ブレーメンの市場広場にある市庁舎とローラント像 The Town Hall and Roland on the Marketplace of Bremen
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| 遺産略説(執筆:収斂さん) ブレーメン(Bremen)は典型的なハンザ同盟都市であり、 正式には自由ハンザ都市ブレーメン(Freie Hansestadt Bremen; Free Hanseatic City-State of Bremen)という。 ブレーメンは北海から70キロメートルほど内陸に位置しているが、 昔からヴェーゼル川(the Weser)を利用した海運業が盛んな交易都市であり、 ドイツ屈指の貿易港もあった。 その規模は今でもドイツ有数の規模を誇る。 そのためブレーメンでは昔から工業が盛んで、 現在でも北ヨーロッパ有数の工業都市である。 ブレーメンは州庁所在地であり、 ブレーメンとブレーメルハーフェン(ブレーマーハーフェン)(Bremerhaven)とのつながりが深いことでも知られる。 ブレーメンに最初に住みついた人々は、 Breme とか Bremum とよばれる部族で、 ヴェーセル川の右岸に定住した跡が発見されている。 ブレーメンは、 ライン川(the Rhine River)からエルベ川(the Elbe River)、 または北海から南ドイツに向かう交易の十字路に位置しているため、 昔から交易の要衝として重要であった。 787年、 西ローマ帝国のカール大帝(Charlemagne; the Western (Holy Roman) emperor)はブレーメンに主教管区(diocese)を設置した。 それは845年には大司教管区(archbishopric)に格上げされ、 北欧へのキリスト教の布教の拠点になった。 その結果、 ブレーメンは新興の都市にしては珍しく、 北ドイツ最大の経済と宗教の中心地になった。 とりわけ1358年にハンザ同盟(the Hanseatic League)に加盟してからは、 経済のみならず政治的にも極めて重要な都市へと発展する。 ブレーメンは、 共和制の自治都市としてはドイツで最も古い歴史を誇る。 神聖ローマ帝国時代においても、 ブレーメンは帝国自由都市(imperial free city)の地位を確保し、 ヴェーゼル川の両岸に強大な城塞を建設し、 街の防衛網も充実させてきた。 そのおかげで、 ドイツ史上の未曾有の惨禍であった三十年戦争(the Thirty Years' War, 1618-1648)でも独立を守りきることが出来た。 さらに戦争後期にはスウェーデン軍やハノーヴァー朝の軍を撃退している。 1815年にはドイツ連邦(the German Confederation)に加盟し、 1871年にはドイツ帝国(German Empire)に組み込まれた。 1888年にはドイツ関税同盟(the German customs union (Zollverein))に参加し、 世界貿易と造船業のトップに飛躍した。 19世紀後半はブレーメンが最も活気があった時代であり、 それはドイツ国内の重工業や科学技術がめざましく発展を遂げた時代と重なる。 ドイツ屈指の重工業地帯であったブレーメンは、 第二次世界大戦のときに連合軍の爆撃で壊滅的な被害を被り、 街の69%が破壊されたといわれている。 しかし戦後、 復元工事が行われ、 昔の美しい街並みが甦った。 ブレーメンの都市景観は、 古い建物と比較的新しい建造物が混在していることで知られる。 それはこの都市が19世紀後半に重工業で急速に発展した際に、 人口の急増やモータリゼーションによって道路の拡幅や取り壊しが頻繁に行われたためである。 例えば、 現在の議事堂は個性的な近代建築であるが、 街の景観に馴染んでいる。 ブレーメン旧市街(Bremen Alte Stadt (Old City)) 11世紀のカテドラルがある広場(marketplace)や市庁舎(Rathaus (Town Hall))が有名である。 また切妻屋根の民家も多い。 市庁舎(Rathaus (Town Hall)) この市庁舎はルネサンス様式のファサードを持ったゴシック様式の建造物で、 1405年から1410年にかけて建設された。 北ドイツゴシック建築(North German Gothic architecture)の顕著な例として有名である。 市庁舎には上院議員講堂(The Upper Hall)や宴会場が現存している。 また地下にワインの貯蔵室が設けられており(Ratskeller)、 500年以上も使用されてきた。 現在も世界中のワインを650種以上も保管しており、 観光客に人気がある。 騎士ローラントの像(the Statue of the Knight Roland) 市庁舎の外のすぐ近くに騎士ローラントの像がある。 この像はもともとは木造であったが、 1366年の街の自治権をめぐる戦いで、 カトリック大司教の軍による焼き討ちによって破壊され、 その後1404年に建て直されたものだ。 この騎士ローラントの像は、 ブレーメン市民の権利と司法特権の象徴であり、 昔も現在も街のシンボルである。 幸い、 この像は、 第二次世界大戦の爆撃でも被害が出なかった。 聖ペトリ大聖堂(the St Petri Cathedral) 騎士ローラントの像が向いている方向に建つ大聖堂で、 地元ではドーム(Dom)と呼ばれている。 この大聖堂の歴史は古く、 1200年以上も昔に創建された。 現在の建築は13世紀前半だが、 それはゴシック様式の黎明期に当たり、 初期ゴシック建築の研究においてこの大聖堂の様式は極めて貴重とされている。 大聖堂の中には小さな博物館も併設されている(The Cathedral Museum)。 参考サイト |