃどうだ?
黄門 印籠出しゃOK!

ザ・助格飛び猿 八兵衛にお銀

【弐】
恵比寿の老人 アビバ婆ちゃん
海老名はウェイウェイ 好き南蛮酎
海老さんが報恩 砂庵(さあん)等行く参内
寒地(かんち)っ火(ぴ)ガッツな リッチなザ・難波

黄門 印籠出しゃどうだ?
黄門 印籠出しゃどうだ?
黄門 印籠出しゃOK!

光衛門ぁ越後の 縮緬問屋隠居

【参】
恵比寿の老人 耶蘇言うベビー
怜悧温湯、好(す)い湯女 鈍眉目(みめ)美
丼海老、新虎 命(めい)急死
亜襤褸着、登代はね 夕日(ゆうび)楼罪

黄門 印籠出しゃどうだ?
黄門 印籠出しゃどうだ?
黄門 印籠出しゃOK!

ザ・助格飛び猿 八兵衛にお銀

黄門 印籠出しゃどうだ?
黄門 印籠出しゃどうだ?
黄門 印籠出しゃOK!

ザ・助格飛び猿 八兵衛にお銀

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ここからは歌詞の解釈です。

【壱】
恵比寿に住んでる老人は、どいつも汚い服を着ている。
驢馬に乗ったままだと喪服に硫酸を掛けられたりするし、不良公家がカースタ
ントしてて危険だ。
馬に乗るなら田圃の周りがいいし、方角がよけりゃ地元の役に立つだろう。
井伊の殿様が競馬に行くときは、陶工に扮するが、外人のふりをしちゃあ磔
獄門だ。

黄門さまだ ひかえおろう
黄門さまだ ひかえおろう
黄門さまだ 一件落着

世直しバンドは今日も行く

【弐】
恵比寿には加藤茶によく似た婆さんも居た。
海老名には熊猫のウェイウェイが居て、洋酒をよく飲む。
海老は恩返しをしたくて、砂庵という尼さんたちと御所に行った。
同じころ、寒い土地でも熱心に営業をするザ・難波という漫才コンビが人気で、
たいそう金を儲けた。

黄門さまだ ひかえおろう
黄門さまだ ひかえおろう
黄門さまだ 一件落着

知ってるぜ、黄門だってこと

【参】
恵比寿には進駐軍が言うところの、オンリーさんが居たがもう歳をとってた。
容色は衰えたが頭が良く、性格も温和だったから、ソープに鞍替えしても人気
者だった。
ところがある日、新虎という店で喰った海老天丼に当たって急死しちまったんだ。
その登代って女は、死んだときあまりいい服を着てなかったが、それは勤めてた
ソープ・夕日楼がケチで給料が安過ぎたのさ。

黄門さまだ ひかえおろう
黄門さまだ ひかえおろう
黄門さまだ 一件落着

世直しバンドは今日も行く



降臨

 昨夜も典型的山なり飲酒だったからして、まあ二日酔いなのは仕方あるめいとあきらめ
つつ朝飯を味噌汁にて流し込み、仕事場へ。午前中、周辺地域の老人達はカラオケ大会に
出場しているためか姿を見せず、閑古鳥の鳴く医院にてひたすら最近の感染症に関する文
献など読みあさる。
 ああ、おれはえらいなあ、来るかどうかもわからぬ患者さんのためにこうして医学知識
の補充に努めておるではないか。これで大酒さえ飲まなければ非のうちどころのない市井
医というものだ。ならばそれ、欠点のひとつくらい大目にみてもいいじゃねえのか? と
依存症のくせに屁理屈ならべ、またぞろ禁酒を先延ばしにしようとのあさましい魂胆、わ
れながら呆れ果つる。
 
 昼ちかくなって、事務のミキたんが「せんせ、今日は予防注射が入ってます」と言いに
くる。へ? と一瞬、脚すくわれたかっこうで暦を見やれば、なんと今週も注射と健診が
入っておるではないか。いったいぜんたい、役所というのはどうしてこうも注射や健診を
好むのか、月曜から金曜までのあいだ、必ずどこかでこのような行事が開催されておるの
だよなあ。
 この国では、みんなおんなじ、が国民の大好物であるがためか、個体差の大なるが当た
り前の乳幼児期の発育・発達についてもマニュアルに照らし合わせ、やれ太り過ぎだのや
せ過ぎだの首のすわりが遅いだのと、ちょっとでもひっかかりがあろうものなら問題あり
の指導対象組に放り込まれ、子供は泣くわ、母親は泣きそうだわ、さながら地獄絵図のご
とき様相を横目で眺めつつ流れ作業的に『内科健診』とやらをこなすのだ。丁寧にひとり
づつ診ておったのではその日の午後がつぶれてしまうので仕方がないのだが、もう、ああ
いった水戸黄門的健診事業はやめてもええんでないのけ? と、なんで誰も言わんのだろ。

