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郵政省平成3年度
第1回「国際協力に関する作文」コンクール


東京郵政局長賞  瀬田 茜



 以前、ある国を旅したときに小さな屋台で買い物をしました。言葉がよく通じないので紙に書いて見せたところ、私と同じ年ぐらいの彼女は首を横に振るばかりで、筆談のために差し出した紙を手で払うのです。

 私たちのやりとりをそばで見ていた人がペンをとり、彼女は文字が読めないということを教えてくれました。その人を間に頼んで買いものをし、いろいろな話もしましたが、彼女は自分が文盲であることをとても恥ずかしがっていました。

 帰国してから興味を持って本を読み、義務教育がしっかりと根づいているように見える国でも若年層の識字率はまだ低いということを知りました。

 日本では特殊な事情がない限り、字が読めない人はまずいません。社会の仕組みも何も字が読めるということを前提にできています。でも、日本のような国の方が珍しいのではないでしょうか。

 当たり前のこととして軽く考えていることが、実はどんなに重要であることか。「危険注意」の看板が読めないばかりに亡くなる人がいる、表の使用方法が読めずに誤って薬を与えて子供を死なせてしまう母親がいる、何と悲しいことでしょう。

 明治維新を発展のモデルに考える途上国が多いと聞きます。でも、日本の成功はすぐれた指導者がいたからではなく、「読み書き算盤」を身につけた多くの国民がいたからだと私は思います。

 貧困も発展も不衛生も健康もすべては一本の同じ線上にあって、どちらの方向に進むかを決める鍵は教育にあるのではないでしょうか。日本の戦後復興が早かったのも、当時において就学率九九%という初等教育の充実が基礎にあったからこそだと思います。

 世界じゅうだれもが等しく教育を受けられるようサポートすることが、国際社会に生きる私たちの義務だと思います。〈了〉




現在、「国際ボランティア作文コンクール」と改題されています。
【 制 作 者 紹 介 】

瀬田 茜

「好きなことやってお金もらっちゃばちが当たる」と考えている
江戸っ子の不良公務員。
本業の職務内容に「辞典編集」があった。



Ц.デルゲルフツェツェグ

モンゴル国立大学日本語科第1期生。
京都大学・専修大学大学院留学を経て、
モ大の研究室に残り後進を指導中。

【 日本語について 】

 この辞典の日本語に関しては、 「広辞苑第4版」に依拠しています。
 ただ、瀬田が普段使っている日本語が、標準語というよりは東京弁、 それもどちらかといえば死語に近い江戸弁寄りのものであるため、 (同居していた年寄りが生粋のちゃきちゃきだったもので……)
人によってはなじみのない見出し語・訳語になっている場合があります。
 この辞典は、発端が私自身のための単語帳であるために、 私自身が使いやすいものになっています。 単語の選択も私自身の必要性が基準です。
「こんな日本語は知らないぞ」とか「こんな言葉は使わないよ」とお思いの向きもあるかと思いますが、 これがこの辞典の個性ですので、御理解ください。

 赤瀬川原平著「新解さんの謎」(文藝春秋社)をお読みいただくと、より御理解いただけるかと思います。

【 SETO FUND 】

 ありがたいことに、PWJでは初版収益を "SETO FUND" と呼んでくださっているそうです。

 なぜ、 "SETO" なのか?
 モンゴル語では母音調和というものがありまして、モンゴル人の発音ではア列とエ列は共存し得ないのです。
 私の名前、 "SETA AKANE" は、モンゴル人には非常に言いにくいらしく、大抵は話しているうちに
   SETA → SETO
   AKANE → AKiNE(акьнэ) → AKINA(акина)と、変化します(笑)
 さすがに日本語を勉強している方はちゃんと最後まで正しく呼んでくださるのですが、肝心のモンゴルでの私のお母さんたちはいつのまにやら「アキナ〜」となります。たかが母音調和、されど母音調和なのです(泣)
(でも、私もお母さんの名前の中の "Θ" の発音はできませ〜ん)

【 2001年∞モンゴルの旅 】

 この夏、3年ぶりに訪ねたモンゴルです。勢いでアルバムをつくってみました(笑)
 この10年の変化はすさまじいばかりですが、ドンドウルスに比べればマシかしら…… 犯罪の証拠写真もありますが、そこのところは御容赦を m(_ _)m

 旅程としては、前半1週間を(財)ハーモニィセンターのトレッキング・キャンプで乗馬三昧(落馬1)に過ごし、ウランバートルに帰って、デルゲルフツェツェグの家でアマルリンちゃんにおばバカしつつPWJ・ホッタイル訪問、アタルの "両親" 宅に里帰りしてぐうたらと、最高の2週間でした。
 今回、自馬を手に入れました。さぁ、次は自ゲルだっ!