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<メッセージ>
以下に記入して送ってください。

編集後記

2001年5月「編集後記」
最近、Mac-G4を、パソコン環境のスタートで購入した友人がいる。それまでは、絶対パソコンなんて、とか、文字は手書きで、などと、とみにつけて主張していた輩なのだ。ところがその日を境にして、ストレートに、力強く、まさしく一挙にIT化を押し進めている。まず、何はともあれインターネットとメールである。とにかくメールの発信がすごいし、貼付ファイルも堂々としている。インターネット・サイトシーイングは、消費時間お構いなしだ。さすがに、電話代の請求で少なからずびっくりしたようで、しかし、そこで反省するようは柔なパワーホルダーじゃない、当然のように向かったのはフレッツISDN、ADSLのめくるめくようなブロードバンド世界だった。そのためにSYSTEMのバージョンアップが要求されて、その段階で相談されたのだが、もうすっかりお役ご免である。
 一方編集子は、パソコンを使い始めて10年以上してからNetに繋がり、それも、2400bpsモデムでおずおず始めて、しかも未だにPOPやFTP、SMTP、Internet configなど、設定がよく分からない。もちろん分からなくてもやれるのだが、自分の中で分かってないと使えないような、変な整合性(強迫観念?)を持っているため、あーだこーだと、本や雑誌のページをめくりながら、納得できないままに、必要最小限で日々メールを送受し、ブラウザーを起動し、終わればすぐにPPPを切ってしまうのが実状だ。情報を得るため以外にはほとんど余分なホームページも見ない。
 そんな輩がこのサイトを作っているわけで、及ばないことがいっぱいあるだろうことは、何となくむず痒い、ひんやりした空気を鼻先に感じることで、分かっている。でも仕方がない。編集内容を少しずつ良くしていくことで…、ということで、これからもよろしく。毎月更新はあきらめます。2001/5/18(む)

2001年3月「編集後記」
大阪もすっかり春ですよ。梅は満開、バイクはどこまでも走りたがります。日本はおもしろくないから、仕事もないから、そのまま走っていってしまいたいよ〜オーイ! ポルトガルはどうですか? オーストラリアはどうですか? タイはどうですか? メール待っています!

筆者はまだ携帯電話は持っていません。そのためにずいぶん不便を強いられています。待ち合わせの時間・場所に行けないときとか、相手が来ないときに、ほとんど絶望的になります。緊急で連絡しなければいけないとき、最近は公衆電話を見つけるのに大苦労です。電車や車で移動中の時はあきらめるしかありません。用があったのにと、多くの親しい人からも不満を示されます。出張とかで遠くに出かけたときも、事務所を数日空けて、留守番電話ばかりになって、この出版社は潰れてしまったのではないかと本気で心配されました。十分あり得る話なので、笑えませんが。数年前くらいまでは、こんなことはなかったのですが、急激に不便な生活になってしまいました。ある友人は、ケータイは持たないよ!なんていいながら、いつのまにか持っていて、うちは共同事務所なのですが、新しい機能を持った機種が出たときなど、事務所中でその話題に盛り上がっています。筆者はもちろん入っていけず、その友人を恨めしそうに見ているだけです。
 誰からも連絡されない自由万歳! ひと時の行方不知・行方不明万歳!
2001/3/25(む)

2001年2月「編集後記」
リニューアルしたサイトの、いわばマイナーチェンジをした。いくつかの速報と、「People」のスケジュールに新しいものを加え、その他は、気になっていたところを修正しただけだ。この1ヶ月あまりで、今年の活動、やりたいこと、やれることをいろいろ立案した。状況はきわめて厳しいが、今以上に何もない時代もあったし、その中で楽天的にいろいろやってきた、そのころの毎日を思って、とにかくやろうと決めた。

