中国南部のカルスト South China Karst ※世界遺産「中国南部のカルスト」は、雲南省、貴州省、重慶市にある7地区より構成されます。本稿で紹介している「路南石林」は1992年に単独で推薦され、2007年の登録へ向けた推薦時にも構成要素の一部に含まれていましたが、実際の登録にあたってはコア・エリアから除外されました。(バッファ・ゾーンには含まれています)
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![]() 画像提供:ざざむしさん (ざざむしのホームページ) |
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| 遺産略説(執筆:ざざむしさん、収斂さん) 路南石林は、 中国雲南省最大の景勝地とされている。 総面積0.8平方kmの中に様々な形の石の柱が聳え立つ奇観であり、 それぞれの石柱の高さは20〜30mにもなる。 これらの石柱は、 3億年前に海底の石灰岩が地殻変動により隆起し、 その後雨水の浸食により現在の形に形成されたと考えられている。 また、 雲南省は中国で最も少数民族の多い地域の一つであるが、 石林のある路南はサニ族(撒尼族)の多く住む地域として知られている。 サニ族は正式には彝族(イ族)と呼ばれ、 カラフルな民族衣装で観光客には親しまれているが、 反面もっとも観光客ずれした民族であることも否めない。 石林には、 全長7kmに及ぶ遊歩道が整備され、 多くのツアーバスで送り込まれる観光客を、 サニ族のガイドが案内し、 民族衣装をお土産に買うという、 定型化した観光スタイルが出来上がっていることもその一因であろう。 毎年旧暦の 6月24日には、 この地域で松明祭りが行われ、 特に賑わう。 石林の近隣には多くの鍾乳洞があることでも知られるが、 その規模の大きさは勿論、 偉大なる自然の産物たる鍾乳洞を電飾で飾り立てる中国人のセンスにも圧倒される。 路南石林の奇観は、 中国では昔から有名で、 仙人の伝説と結びついたものも多く、 さらに屈原の漢詩にも詠まれている。 屈原(紀元前340−278)は中国史上最初の大詩人で、 名は平、字は原、あるいは名を正則、字を霊均ともいわれている。 屈原は戦国時代末期に楚の貴族の家に生まれ、 楚の懐王、 及び襄王に仕えたが、 讒言によって放逐され、 洞庭湖の周辺を流浪した後、 楚の滅亡を予感し入水自殺した。 彼が創始した「楚辞」とよばれる体系の詩は朗誦体ともよばれ、 後世の漢詩に多大な影響を与えた。 路南石林は「天問」という四言詩の、 第二十四節の三句目に「いずくにか石林有る」という言葉で記されている。 なお「天問」とは天地創造から神話伝説までのさまざまな疑問を天に問うたもので、 四句で一節を成し、 全部で九十五節から構成され、 天に約百七十二の質問をしている古代の漢詩における長編詩の傑作である。 (参考)「天問」第二十四節 何所冬暖 何所夏寒 焉有石林 何獣能言 (訳) 冬暖かい国とはどこにあるのか 夏寒い国はどこにあるのか 石の林があるというがそれはどこにあるのか 言葉を話す獣がいるというがそれはどんなだろう。 裏世界遺産バックナンバー目次へ |