
| 私は昨年の8月の終わりにモンゴルに来て、9月1日からモンゴルの大学で日本語教師をしています谷といいます。 私はモンゴルに来る前は、日本の孤児院で働いていましたので(日本の場合、今は正確にいうと孤児院という呼び方はせず、児童養護施設といいます。)モンゴルに来てから、モンゴルの孤児院に行ってみたいと思っていましたが、ツォグゾルマーという孤児院の院長先生と出会ったことがきっかけで、その孤児院を援助するようになりました。 孤児院のなまえです。 ウェチェン フーフテン ハラムジィング ツェツェレグ 場 所 モンゴル国ウランバートル市ソンギノハエルハン区 dai2cyiku(市街地より15km離れた山合いの場所にあります 昨年の10月に私がツォグゾルマー院長とはじめて会って話しを聞いたときには、孤児院は経済的にいきづまっていて、子どもたちに食べるものを買うお金もなくなり、一時的に孤児院を閉鎖している状態でした。 なぜかというと、この孤児院が作られた当初はいくつかのところから援助があったそうですが、その援助もなくなり、そのときは孤児院で料理を作ってくれる人の1ヶ月分の給料分(日本円にして、約2000円)をどこからかの援助でもらっているというだけでした。しかし、現在はその援助も打ち切られています。 モンゴルの国や市からの援助もなく、このままでは孤児院を再開することはできない状況でした。 そこで、私は日本にいる友達やいろいろな人にメールや手紙でこの孤児院のことを話しました。また、私の大学時代の友達が自分のホームページにモンゴルのコーナーを作ってくれて、この孤児院のことを書いてくれました。 その結果、日本から、次々と衣類や文具、おもちゃ、タオルなどや義援金が送られて来て、孤児院を再開することができたのです。 これまでに衣類などの物資は100個くらいが送られてきましたし、延べ100人くらいの人が義援金を送ってくれました。 しかし、これからも援助は必要です。 なぜなら、孤児院の収入?が無いのですから、日本からの援助がなければ、子どもたちに食べるものさえ買ってあげられないのです。 また、日本からの義援金でニワトリ小屋を作り、ニワトリを買ってきて、ニワトリを飼っています。 昨年私とツオギー院長が出会った時には、孤児院を一時的に閉鎖している状況でしたが、私と会わせるために、私が行ったときに子どもたちを集めてくれたのですが、子どもたちには、今のような笑顔も無く、暗い顔をして、閉鎖的でした。 しかし、日本からたくさん衣類などの物資が送られてきたり、義援金が送られてきたことによって、孤児院を再開することができ、子どもたちに笑顔と子どもらしさが出てきました。それは、実はすべて日本からの援助(衣類やおもちゃ、文具、義援金)によって与えられたものだと思いますが、でも、一番大きいのは、そういう日本の人たちの愛が子どもたちに伝わったからなのだと思いますが。 今回、もし、1000ドルのお金を援助していただけるのなら、現在、孤児院の敷地の中に木造の小さな建物(かなり古い建物で、使うことはできません)がありますので、それを壊し、孤児院に住み込んでボランティアをしてくれる人のための宿泊できる建物を作りたいと思っています。(1000ドルでできる建物を作りたいと思っています。) 現在、孤児院の子どもたちが生活したり、勉強したり、食事をしたり、寝泊まりしているところは、一つの建物だけです。子どもは現在15人ですが、その地域の貧困家庭から通いで来ている子どもがほとんどで、孤児院で寝泊まりしているのは、4人の子どもです。識字教育もしています。 私は、来年の夏までこちらにいる予定なので、1000ドルを援助していただけたら、私が責任をもって、その建物を作るように手配し、会計報告をすることをお約束いたします。 どうか、よろしくおねがいいたします。
谷 順一 |