当社には、毎週取次に本や雑誌を納品する日常業務がある。そのたびに4枚綴りの複写伝票を切ることになるのだが、この伝票発行に、従来からNEC-PCPR101G2というずいぶん古いドットプリンターを使っている。これはPC9801時代の名残だが、Macで使うために八戸ファームのアダプターを使ってシリアルにつないでいる。この作業をするのは、メモリー8MのMac、SE/30だ。システム7を入れ、ファイルメーカーPro上で伝票イメージを作り、取次店・書名リストを組み合わせている。この愛らしいBOXは安定しているし、起動も終了も早いし、とにもかくにも、筆者がMacを購入した最初のものなのだ。愛着も強いが、現役で動いてくれることで、実は一番誇りに思っている。
2001/2/8(む)

2001年1月「編集後記」
昨年2月から突っ走ってきたサイトだが、秋ごろから行き詰まって更新できなくなった。ハードな世紀末という怪物が、ご多分に漏れず筆者にも襲いかかってきて、みるみる時間を奪っていくのを目の当たりにして、どうすることもできない状態だった。たぶん、こんな時でも平然と更新できるシステムを組まない限りダメだと、一念発起で年末からリニューアルに取り組んできた。幸い、紙版「雲遊天下」も無事出稿でき、年も世紀も改まったいま、こうして新しいホームページをお届けする。
役に立つ情報と、こちらから提供したい情報を、できるだけ簡単な表記で提供することがサイトの役割の大事な一つだ、という考えは当初からもっていた。そのうえで、いわばWeb雑誌の要素も組み込みたいと試行錯誤もやってみたのだった。しかし、そのためには、たぶん筆者が一人称でもっと書かなければダメなのだろう。紙版雑誌の方で精一杯依頼原稿を集めているし、こちらでも、というわけにはいかなかった。
 ということで、「情報」に照準を定めたリニューアル、いってみれば間に合わせみたいなものが、現在アップロードしたものである。今後はこれを少しずつ膨らませていきたい。ご意見をいただければと思う。
技術面では「フォーム」と「フレーム」を導入しようとした。例によって今はもうない「PageMill」を使っていろいろ組んでみたが、残念ながら「フレーム」は3日間ほど挑戦してから断念した。タテ割りに作ったフレームに目次を置き、各ページにリンクさせたかったのだが、行ったり来たりするときにリンクが乱れてきてうまくいかなかった。結局、従来の方法−−枠を作り、その中にフレームに入れようとした要素を入れて、ページの先頭に置いたが、もちろんスクロールしていくと消えてしまう。「フォーム」はうまくいった。いろいろ書き込んで送ってください。
 とりあえず、このへんで終わってさっそくアップロードすることにしよう。(2001/1/13(む)

2000年9月「編集後記」
残念ながら月刊ペースが崩れてしまった。2か月ぶりの後記になる。失望させた諸兄には謝りたい。もとより、気楽な運営で、しくみも簡単にしていたのだが、それでも紙版「雲遊天下」の制作期間に入ってしまうと、それを〆切までにあげるということが先ずの目標になって、一文を書き上げても、それは紙版の空白を埋めるものになってしまう。その上、他の出版やイベントの仕事がたまたま集中してしまって…(と、言い訳)。しかし、頭を切り換えるべきなのだろう。本当に楽しんで自分のHPを毎日のように更新している人も多いのだ。しかし、新しいページを未知の不特定多数の人々に送り出す作業に、ある時ふと疑問を感じて、突然休んでしまった人も知っている。

 佐賀の山本ナオさんから貴重な指摘があった。このHPは「ビレッジプレス」として、その中のひとつに「雲遊天下」があるほうがいいと。読ませる部分とカタログ部分を分離した方がいいという意見だ。しかし筆者は、HPはひとつの雑誌だと思っている。ひとつの編集物だ。1人の作家がひたすらひとつの物語を書き続けるだけのHPもあるだろうが、それでも編集の要素があり、編集物を送り出していることにちがいないと思う。ましてや、自分の主たる表現分野は編集でしかない筆者にとっては、自分の持っている雑誌のイメージに忠実にHPを作らざるをえない。

