ビジョンと信念/理念について

以下は、今井亮一氏のサイト月刊交通違反on the webの掲示板『交通取締りに“NO!”といえるBBS<別館>』にInitial_Pが投稿した控えです。

改行位置と“スペース”は正確に反映されていません。

なおInitial_Pの一連の発言には記録記録Vol.1 Vol.2がありますのでご参照ください


Initial_Pの司法論 〜その1  投稿者:Initial_P  投稿日: 1月 6日(土)06時33分46秒


裁判とは、裁判官というたったひとりの評論家の前で、原告と被告の陳述のどちらが説得力を持つかを競うゲームです。

市民流裁判ゲームより

"裁判はルールなき泥仕合"です。 (法は裁く側のルールです)
裁判では証拠の捏造、都合の悪いことに対するダンマリ、等など何でもありなのです。

Initial_Pの司法論プロローグより

「裁判で'闘う'ことが自分の信念に誇りを持つことだ!」みたいな表現は
いいかげんにしませんか? >今井さん

闘うことの現実 ―交通事故での損害賠償請求のケース―

交通事故で納得できる補償や加害者の誠意が確認できずに訴訟となったとし
ても、相手に現実と相応の過失を認めさせるためには大きな労力が必要とさ
れます。(弁護士を使ったとしても、証拠を揃え、弁護士と打ち合わせをする
ことは大変な労力です)
ある程度納得のいく結果が得られたとしても、それ以上に裁判をすることで
相手以上に自分が苦しむケースもあるでしょうし、反訴を受けて逆に傷口が
広がるケースさえあります。
「真実がきっと明らかになるハズ」「正義は必ず勝つハズ」程度の意思では勝
てないのが裁判です。

闘うことの現実 ―刑事事件のケース―

「やってません」と居直る被告が、動かぬ証拠を突きつけられて
「本当はヤリました」とそれまでの発言を覆す姿は頻繁に報道されています。

昨年の代表的な例は横山ノックの強制わいせつ事件でしょうか


つまり"裁判という泥試合"に足を踏み込むのなら、ドロドロになる覚悟が
必要なのです。
損得抜きで信念に誇りを持つために勇敢に闘うなんてのは、テレビドラマの
演出を現実のモノと錯覚しているといっても過言ではありません。
相手のウソを立証する材料を丹念に探し、苦労して集めた証拠も相手の
『失当』『不知』『否認』でスカされるのは当たり前のこととして受け止め、
数ヶ月に渡って(相手が権力者の場合は数年)闘わなければならないのが裁判です。

私は「納得いかない交通取締りで闘うよりカネを払って済ました方が得だよ」
と言っているのではありません。
今井氏の「納得がいかなければ(法的に)闘え!」は、裁判の当事者となる
ことを闘う美学として演出し過ぎていることを指摘しています。

「キミは自分の信念に従って闘ったんだ」
「そうだオレは国家権力と闘ったんだ(ジ〜ン)」


裁判という泥試合はこんなにすがすがしく終わるものではありません。


Initial_Pの司法論 〜その2〜  投稿者:Initial_P  投稿日: 1月 6日(土)06時32分18秒

交通取り締まりに"NO!"という前
(自分が不利益を受けて始めて"NO!"という前)に考えるべきこと


他人の問題は興味本位でしかみることがせず、
その問題が自分に降りかかってきたときになり振り構わず抵抗する

裁判について書いているのではありません。様々な'問題'に対峙したとき
にごくごく普通の日本人が示す反応の傾向です。

納得のいかない加害者への罰(刑事・行政)や損害の補填を訴えた他人(被害者)
に対し、平和な大衆は 「'他人の問題' だ」と目もくれない…
それどころかマスメディアや警察に代表される権力者(今井さんもココでは
権力者です)が認定した加害者には石を投げつける…
                      代表例:松本サリン事件
司法を取り巻く問題のなかで最も身近な問題は、裁判を裏窓としてしか見れ
ない人々が司法全体に興味を無くすことでしょう。この問題は知らぬ間に
人々を蝕み取り返しのつかない"ルール(法規・モラル・信念)への認識"
を間違った方向に導いてしまっています。


「お奉行さまがお決めになることだからワシらが興味を持っても仕方ない」

こんな普通の日本人は、自ら司法について考えることはまずありません。
その反面、自分が不利益を受けたときに'武器'となる知識(武器になり得
る知識はカッコイイらしい)をひけらかすためにマニュアルには強い興味を
持ちます。
私には貴方のFAQはマニュアルにしか見えません。


┌──────自分で判断し意見することを怖がる日本人──────
│自分の意見や判断したことを批判されることを恐れる現代の(平均的な)
│日本人は、日常会話においても相手に同意を求める表現に走っています。

│自分の空腹を「ねエ、お腹すかない?」
│自分が行きたいのに「ドライブ行きたくねえ?」
│こうした自分の意志をボカそうとする語尾上げの蔓延…

自分で考え判断することを怖がる傾向が強くなった日本人は、得する情報(自
分が不利益を受けたときに'武器'となる知識)に飛びつき、そこに添えら
れたもっともらしい大義名分(言い訳)をそのまま消化してしまいます。

今井氏がイエーリングの言葉を傘にして、自分の不利益に対して闘うのこと
を大義名分とするなら、利益を考えずに活動するオンブズマンらの交通安全
と相殺された跡に残るものはありません。

            1月6日(土)06時1分COUNT0089821