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−モンゴルに心を寄せる皆様−


 モンゴル倶楽部の前身はモンゴル応援隊という団体でした。(詳細はHPの「活動趣旨」に明記してありますので、後ほどご一読いただければ幸いです。)
 そのモンゴル応援隊の隊長をされていた、長谷川泰造先生が昨年末逝去されました。慎んでご冥福をお祈り申し上げます。
 長谷川先生は、弁護士業という激務の合間を縫って多方面で活躍されておられましたが、特に障害者の人権問題に獅子奮迅の活躍をされ、日本乗馬療法協会会長も務めておられました。通常の団体の代表といえば、名前だけ、あるいは形だけの存在は決して珍しい話ではないと思いますが、長谷川先生の場合は率先垂範の方でした。
 私の場合、モンゴル応援隊でのご活躍しか拝見しておりませんが、「隊長」として立派にその任を果たされ、応援隊のスタッフ一同、ただただ脱帽するばかりでした。
 先生の豪放磊落なお人柄から、エピソードもたくさんあります。
 応援隊スタッフが、東京でモンゴル祭りを企画すると、長谷川先生「馬は呼べないのか? 馬のいないモンゴルの催しなんてあるのか!」と一喝。
 またある日には、先生からお電話があり、「いま出張でインドに来てるんだ。いいか、モンゴルからインドまで、日本人が馬で隊列を組んで旅をするんだ。そんな集団はめずらしいから、行く先行く先で人が集まるだろ、そしたら年配の人に話を聞いて近代の歴史を勉強するんだ。お前ルートを研究しとけ、分かったか。」と、負けない弁護士の迫力にはたじたじでした。
 モンゴルに幾度も旅をされ、モンゴルを愛する事も一方ならぬ長谷川先生でした。ここに先生の文章を掲載させていただく事、引き続き我々を叱咤激励する事を、長谷川先生は快諾されると確信しております。

 合掌。

2002年1月8日

モンゴル倶楽部 高桑潤(旧モンゴル応援隊事務局長)



1997年2月10日発行 モンゴル応援隊 機関紙ジャムチ掲載
「ウランバートルでは日本祭りを開催」
モンゴル応援隊隊長 長谷川泰造
 中国出張の予定が入った。10月23日、天津(この期を逸らすことはない)。夏のモンゴル草原はニ度訪れているが、それ以外の季節は体験していない。小躍りしながら10月25〜28日ウランバートル宿泊の予定を入れた。9月中旬のことである。実はこの頃、自らの軽率を恥じねばならない事態が生じていた。開校したソヨル・エルデム大学(日本名文化教育大学)の法学部教授を軽々と引き受け、同大学経営主体の財団法人ハーモニィセンター機関誌に小生の名が活字となっていたからである。といって、誕生したばかりのモンゴルの私大に、日本から有償で教授を呼ぶゆとりはないはず。理事長のソイルト氏に問えば、「どうせ夏には行くんでしょ。その前後何日くらい学生に講義出来ますか? それによってカリキュラムを組みます。」とのこと。いくらモンゴル式か知らないが、学費を払って入学してくる学生に、これではあまりにも失礼。ともあれ、現地に早く行って大学の実態を見ておく必要がある。
 北京からウランバートルへの機内で知り合ったのは英国紳士。マンチェスター大学で経済学を教えており、モンゴルはニ度目。国立のウランバートル大学で講演するという。ソ連崩壊後、180度政策転換を迫られたモンゴルは、西欧市場導入にどれだけ頭を痛めているかよく分かる。ウランバートル空港は閑散としていた。どこかでみたことのある可愛い娘が近寄ってきた。昨年草原で会った学生ナムジルマだ。大柄のヒゲの男ジャガーの四輪駆動で見慣れた道路を市街へ。北京から着いたばかりの私にはただただ車が少なく寒いだけ。
 27日は代々木でモンゴル祭が開かれる。応援隊のメンバーは皆出席するのに私一人モンゴルへ。それならいっそ学生達と日本祭りをやって、同時刻に「美しきモンゴル馬」の歌を東京とウランバートルで歌ったらどうか。こんな単純な発想で連絡をとっておいた。応援隊からは日本祭の予算として六万円も餞別を戴いている。モンゴル人スタッフと打ち合わせると何と六万円で学生、教授陣、関係者ら百人のパーティーが可能とか。
 教授陣と昼食会、日本語教師達との懇談会などで現地の様子を認識する。創立したばかりの大学は苦労が多い。というよりモンゴル経済がメチャメチャというのが実態だろう。こんな時NGOの応援隊は何をすべきなのか。単純バカな私にはドンチャン騒ぎしか思い浮かばなかった。
 26日の午前中、みっちりニ時間の講義を学生達は大変熱心に聴いていた。西欧の法システムがどのように生まれてきたのか、云ってみれば中学の西洋史の授業に毛が生えたような話を、彼らは学んでいなかったようだ。午後は祭りの準備。羊をニ頭解体し、料理をつくった。
 それからおよそ三時間、乾杯とゴーゴーダンスの大騒ぎ、30年若返った気分で若者達とつき合う。やがて約束の時間、東京で歌う応援隊のメンバーの顔を想い出しながら学生達に合わせ「美しきモンゴル馬」の歌を。
 翌朝、草原に魚釣りへ。モンゴルでは一日に四季が訪れる。そのとおり優しい陽射しから零下15度の吹雪までを体験・・・。
 夏の騎馬トレッキングは確かに楽しい。だが、それをきっかけに、たとえ小さなNGOのグラスルーツでも「応援」を市民レベルで考えるなら、隊員の皆さん全てにモンゴルの厳しい冬を、たとえ僅かでも知ってもらいたい。自然が如何に大きく厳しく、人はこれに順応しなければ存在し得ないことを実感するためにも。


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