 それから、更新ということも。Webでは、更新ではなく繋がりだ、時系列に沿った歴史のようなもの、履歴のようなものだという気持ちが、どうもある。残念ながら、今の力量では、読み物の部分は「特集」と「編集後記」しか提供できないが、どうか、始めての人はそのバックナンバーも見ていただければと思う。幸い、ページ数が増えても印刷代はかからない。これがWebの最大の利点だ。

それにしても、Macintoshの最近の動きは目を離せない。続出する個性的な新製品は、そのすべてを揃えたい気持ちにさせられる。自宅ではiMacで、仕事場でのDTPはG4で、ちょっと長く出かけるときはiBookを持って、さて、キューブはどこで使おうか。付属する新キーボードも上下左右の矢印が独立する拡張スタイルが標準になったようで、ATOKが使いやすくなるだろう。

 ヒラギノフォントが6書体使えるOSXもとにかく待ち遠しい。ヒラギノ明朝3を本文書体にしたいのはずっと以前からの希望だが、いまはまだ既設のRyuminRを使い続けている。さらに言えば、いまはまだ6300/160を使い続けている。消費税が5%に上がる直前に駆け込み発売された機種だ。それが現実だから仕方がない。道具は道具だ。これでも十分な仕事はできるし、それ以上の技術も持ち合わせていない。道具は目的ではないのだ。しかしネックのフォント環境が改善されれば少しは良い道具にしたいものだ。00/8/27(む)

2000年7月「編集後記」
7月2日、特集で書いたように京都の夜と朝を過ごしてから、仁和寺の前にある筒井敬明さんの家に行った。勇造さんをはじめライブの演奏者やファンクラブ会長の土田博夫さんら、10人ほどが集まって、森下ヒバリさん手作りのお食事会だった。敬明さんと奥さんは、編集子と2年ほど前にタイ旅行を一緒にした仲間だったが、その後に彼らはスペイン旅行をしているし、ヒバリさんらは、その後何度もリピートしたタイ旅行から帰ってきたところだった。こちとらは、毎回誘われるけど、早々には出かけられない事情があるというものだ。いろんな旅行の写真を見ながら、久しぶりに半端じゃないホットな味覚が口の中で爆発して、目がオロオロしたものだった。

京都から帰り、事務所でメールチェックし、十三のRedLionで演奏する光玄に会いに出かける。(ここで、ついついここ数カ月にのぞいたライブの話にいきかかったが、電脳生活に引き戻す)それにしても、メールは毎日たくさん来る。
 毎朝事務所へ来ると、まずMacを起動し、オートパイロットで未読メールを受信箱へ移す。本やCDの注文はリストに転記してから発送作業に取りかかる。問い合わせには返事を書く。友人知人のメールにはおしゃべりを書く。まだかまだかと待っていた原稿が届いたときは本当にホッとする。テキストをすぐにでもレイアウトにかかりたい欲求に駆られながら、でもまずメールを処理してしまわないとと。一括送信する。

 それにしても、電話は仕方がないが、郵便やFAXはまずすぐには返事を書かない。形のある書類だからと、ちょっと読んで、のちほど改めて読もうとクリップして、頭をとりあえずそれから切り離す。そしてそのまま2、3日が過ぎてしまうこともある。
 何故なのだろう? まず手書きで返事を書くのを何とか避けたいと思う、手が動かない、字が汚い、そのうえワープロで書いても数行にしかならない、そんな返事を書くのが何となくいやあな感じなのだ。

 ところが、メール(e-mail)はほんの1、2行でも気軽に返事を出せる。自分でも納得するし、相手にもお互い様的な気分がある。これはメールの長所だし、加速度的に増える原因でもあるのだろう。

