レッド・フォートの建築物群
The Red Fort Complex


国名 インド
分類 文化遺産
所在地 首都ニューデリー



審議年と結果
1993年 審議延期 ・・・レッド・フォートの管理計画を提示し、緩衝地帯の詳細情報を含んだ推薦文書を完成させるように。なおこの遺産は文化遺産の登録基準の(3)の下で推薦された。またこのときの推薦名はデリーのレッド・フォート(Red Fort, Delhi)だった。
2007年 世界遺産登録!!



遺産略説(執筆:収斂さん)
  17世紀にヤムナー河にムガール帝国五代皇帝
シャー・ジャハーンが築いた城塞である ラール・キラ(レッド・フォート)とは城壁と門が赤砂岩でできているためにつけられた俗称で、 当時の正式名はシャージャハーナバードであった。 城塞は1639年に建設が開始され、 1648年にアーグラから遷都した。 今は敷地の大部分を軍が占拠しているが、 かってはそこに城内町があった。 西のラホール門と南のデリー門はいずれも城門建築の傑作であって、 屋上のチャトリ(小停)群がインドらしさを演出している。 また公謁殿(ディワーニ・アーム)と 内謁殿(ディワーニ・ハース)をはじめとする宮殿群は矩形の平屋で、 細部は完成されたムガール様式を示している。 また1662年にシャー・ジャハーンの宮廷礼拝堂であった モティ・マスジド(真珠モスク)は、 全て白大理石によるバロック様式風の建築になっている。 このほかに城内北東に優雅な四分庭園があって、 宮殿内部に水路を引き込み、 床は白大理石を敷いている。

  ラール・キラから500mほどのところに、 同じくシャー・ジャハーンが1658年に建てたインド最大のモスク、 ジャーミ・マスジド(金曜モスク)がある。 高さ9mの丘の上に建ち、 三方に大階段を備える。 2本のミナレットは高さ39mにもなる。 中庭の西、 メッカの方角には、 白大理石と赤砂岩のファサードと3つのドームをもつ礼拝堂があるが、 礼拝堂とそれに連なるべきアーケードが切り離され独立しており、 これはインドとアラブの民族性の違いを示すといわれている。


 



画像提供:AGTさん
同じ青空の下で




画像提供:よっちゃんさん
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