ゴブスタン岩石画の文化的景観
Gobustan Rock Art Cultural Landscape


国名 アゼルバイジャン
分類 文化遺産
所在地 首都バクーの南西およそ70km



審議年と結果
2003年 審議延期 ・・・2002年の時点で申請内容が不完全であるとされ、2003年には審議が見送られた。このときの推薦名はゴブスタン保護区(Gobustan Reservation)だった。
2004年 審議延期 ・・・申請国が遺跡の調査計画のための支持を増し、試みることを見込んで登録を延期する。
2007年 世界遺産登録!!


遺産略説(執筆:収斂さん)
  ゴブスタンはバクーの南40マイルのところにある、
石器時代から近代までの考古遺跡である。
  ゴブスタン(Gobustan)とは直訳すると「ravine land」
すなわち「峡谷の地」という意味である。 ゴブスタンは大コーカサス山地の支脈の一つが、 Djeiran-kechmez川に沿ってカスピ海へと続く場所に位置しているので、 長い年月をかけて、 柔らかい粘土質の土壌が地殻変動や浸食作用により、 多くの峡谷が誕生したのだった。 こうした褶曲のある地層が多く見られるゴブスタン一帯は、 自然遺産的価値も有しているといえよう。 しかしもっと重要なことは、 こうしたできた多くの洞窟が、 石器時代の人々の住居として長期間使用され続けたということである。 つまりゴブスタン全体が当時の生活を知る貴重な野外博物館のような場所でもあるのだ。 特に、 膨大な数の壁画や岩壁彫刻が発見されており、 最近でもときどき新しい壁画の発見がある。

  ゴブスタンの岩壁彫刻群(rock carvings)は、
1939年、 アゼルバイジャンの民族誌学者で考古学者でもある M. Djaffarzade によって発見された。 彼はその後25年間もこの地で研究を続け、 Beyukdash山(大きい岩という意味)や Kichikdash山(小さい岩という意味)の約700の岩壁に、 4000近い数の壁画や岩壁彫刻を発見した。 彼は、 こうした考古遺物について、 丁寧な拓本や詳細な目録を残している。 彼の発掘と研究は考古学者の D. Rustamov に受け継がれた。 そして彼もまた新たに2000以上の壁画を発見している。 こうした考古学的調査はまだ終わっていない。 1966年にゴブスタンは、 当時のソビエト連邦政府から史跡指定を受け、 国家的保護の取り組みがなされるようになった。
  石器時代の壁画の描かれている内容は、
ほとんどが、 狩りの様子や落とし穴などの罠を作って獲物を捕獲している様子などを描いている。 また壁画から、 当時はゴブスタン一帯に森が多く存在し、 獲物となる動物が多く生息していたことがわかる。 さらに興味深いことに、 狩りがうまくいかなかったり、 飢饉のために、 石の道具で岩に孔を穿ち、 そこに傷ついた動物などを紐で繋いでいる様子も描かれている。 このことから、 原始的な家族社会が形成されていたのはほぼ間違いなく、 人類学的に貴重な発見とされている。 壁画に描かれている男性の多くが腰布(loin-cloths:原始的な衣類で、 腰のまわりに巻きつける布)を身に付けており、 また脚が強調されている。 これは速く走ることが狩りにとって非常に重要だった証拠である。 一方、 女性は胸が強調されており、 子孫繁栄の象徴と考えられている。 また女性を描いた壁画にはなぜか腕が描かれていないものが多いのだが、 これは子供をあやすために腕を組んでいる様子を表現したためと考えられている。 男女の違いがこのようにはっきりと描き分けられている壁画は珍しいとされている。
  そのほかの興味深い壁画としては、
集団で踊っている壁画が発見されている。 これは、 大勢の人々が輪になって隣の人の肩をつかんで踊っている壁画だが、 これとよく似た踊りが今でもアゼルバイジャンの各地に残っている。 こうした踊りはYallaと呼ばれている。 Yallaとは「食べ物」という意味の「yal」に由来する言葉なので、 そのことから、 この壁画の踊りは、 食べ物に感謝する儀式、 もしくは、 呪術的な集団儀式のようなものであると考えられている。 またこうした踊りは、 連帯感を強めるのにも役立ったと考えられている。 さらに遺跡からは「石のタンバリン」と呼ばれる、 叩くと低い音を出す石がいくつも発見されているが、 これはYallaに使われた楽器であろうという説が一般的である。 その他の壁画としては、牛、野性のロバ(wild Coolan donkeys:クーランドンキー)、 ヤギ(rock goats)、シカ、ライオン、ガゼル、野性のイノシシ、ヘビ、トカゲ(lizards)などの動物、 竹舟で水上を渡る様子など人々の生活を描いたもの、 太陽を表すとされる十字とスワスティカ(the cross and swastica symbols)や象徴的な図形など、 さまざまである。 中には動物の姿を写実的に描いた傑作も含まれている。

  さらにゴブスタンには中石器時代(the Mesolithic period)の壁画や遺跡も発見されており、
約20の埋葬墓地が知られている。 特に興味深いのが紀元前8000年頃の墓地である Firuz burial である。 この墓地からは11人の埋葬者の骨と共に、 ビーズ玉などの装飾品も見つかった。
  そのほかの中石器時代の遺物として、
丸い形をした石がいくつも発見されている。 最近までゴブスタン地域では丸い石を加熱し、 それを牛乳などにいれて温めて飲む調理法が存在していた。 だからこうした丸い石は、 雨乞いの儀式に使われたか、 調理に用いられた道具と考えられている。 この調理法は「ゴブスタンの台所(Gobustan kitchen)」として知られている。 そのほか、 カスピ海では採れない貝殻も発見されており、 こうした貝殻は交易によって地中海やインド洋から運ばれてきたものである。 また紀元前6000年の初期の陶器も見つかっている。 中石器時代の考古遺物で特に注目されているものは、 ニカワのような黒い樹脂の痕跡である。 これは陶器や壊れた道具を修繕する接着剤のようなものだった。 また金属精錬に用いられたと思われるるつぼも見つかっており、 今後の調査が期待されている。

  このようにゴブスタンは紀元前10000年前から中世までの歴史文化財の宝庫である。






裏世界遺産バックナンバー目次へ