 それから、つい<?>で終わる尋ねたままの文章を送ってしまうことがある。でも、逆に送られたメールが<?>で終わっていたら、何となく落ち着かない。すぐにも返事を書かないといけないのか、それほど返事を求めていない<?>なのか、先方の口癖なのか、見極めようとするが、見極められず返事を書かなかったときは、ちょっと後ろめたい。あなたはどう思いますか?
00/7/5(む)

2000年6月「編集後記」
Web版「雲遊天下」を立ち上げて3カ月が過ぎた。紙版「雲遊天下」の刊行サイクルを年3回にしたおかげで、刊行後・配本後それを頭から追い出せる時間ができた。実際、年4回刊の場合はできあがった途端、さあ、次をどうしょうということになる。月刊の場合はもうどうしようもない、次号次次号が並行進行だ。よく14年間もやっていたと思う。でも、月刊誌をやっているとトシとらないからね。雑誌が無くなったら、その途端浦島太郎だけど。

 同じように逆浦島というか、旧交を温める年1回の春一番コンサ−トも終わり、Web版「雲遊天下」を今後どうするか、このままでいいのだろうかと、見直すのにちょうどいい機会になった。まず、目次を再構成し、不具合をただした。いわば、<バージョン1.01>程度のマイナー・アップデートだ。システム9.0も、9.04になったそうだから。でも、わが愛機はいまだ8.1なのだ。Sherlockやその他の特典をまだ享受できない。

Web版の編集後記は、編集子の電脳生活を中心に書こうと考えている。しかし、翻って見渡してみると、何と貧弱な電脳生活なのだろう。ひたすらJeditで原稿を書き、あるいは有り物のテキストファイルをいじり回し、それをPageMill上でハイパーテキストに置き換え、アップロードするのを繰り返すだけだ。スタートするに当たって自戒した、絵が回ったり、写真が光ったり、美術館かと見まがう展示などには決して溺れないぞ、とは決めている。要は内容だ。コンテンツだと。

 ところが、3カ月にして内容が行き詰まってきた。友人は、紙版「雲遊天下」の本文を全文Web版「雲遊天下」で掲載するべきだとアドバイスしてくれた。それが両雑誌を豊かにする方法だと。まだ迷っている。まあ、ぼちぼちいこか、とつぶやく。もうしばらく暗中模索、試行錯誤を繰り返そう。紙版「雲遊天下」は9月発売号(25号)から、かなり紙面を刷新する。00/5/30(む)

2000年5月「編集後記」
紙版「雲遊天下」24号を印刷所に入れて、ホッとして、一息入れてから思いついた。そうだ!この号の内容告知をWeb版のデータに加えんとあかん!と。むかし『話の特集』社で単行本の出版をやっていた友人が、「他の出版社は本が出てから宣伝するけど、うちは雑誌があるので、本が出る前に宣伝して、出たときに書店で本と読者が対面してもらえる」と言っていて、僕らも月刊誌を出していた時代にはそれを真似して実践していたけど、肝心の本の発行が遅れに遅れて、何カ月も誤り続けたことを思い出す。それで、今回は表紙の色校正が出るのを待ってスキャンし、さっそくWeb版を更新した次第。定期購読者の皆様には4月末に発送し、直売は春一番コンサート会場が最初になります。

ホンコミの五味さんに紹介されたと言って訪ねてきたのがpicoの大林さんだった。もう数年前になる。ボランティアで参加したいという気持ちから始まって、環境問題に関わる団体・組織が実施する行動やイベントを毎月紹介する雑誌を出していて、僕がむかしイベント情報誌(プレイガイドジャーナル)を出していたのだから、その種のノウハウを持っているだろうから、いろいろと相談にのれということだった。
 その時は、当分は直販体制でいくということと、用紙や簡易印刷機を提供してもらえるので自分たちで制作するという方向に進み、究極の経費削減で運営していこうと決めた。もちろん全員ボランティアのグループだ。

