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以前、ある国を旅したときに小さな屋台で買い物をしました。言葉がよく通じないので紙に書いて見せたところ、私と同じ年ぐらいの彼女は首を横に振るばかりで、筆談のために差し出した紙を手で払うのです。
私たちのやりとりをそばで見ていた人がペンをとり、彼女は文字が読めないということを教えてくれました。その人を間に頼んで買いものをし、いろいろな話もしましたが、彼女は自分が文盲であることをとても恥ずかしがっていました。
帰国してから興味を持って本を読み、義務教育がしっかりと根づいているように見える国でも若年層の識字率はまだ低いということを知りました。
日本では特殊な事情がない限り、字が読めない人はまずいません。社会の仕組みも何も字が読めるということを前提にできています。でも、日本のような国の方が珍しいのではないでしょうか。
当たり前のこととして軽く考えていることが、実はどんなに重要であることか。「危険注意」の看板が読めないばかりに亡くなる人がいる、表の使用方法が読めずに誤って薬を与えて子供を死なせてしまう母親がいる、何と悲しいことでしょう。
明治維新を発展のモデルに考える途上国が多いと聞きます。でも、日本の成功はすぐれた指導者がいたからではなく、「読み書き算盤」を身につけた多くの国民がいたからだと私は思います。
貧困も発展も不衛生も健康もすべては一本の同じ線上にあって、どちらの方向に進むかを決める鍵は教育にあるのではないでしょうか。日本の戦後復興が早かったのも、当時において就学率九九%という初等教育の充実が基礎にあったからこそだと思います。
世界じゅうだれもが等しく教育を受けられるようサポートすることが、国際社会に生きる私たちの義務だと思います。〈了〉 |