はげ・づらノオトはしがき
はげ、づらに対する私の関心は尽きない。一日一回「はげ」か「づら」のどちらかの語は発声している。
なんでこんなに興味があるのだろう。 いろんなはげがいるからか。いろんなづらもいるからか。
どんなに偉そうにしてても「でも、はげ(づら)」といわれてしまう、よろしく哀愁故か。
それなのになぜか面と向かっては「はげてますね頭(乗ってますねづら)」と言ってはいけないという、
社会的なタブーを侵したいというプチアウトローな心がそうさせるのか。
否、そうではない。なぜはげ、づらを考えるのか。
それはどちらも99.9%私の頭に訪れることがないだろうという確信をもとにした、
未知の世界への好奇心のせいだ。言いかえれば「対岸の火事」。ああ、楽しすぎる。
はげ・づらノオト宣言
・ここで扱うはげ(づら)は、主に壮年性脱毛症に起因するものである。(含若はげ)
・ちやぞうははげに対する治療に関しては専門外であるから、読んでも毛を増やす手助けにはならない。
・ここではちやぞう個人のはげ、づらに関するいわれなき偏見、間違った情報があふれかえってることと思われるが、
まあ 大目に見て欲しい。
・あと「はげづら」と続けて書くと別物になってしまうので、注意されたい。
『はげづら』はこれ。
はげとの出会い
最初に私が興味を持ったはげの人は、地元のガス会社のキャラクター、「ガスおじさん」だった。
ガスおじさんは顔がまっ黄色で、側頭部と頭頂にひと房ずつしか髪がなく、後はつるつる、
しかもその残り少ない髪は青い炎形をしている(ガス会社なので)という、なかなかにアナーキーな男。
まわりの人が「なんで?」と不思議がったほど、幼稚園児だった私は、このガスおじさんが気になってしょうがなかった。
↓別にかわいいキャラクターじゃないでしょ。今思えば、あの潔いまでのつるっぱげにグッときてたんである。
おじさんにはげに対する悲哀はみじんも感じられなかったのも一因か。もっとも、これは私がガキだったので
おじさんの奥深い哀愁に気付かなかっただけなのかも。最近見ませんね、ガスおじさん。元気にしてるのだろうか。

づらとの出会い
初めてづらの人を間近に見たのが、そのころ通ってた幼稚園の園長先生。
もちろんほとんどまだ動物に近い年頃だった私には、先生はづらだ! と最初から明言できたわけではない。
しかし、なんかヘンな髪型だなあ、という意識はあった。妙に黒々してるし、
後頭部に比べると前髪のボリュームがあるし、いつ見ても一糸乱れぬ横分けだし。
ある日、私は母に聞いてみた。
「ねえ、せんせいのかみのけ、なんかみんなとちがうんやけど、なんで?」
母は「K先生、かつらだから。」と即答してくれた。「かつらってなに?」「にせの髪。はげの人がかぶる奴。」
簡潔に答えつつも、母がなんかちょっと笑っているのが気になった。が、先生が実ははげだったことと、
《づら》というものを初めて知った衝撃の方が勝ってたせいで、なぜ笑ってたのかまで聞くのは忘れてしまった。
で、それから気をつけて大人たちの会話を聞いていると、彼らは園長先生の噂をするとき、
関係ないのになぜか髪の話をし、かつ皆が「Kさんかつらだからねえ。」とうっすら馬鹿にしたような笑いを
浮かべるのだった。
なんでづらだと笑われるのか? 必死に考えて思いついたのは
1 堂々と出しときゃいいはげを隠すから。
2 へんな形の髪になるから。
この2つだった。
大人になった今となっては、
3 増やしすぎたから。
これもつけ加えたいところだ。当時はづら製造技術もまだまだ未熟だったのかもしれませんな。
まあ現在でもつい毛量を増やしすぎてしまうことでづら着用が露呈するケースは多々あるので、
これははげの人一般の夢が具現したものといえるかもしれない。

園長先生はその後、早くに亡くなってしまった。こんなことを書いていて、仏罰があたらないかちょっと心配。
好きなはげ
・白髪ではげ 人生の深みを感じさせるマッチング。はげ部分にちょっと白髪が生えてたりするのも鳥のひなみたいだ。
・つるっぱげ 潔いカンジ。それになかなかなれないから。(半端に髪が残ることの方が多い)
・インテリの若はげ エリート、切れ者、というちょっと冷たいイメージを、薄い頭がほどよく中和する。