 昨年秋ごろ、雑誌刊行の蓄積をもとに、関西の団体を網羅して活動状況を紹介する単行本を出すということでみんなで会った。思わずニヤリとしたのは僕らが70年代初期に出した『大阪青春街図』を思い出したからだった。それは、雑誌を続けながら溜まってくる情報、ホールや映画館、ギャラリー、劇場など街の表現の場と、それを担う連中の集まる店を手描きの地図とともに紹介したガイドブックで、しかも当時は「ボランティア」という言葉はなかったが、事務所に入りきれないほどの人が集まって、侃々諤々、雑誌やこの本を作っていたのだ。

 当然のこと、可能な限り協力したいと申し出てグループの片隅に加えてもらい、完成後のお花見までなかなか盛り上がった。増刷が実現すれば、またもう一盛りだろう。この本は、Web版<単行本>の<新刊>で紹介した。00/4/25(む)

2000年4月「編集後記」
めまぐるしく変化していくインターネット日常に驚いている。実は、紙版「雲遊天下」の次号(5月1日発売)で発表する予定を変更して、少数の友人にアドバイスをもらうためと、ウォーミングアップのつもりで、制作途上でアップしたら、すぐさま多くの友人たちから激励のメールが来はじめた。まるで、別の国へ入り込んだような賑やかさだ。本やCDの注文も毎日のように届くようになった。技術上のアドバイスもずいぶん寄せられた。ありがたいことである。

しかし、校正を重ね、もうキリがないと、振り切るように出稿し、印刷や製本期間を経ていよいよ完成するという印刷媒体の、あの明確な、体が覚えてしまった区切り、リズムがないのに大きなとまどいを覚えている。まだ全ページの原稿が集まってないし、文章も直したいし、写真や絵も入れたい、レイアウトももう少しなんとかしたい。でも、完全でないにも関わらず、早くアップしたい欲望にも駆られる。ええい! そういったことがWeb版の雑誌なのだ、と自分に言いきかせながら、でも気恥ずかしい気持ちいっぱいで、この未完成な雑誌をお届けします。

実際、いつをもって発行日にしたらいいのだ? これを書いている今日以降も、また手直ししたり、新しい情報を付け加えたりするだろうな。スンマセン。00/3/28(む)

2000年3月「編集後記」
編集子は、現在季刊雑誌「雲遊天下」を編集発行しており、並行してホームページを編集できるかどうか、しかも、季刊雑誌でもフウフウ言っているのに、少なくとも月刊ペースでホームページは更新する必要があるだろうと考えていたので、実行をずいぶん長い間とまどっていた。

ただ、最近になって年4回刊の「雲遊天下」を少しペースダウンせざるを得ない状況に追い込まれ、その代わりにインターネットのサイトを立ち上げると、読者に約束してしまったことと、追い込まれた状況を切り開くためにもサイトを立ち上げるべきだと、豊田勇造さんに強くアドバイスされ、がんばってみると応えた、あの年末の話し合いも忘れられるものではない。

雑誌の編集と、ホームページの編集は、もちろん自ずと違っていると思うが、編集子にとっては別の方法ではやれないだろうという予感があるし、あえて同じ方法でやり通してみようという少しのこだわりもある。もちろん、最新の技術を駆使してホームページの全面展開をすることは不可能なこともわかっている。

幸い、わが出版社には単行本やCDなど、見る人たちに手渡し販売したいパブリケーションがたくさんあるし、雑誌を出している関係で多くの人たちのネットワークがあり、彼らはいずれもが日々多彩な表現活動をやっている。そういった情報を掲載することでホームページの大半を埋めさせてもらおうと思う。見る人にも十分興味を持ってもらえると思う。

そうすることで、乏しい知恵を絞って編集するページは、毎月の「特集」と「編集後記」だけになる。これなら、何とかやっていけるだろう、などと、ぶつぶつ独り言をいいながら、ここまで作ってきた。まだ「特集」をお見せできないのだが、自分を追い込む意味で、いまはあえて公開しようと思う。今後ともご愛読ください。
               00/2/25(む)