ビジョンと信念/理念について

今井亮一氏のサイト月刊交通違反on the webの掲示板『交通取締りに“NO!”といえるBBS<別館>』に私が12月14日(木)に発言した内容です。

改行位置と“スペース”は正確に反映されていません。

なおInitial_Pの一連の発言には記録がありますのでご参照ください


ハイキック 〜その1〜 


1.描く理想を現実にするビジョン
           ― 将来像≠ビジョン ―

(漠然とした)将来像を描くのは簡単なことです。

経営者「5年後に上場しよう」
女子高生「25歳までに結婚する」
小学生「将来は警察官になろう」
×××「(理不尽な)交通取締りをなくしたい」

しかし漠然とした将来像はビジョンといえません。

10年後に家を建てる(30歳のお父さん)
→それじゃ今から月に3万円づつ貯金しよう

死亡事故を減らそう(警察庁キャリア)
→では今年は○○をしよう

単純な例ですが、これらのように現在の行動に反映される将来像
ビジョンです。
言い換えれば、抽象的な表現がビジョンとなることはありません。

●警察法第一条(この法律の目的)より引用
    「公共の安全と秩序を維持するため、
     民主的理念を基調とする警察の管理と運営を補償し〜」
●自民党の理念より引用
    「国民とともに未来に向けてつねに改革を進める、
     開かれた民主的な政党である」

彼らの組織(警察と自民党)にビジョンがあると思いますか?


ハイキック 〜その2〜

2.物事を多角的に捉えるビジョン
     ― 状況把握(制度、文化、世界、歴史)と方策について ―

漠然とした将来像をビジョンとするためには次のステップを踏まえる必要が
あります。

◆現在の状況はどうなっているか
◆問題点はなにか
◆その問題を解決するにはどうしたらいいか

憲法第13条前段やイエーリングや高山弁護士をを丸々引用しただけで
「不利益を被ったら闘え!」では短絡的なのです。

漠然とした(将来像)がビジョンであるためは、現実を様々な角度から捉え
ること必要があります。
┌───────「学校での陰湿なイジメ」を議論するには───────
│「文部省の問題の先送り」「各自治体の裁量と予算の限界」「青少年に影響
│を与えるメディア」「オトナ社会の不条理」「親と学校の責任」「子供の感
│性」その他諸々の要因を総合的に捉えられなければビジョンを描くことは
│できません。

「(自分は)○○ジャーナリストだから○○以外のことは分からない」では、
複雑に絡み合った社会事象(の中の○○)を理解して、○○問題の根本を指
摘することはできないのです。
             ※裏を返せば、表面的な批判は簡単です。


>私は単に"一括り"として論じているのではなく、私自身の歴史観や世界観、
>それから(私以外の多くの人々の)日本人に対する様々な評価を根拠として
>書いています。

以前書きましたが、
様々な観点からの状況把握(制度、文化、世界、歴史)に基く社会観
としたら分かりやすいでしょうか。

制度について
  日本国憲法について 規制と取締りについて
文化について
  松本サリン事件のケース テレビと文化
世界について
  Initial_Pの書庫
歴史について
  ベトナム戦争について クルマ社会と警察の大義名分

誰もがそれぞれ独自の社会観を持っています。
そして社会観を作るのは家庭環境、身近な人の影響、読んだ本や経験したこと、
様々なニュースやテレビ、などなど…
これらを取捨選択し(もし取り込むならどう消化するかによって)、
だんだんと自分自身の社会観が決まっていくのでしょう。

他人の考えを丸々引用して大義名分にするようでは、ビジョンがないと言わ
れても仕方ないのでは?
しかも20年(!)も前のことを…
※(現在の)状況把握が甘すぎです。現在の状況(既に誰もが知っていること)をご確認ください。


ハイキック 〜その3〜


信念について

私はビジョンとは全く別の意味で信念という言葉を頻繁に使っています。

私の考える信念とは「自分はこうありたい」的なものではなく、(法規がどう
であれ、誰かに見られていようがいまいが)「自分は決して○○はしない」
自分自信をコントロールすることです。

キリスト教であれイスラム教であれ、信仰を持つ人々は法規よりもずっと身
近な戒律(/セルフコントロールの土台)を持っています。
残念ながら…
無責任時代の真っ只中にある(平均的)日本人は少なくとも『自律的』では
なく、どちらかといえば『バレなければなんでもあり(の日本人)』の方が適
切な表現であるようにう思います。
そして、現状維持で(経済的に)満足できる者の「都合の悪いことへのダン
マリ」
は常套手段です。※毎日のようにテレビニュースで放映されています。

宗教を持たない日本人を自律的なレベルにすることは容易ではありません。
しかし、(法規・モラル・信念を含めた)ルールの作用結果としての交通実態
をより正確に論じるには、日本人の宗教観を避けることはできません。


理念について
 〜個人には信念、組織には理念

組織には『社是』『社訓』『経営理念』が必ず掲げられます。しかしそれが単
なる大義名分であることは少なくありません。
そして組織(やグループ)の代表者の思惑や活動が、組織のあり方を決定付
ける場合には代表者の信念がその組織の理念であるといっても過言ではない
でしょう。

別の観点から
理念は多くの組織で"お飾り"となっています。
            ※前述、警察や自民党のケースをご参照願います。
憲法は法律の理念を示すものとしては有効に機能しています(当たり前か)

そして
理念さえ描けない組織(やグループ)は一貫性のある主張さえできなくなっ
てしまいます。


ハイキック 〜その4〜

今井亮一さんへ

>「交通安全に関係のない取り締まりはヤメてくれ」と「そんな取り締まりに
>屈するな」という2つの命題について実務的意義を評価するなら、私も「屈
>するな」が一番だと言う。

12月9日の今井氏発言より引用

"イエーリング論"の枠の中でのふたつの命題は狭量すぎて、説得力に欠け
ています。
また自分が不利益を受けた場合のことだけを論点とするのではビジョン
欠けているといわざるを得ません。

>交通違反・取締まりについての運転者の声を広く聞いていると、具体的な迷
>惑性(つまり有機的な判断)に一切触れず、表面的、形式的な(つまり無機
>的な)○×を求める、そういう感覚が非常に蔓延しているように感じられる
>のだ。どんな運転をして取り締まりを受けたかはまったく振り返らず、キッ
>プの些細な誤記だけにこだわるのが、典型だろうか。

『driver』1月5日号(八重洲出版)の『ハイパートラフィックジャーナル』より引用

こんな社会正義を唱えるのなら、次のことを検討する"責任"が貴方には
存在します。
◆交通安全に関係のない取締りと有効な取締りのバランスについての考察
◆'違反をチャラにする果実'をも与えていることへの自己批判と対応策

「(違反が事実であったとしても)不服があれば闘うべき」と主張している
貴方のご主張には残念ながら一貫性があるとは思えません。

ライター/ジャーナリストにビジョンは要らない?

┌──────エロ写真家/芸術家とライター/ジャーナリスト──────
│エロ写真家/芸術家が、多くの男性が興味を持つ女性の隠された部分を表現
│する大義名分は"アート"です。しかしワイセツの基準を自ら律すること
│なく"アート"だと主張されても説得力はありません。

うまくまとまらないので、この部分は後日また書きましょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・順番にご覧ください!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この発言は4部構成となっています
上の方(ハイキック 〜その1〜)から順番にお読みください。