ルックスとしては有田芳生みたいな人。このタイプにはなぜかぎょろ目が多い。あとタートルネック愛用者も多い。
私の中のインテリはげ極北、もとい最高峰は大学時代の恩師、星野先生だ。(分かりませんね、すみません)
嫌いなはげ
・脂ぎったはげ 頭皮の脂がはげの原因でもあるらしいので、これは酷かとも思いますが、でもやだ。
・のっけはげ なんか空しい。
・はげなのにロン毛 ミッキー・カーティスみたいなの。
残った毛に対する未練なのかもしれないが、落武者を思いだして怖い。
池谷部長の思い出
新卒の頃、建設省の九州出先機関でバイトをしていた。その時の上司、池谷河川部長(当時)のことを、
私は今も尊敬している。役人であると同時に火山災害の研究者でもある部長は、普賢岳の災害、福岡大渇水という
建設省にとっての一大事を乗り切るにふさわしい、バイタリティにあふれた人物だった。
明るく、かつ細やかな人柄には、局内の誰もが好意を持っていたのではないか。
そんな池谷部長、おみごとなはげ頭だった。側頭、後頭部には毛が残っているものの、
てっぺんは電灯が反射するぐらいてかてか。そしてそのきらきら部分には、6、7筋くらいの毛が渡してあるのだ。
私の嫌いな「のっけはげ」であるが、なんのはげ隠しにもならない、“のっけ”の少なさと、部長のキャラクターとで、
べつに嫌ではなかった。しかし、惜しいなあとは思っていた。
部長はすごくはげが似合う顔だったからだ。目がぎょろっとして派手顔の部長に、髪まであると
ちょっと濃ゆすぎるだろう。はげがうまい具合にバランスをとっている、私にはそう見えたというのに。
部長ほどの人物でも、やっぱりのっけちゃうのかあ。なんか複雑だった。
このタイプのはげの常道として、頭頂に乗ってる部分のみは長ーくなってるわけだが、部長も例外ではなく、
のっけ要員の髪は肩くらいまであった。
なんで知っているかというと、すごく忙しくて部長が局内をぱたぱた走っているときなど、滑り落ちたのっけ部分が
ひらひらとなびいているのを見ていたからだ。量が少ないせいか、部長はせっかくの“のっけ”が取れてしまったことに
気付かないようで、その後もたらーんとさせたまま執務室で仕事をしていることがあった。
そんな時、私と同僚のMさんは、「部長取れたままね。」「うん、忙しいっちゃろうね。」と、部長に同情し、
進んでコーヒーを部屋に持って行ったりしたものだ。
つまり、“のっけ”が、私たちにとっての部長の多忙度バロメーターと化していたのだ。
人見知りするMさんだったが、部長のことは好きだったようで、「気の毒だ。後ろから乗っけなおしてあげたいねえ。」
と言っていたのが思い出される。
池谷部長の新刊が書店にあったのでちょっと書いてみた(岩波新書、当時原稿の入力等をお手伝いした、私にとっても
思い出深い本)。惜しいなあ、著者近影が載ってない。画龍点睛を欠くってカンジ。編集サイドのご一考を望む。
窓ガラスくらげの謎
高校生になって、電車で通学するようになった。当時の私の家があったのは、博多駅(でかい、オフィス街も近い)の
すぐ隣の駅付近だったので、乗るのはひと駅だけだったけど、これがなかなか大変。
通勤・通学客を満載した朝の車両の中は、身動きも出来ないのだった。
帰りは時間がばらけるせいか、そこまで混んでいなかったが、座ったりはできない。まあ5分の我慢、
別に不満もなかった。
ある日、部活の練習が伸びて、いつもより遅い電車で帰ることになった。
学生はほとんどおらず、サラリーマンばかり。一杯やってきた人、仕事がやっと終わったーという感じの人、
どちらにしても少々疲れ気味のおっちゃん列車だった。
席は空いているので私も座ることにした。で、ふと横の窓ガラスを見ると、なんか変なカタがついている。
マルの下にひよひよーと線のある、くらげっぽい形。でもどうみても画材(?)は人の脂。
よく見ればあちらの窓にもこちらの窓にもちらほらと。なんだこれ。
←こんな感じ。
きょろきょろしていると、ガラスにもたれて居眠りしているおっちゃんが目に入ってきた。
電車が揺れて、おっちゃんはむくっと起きたのだが、私の目はさっきまでおっちゃんの頭がくっついていた
ガラスの方にクギづけに。そこにはあのくらげ形がついている!
