将棋
<ルール>
省略
<私と将棋>
新潟の小学校にいた頃、私はクラスの将棋チャンピオンだった。前橋の小学校に転校してきてみると・・・、そこは将棋王国であった。
「君、将棋できる?」私が転校生としての自己紹介を終えた後の休み時間で、最初にかけられた声がこれであった。教室の5〜6箇所で対局が始まっていた。(『できる?』だと? この私に向かって?) とりあえず最初は遠慮もあって傍観することにしたが、実際に差してみると結構強い。その後いろいろな人と対戦してみたが、どうも私はその教室で5〜6番目の強さという結論になった。
負けず嫌いの私が耐えられるわけはない。父の書斎に忍び込み「中原名人の将棋教室」を読みふけった。私は「棒銀戦法」を会得し、またたく間にクラスで無敵になった。が、敵もさるもの、数週間で私の棒銀戦法対策を構築してきた。
彼らは私の戦法への対策を練ってくると同時に、真似て同じ戦法を使ってくる。休み時間だけでなく帰宅後も友人宅に集まり「最強者決定リーグ戦」とか開催し、一時期将棋を差しまくっていた。私は新手の戦法を求めて将棋の解説書を読みあさっていった。矢倉囲い、振り飛車、美濃囲い・・・、次々とクラスに導入されていき、かなりハイピッチでクラス全体の将棋レベルは上がっていった。ライバルというものは、どこにでもいるもので、私以外にも将棋本を読んでくる人が現れ、その友人と抜きつ抜かれつの死闘を繰り広げたが小6でのトータル成績は私の方が上だったと都合良く記憶している。