2000年オフ移籍退団選手

2000年アルビレックスで活躍した選手スタッフの皆さんです

黒字は開幕時のコメント、赤字は移籍時のコメント by baku

FW9

服部 浩紀

はっとりくん

1971/08/30、群馬県、清水エスパルス。J1出場121試合で21得点。攻撃型に変身するアルビの期待の大型FWでした。

FWの先輩として鳴尾達をサポートしたようです。アルビでの勢いを買われて2000年シーズン途中にアビスパに迎えられて移籍しました。J1でもう一度頑張って欲しいけど、新潟がJ1に行くまで待ってて下さい。アルビでは20節山形戦まで登録、17試合847分出場、2得点。

監督

永井 良和

うーたん

1952/04/16。浦和南高校時代の活躍ぶりは梶原一騎原作で「赤き血のイレブン」という漫画の主人公になったほど。92、92年はJ1市原の監督。息子さんの俊太君は来季柏に決定。U−19のMFで、プレースキックは文句無し。お父さんよりうまいというのがTV解説者の意見。

来季は横浜FCの監督としてともにJ2で戦うことになった。

フィジカルコーチ

アウタイル ラモス

1956/10/06、ブラジル。サンパウロFCやセレッソ大阪でフィジカルを担当していた人です。

来季は川崎フロンターレでアルビと戦うことになりました。

通訳

アンドレ カルロス

1958/3/24。ロス五輪ブラジル代表でした。

来季は地域リーグ静岡FCの監督です。

GK1

吉原 慎也

よしはら

1978/04/19、茨城県、横浜マリノス、22試合、1959分、0点。BAKUは99年の立役者の一人はこの人だと思います。アルビの守護神と呼ばれるにふさわしい人気選手。今年は背番号1番正キーパーでした。雑誌ナンバーで吉原選手のモチベーションの保ち方がドキュメンタリー記事として大々的に掲載されました。

アルビでの今季は22試合2111分出場。来季はレンタル契約切れでマリノスに戻ります。

DF2

木沢 正徳

チャッカマン

きーさん

1969/06/02、茨城県、セレッソ大阪、32試合、2884分、2点。何たって。新潟を盛り上げたキャプテン木沢。わたしゃ木沢さんの右サイドオーバーラップにどれほどうれし泣きしたことか。

永井監督の退団で最初に切られるのは自分だと語っていた。新潟に骨を埋めても良いと言っていたのに非情です。isizeJ2アワードでベストイレブンに選ばれたのは勲章です。きーさんシートを用意し体の不自由な人たちを毎試合招待したり、人気選手だっただけに退団は残念です。

MF7

堂森 勝利

どーもくん

どーもり

1976/06/29、大阪府、セレッソ大阪。瀬戸春樹選手の背番号を背負った期待のMF、木沢キャプテンに瀬戸より100倍良いと言われた力を発揮してく欲しかった。

新潟では、24試合863分出場。19節大分戦での1得点だけでした。

MF10

マルコ

まるこ

0981/02/28、ブラジル。永井監督がブラジルから連れてきたアルビの秘密兵器だった。

アルビではフィジカルの弱さが決定的に問題だった。8試合267分出場、得点は0。新潟にはいい思い出作れなかったかなあ。

MF18

式田 高義

シッキー

1977/11/25、千葉県、中央学院大、12試合、665分、3点。昨年9月に入団してすぐに鮮烈な印象を与えた。ワイワイのKABAの一押し選手だった。

今季アルビでは24試合1127分出場。0得点でした。SUBで途中出場が多かったが、思い切りのいい飛び出しはファンを大いに盛り上げてくれた。ホームでの最終天皇杯国見戦後式田の目がウルウルしていたのは忘れられません。

FW8

ナシメント

なし

1979/10/21、ブラジル、京都サンガ。顔はごついカエルみたいで、空中戦は強そう(見た感じ)だったが、寒くてどうも・・・。トリッキーな動きが暖かくなったとき期待させました。

今季31試合、1993分出場。後半に得点を稼いで10得点は立派。愛嬌のあるいい選手だっただけに、ファンはたくさんいました。

FW11

鳴尾 直軌

鳴尾さん

なるたん

1974/10/05、岩手県、ソニー仙台、36試合、2604分、8点。アルビを代表する人気選手。大学院に行きながらサッカーをしていた知能派。ロングスローはちょっと行けました。

今季出場時間3350分、得点17はJ2日本人得点王(全体でも3位)。開幕からJ1昇格を最も意識して戦った選手のうちの一人。結局チームが7位と昇格にはほど遠かったことから、契約更改時にチームの方針と自分の意識が合わないと判断、年齢的にJ1へのラストチャンスを自ら移籍リスト登載を求めることにかけた。結果的に2月3日アルビ側からジュビロ磐田に完全移籍が発表された。新潟で最も人気のある選手だっただけに多くのサポーターの残留嘆願があったが、J1にかけたいという本人の意思がサポーターの心をも揺り動かしたと思われる。JFLからJ2そしてJ1へステップアップした貴重な選手だけに、他の下位リーグにいる選手達の目標になる活躍を望みます。

戻る