窓ガラスくらげは、疲れたり酔っ払ったりして窓によりかかっていたおっちゃんのはげ頭が、
頭皮の脂をインクがわりにスタンプ!されたものだったのだ。おえええ。
私は自分の横のくらげから心持ち離れたが、謎が解けてうれしいなあとも思った。

→ と、ここが窓にくっつくわけね。
それから電車に乗ったとき気をつけて見てみると、窓くらげは結構いっぱいいる。なんでか知らないが、
ドアのガラスにまでついていたりする。立って寝てたの? と思ったが、
正確には朝の混雑時にはげが押し付けられて出来たものだった。現場見た。
引っ越したので電車に乗らなくなり、窓くらげともおさらばしたが、あれは私の通学の風物詩だったのよねえ。
というような話を友人にしたらば、彼は「そんなもん見た事ねえ!」と言い張るのだ。
えー気付いてないだけじゃーん、と反論したところ、彼はちょっと考えて、
「分かった! 俺の田舎じゃはげるくらいの年の人はみーんな車で移動するけんのお!」とか言っていた。
大分市内なのに。ほんとかねえ。ひょっとして大分の人のはげは油分が少ないのかもしれない。さらさらはげ。
大分なのに(私の経験から言うと、大分の人は心身共に濃ゆい人が多いので)。
電車通勤の人はひまーな時にでも窓くらげチェックしてみて下さい。
ただ、朝見ると一日の勤労なり勉学なりの意欲が萎える気もする。注意。
づらを歌う
どうしようもなく落ち込んだとき、聞きたくなる歌が誰にでも1曲2曲はあるだろう。
私の場合は小沢健二の「天使たちのシーン」、吉川晃司の「forever road」(このアルバムはとても好き)
なんかだが、こんなもんじゃ効かないことだってある。
そんな時に取り出すのが「ダウンタウンのごっつええ感じ音楽全集」。初回特典、なぞの小袋もパックされた
お気に入りの一枚だが、中でも「ヅラヅラアイランド/ヅラー夫人のテーマ」を聞くことにしている。
著作権が心配であるが、敢えてコンプリートに歌詞をご紹介。
ヅラヅラヅラヅラ そいつもどいつもヅラヅラよ あいつもこいつもハゲハゲよ
日本は島国 ヅラヅラアイラーンドッ
ヅラヅラヅラヅラ そいつもどいつもヅラヅラよ あいつもこいつもハゲハゲよ
日本は島国 ヅラヅラアイラーンドッ
ヅラヅラヅラヅラ あいつもこいつもヅラヅラよ
日本は島国 ヅラヅラアイラーンドッ
私にMIDIとかが作れたら、ここであなたにもきかせてあげたい名曲だ。
疑 惑
ドラマ「BRAND」見てたんですけど、はげて来ちゃいないか、吉田栄作。
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