マフラーを探す
          
 正月にマフラーをなくした。
飲んだ帰り、タクシーに乗ってから何か首がすかすかしてるなと思ったら、
巻いてたはずのマフラーがない。
ちょっと思い出のある品だったので、あわてて次の日探しに行った。
 まず、飲んでいた店に行ってみた。ない。
タクシーに乗るまでに歩いた道を辿った。やっぱり、ない。
道端には正月休みの終わった店から出されたごみ袋が点々と並んでいる。
 私には大事なものでも、道に落ちているのを見つけた人にとっては得体のしれないごみ同然だろう。
マフラーはこの袋の中でじっとしているのかもしれない、そう思って、一つ一つ見ながら歩いた。
さすがに結んだ口を開けるまではしなかったが。
 いくら探しても、マフラーは見つからなかった。

 あのマフラーは、さんざん迷って買ったものだった。
いろいろ考えて、でもやっぱり欲しくなって、
そうなると「売れちゃうんじゃないかな」と心配になってしまって、
ついに職場から当時手下だった男の子に電話で「買っておいてよ!」と命じ、それで手に入れたのだ。
「えーっ、俺やだよ、一人で女モンの服屋に入るのとかー。」という彼に、
「これも勉強勉強、さっさと行く!」なんてえらそうに理不尽なことを言ったのを憶えている。
 今はその彼もいなくなった。他人の手下をやってるほどの余裕はなくなったんだろう。懐かしい。

 ものをなくすと空しい気持ちになる。
物体そのものがなくなったからというよりは、そのものに絡まりついている思い出まで
どこかにいってしまったような気持ちになるからではないだろうか。

 何日かして仕事が始まった。
職場からの帰り道で、チェックのマフラーが落ちているのを見つけた。
あれを持っていた人にも、なにか一緒に落した思いがあったのかもしれない。
 街路樹の枝にでも引っ掛けておこう、とマフラーに近づきかけた時、
後ろから自転車が私を追い抜いて行った。
荷物満載のホームレスの爺さんだ。すばやくマフラーを拾うと首に巻き、あっという間に走り去った。
派手な柄が爺さんの服から浮いている。どうみても、そのマフラーは彼の持ち物ではなかった。
 爺さんを見送りながら、私は嬉しくなってきた。
見つからなかった私のマフラーは、
ビルの蔭に住んでいる知らない人の首に巻きついているかもしれないという想像が、
マフラーにくっついていた思い出の抜け落ちた穴を埋めてくれるような気がしたのだ。
 この光景を見て喜んでいるのは私くらいのものだろうなあ。
なくなったものと思い出とのかわりに、おかしな〈お話〉を手に入れて、
私はにやにや笑いながら歩いていった。


      

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