 しかし、そんなことを書きたおしておっても仕方ないので、カップラーメンを食した舌
の根も乾かぬうちに接種会場へ直行し、効くかどうかも分からんワクチンを乱射して帰院。
ぐったり疲れてしまったのでちょいと横になり休もうとしたら、あちこちの関節が崩壊寸
前だという高齢の男性が家族に抱えられるようにして来院。
「ここのせんせに鍼打ってもらえば止まらぬ痛みなどなしと聞いたゆえ、ぜひにもたのむ」
とまあ、そう言われてもおれが鍼は趣味として楽しんでおるだけで、しかも拙院は保険診
療医療機関ゆえ、鍼を打っても診療報酬を生じせしめることはできぬ。が、だからといっ
て「鍼だけじゃ金になんねから帰ってくんろ」など無慈悲なことも言えぬではないか。な
らばいっそ、かつてカリスマ鍼医として鳴らした腕前ちょっとだけ見せたろじゃんかと、
熟練の金鍼銀鍼深浅乱れ打ちなど披露すれば、患者はもとよりその家族、はては新入看護
婦まで一斉に「ほうっ」と感嘆のため息をもらす。
 ちょいと得意になったおれ、「ま、鍼代はサービスしとくぜ」、口調もやや職人風に気
取った途端、なんと、よれよれの老爺だった患者はたちまち薬師如来様のお姿になり、
「そなたの仏心はよく分かりました。ただし、おのれの技に慢心することなくますます精
進するように」
 そうおっしゃると、家族に化身していた童子を連れ、五色の雲に乗って換気扇からしゅ
るんと出ていってしまわれた。仰天したおれは従業員ともどもその場にひざまづき、西方
の虚空に去りゆくありがたい後ろ姿に合掌したのである。
 
 そのあと、医院を早じまいにし、みんなで酒を呑みに行った。



過換気な愛

 本日一人目の患者さんは、三十代前半の女性。待合室のソファーでぐったり横になってしまっている。とりあえず診察室に運び込むと、すうひいすうひいと頻呼吸で、真っ白な顔面を強調するかのように、つややかな長い黒髪が波打ってている。まずは胸背部を聴診してみるが、異常な音はしない。

「いつからこんな具合ですか?」
「会社に、行こうと。運転してたら、急に怖く、なってきちゃって」
「喘息とかの持病はありませんか?」
「あの、子供の頃、喘息でしたけど…そういう、感じじゃないし」
「こうなったのは今回がはじめてですか?」
「は、い」、苦そうな呼吸の合間に消え入りそうな声で答える。
「息苦しい他に症状はありませんか?」
「手足、と、口の周り、しびれて」

 どうやら軽い過換気発作のようだ。看護婦にサイコバッグを持ってこさせ、一見ただの透明なビニール袋の中にアングスト試薬を三滴たらし、患者さんの口に当てがい、「このまま呼吸を続けてください。すぐに楽になりますから」と指示した。

 十秒ほどすると、彼女の呼気とともに口から真っ赤なバラの花が大量に吐き出されはじめ、きらきらと輝きながら花火のように消えていく。
 二分ほどすると、呼吸はゆるやかになり、両頬にもうっすらと赤みがさしてきた。吐き出されるバラがやや少なくなったかと思うと、今度はカタクリの花が出はじめ、少し遅れてオキナグサも姿をあらわした。バラほどの輝きはないが、それらは鈍く光りつつ、しかしバラよりもゆっくりと消えていく。
 約五分後、症状がすっかり消失したころには、試薬の効果も切れ、花の姿は見えなくなっていた。

 おれはすべてをカルテに記載し、診察机上の端末からあるサイトにアクセスし、発作の誘因を調べ、その結果をプリントアウトし、カルテにはさみ入れた。それから患者さんの左手薬指の指輪を確認しつつ、カルテの病名欄に過換気症候群と記入し、つづけて(道ならぬ恋)と書き加え、黙ったまま患者さんにそこを指し示した。
 
 彼女は少しうつむきながら、すうっと、儚げに笑った。



極性
「電池がなくなっちゃったみたいで、なにもする気が起こらないんです」という二十代の男性。
「え、電池って何ですか?」と訊けば、
「私の心はアルカリ乾電池で動いているんです。それもお医者さんでもらったヤツでないと駄目なんです」なんぞと、そら恐ろしいことを言う。
「ふーむ。そうですか。で、その電池をセットする場所はどこなんですか?」
 訊かれると、ぱっと立ち上がるや、おれに尻を向け、指で指し示しながら、「ここです、肛門から入れるんです」ぬわーんて言うから、びっくりするやら可笑しいやら。でも本人、いたって真剣で、椅子に座りなおすと、「だから、先生。はやく、はやく電池をください。単三を一本でいいんです」と迫ってくる。
 その勢いに気圧されたおれは、診療机の抽き出しを開け、乞われるままに新品の単三電池を一本渡してしまった。彼はそれを両手でおしいただくように受け取ると喜色満面で立ち上がり、
「ありがとうございますっ!! 早速入れ替えてきますっ」、深々とおじぎをしてから診察室のドアをバーンと開けて出ていった。あれまあ、どこへ行くんかいなと見やれば、男子トイレに飛び込んでいく後ろ姿。ふうん、さてはトイレで電池交換をしようってのか。それにしても本気でそんなことするつもりなんだろか、なんぞと半信半疑で眺めていたら、トイレのドアが開いて……。
「!たっまちれいにまさかさ !たっまちれいにまさかさ」
 大声で喚きながら、後ろ向きに歩いて出てきたが、その顔は今にも泣きだしそうだ。
「!てめとかれだ !てけすた !てけすた」
 半分泣き声になりながら、どんどん後退って玄関へ向かい、脱いであった自分の靴を左右逆に履き、外へ出た。運転してきた車の助手席側から乗り込んで、エンジンをかけると勢い良くバックで走り出し、そのままどんどんどんどん後進し続け、やがて見えなくなってしまった。
 
 翌日。男子トイレの便器が詰まって大騒ぎになった。

おやつ
 泣きむし天使が遊びにきたので、焼きプリンを出してやった。食べながらおれに訊く。
「どうしていつも眼が真っ赤なの?」
「アル中だから」
「どうして鼻のあたまがかさかさなの?」
「アル中だから」
「どうしてお下劣なことばっかし書くの?」
「アル中だから」
「バカね」
「アル中だからな」
 ふふ、と笑うと、背中の羽が少しゆれた。



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