1)サン・クウィリコ・ドルチャ(面積42.17平方キロ、人口2,444人(1999年))
オルチャ川とその支流アッソ(Asso)川の間の丘陵上に位置する。
エトルリア時代に起源を持ち、 オセンナ(Osenna)と呼ばれていた中心集落には、 中世前期にサン・クウィリコ教区教会(Pieve
di San Quirico in Osenna)があった。 フランス街道が城壁に囲まれた集落内を通っており、 1154年にはフリードリッヒ1世(バルバロッサ)がローマに向かう途中、 ここで教皇の大使と会見したことを記念して、 毎年6月にバルバロッサ祭が行われている。 12世紀後半にシエナ共和国に属し、 1559年にフィレンツェ公国領となった後、 1677年にトスカナ大公コジモ3世から、 教皇アレクサンデル7世の甥で枢機卿のフラヴィオ・キージ(Flavio
Chigi, 1631-1693)に、 侯爵領として与えられた。
中心集落のサン・クウィリコ・ドルチャは現在も城壁に囲まれ、 多くの歴史的建造物がある。
シエナ方面から町に入ると、 左手に聖堂参事会教会(La
Collegiata dei Santi Quirico e Giuditta)がある。 8世紀の教区教会の跡に12世紀末に建てられたロマネスク様式の建物である。 中央の扉は1080年に製作された。 内部の北翼廊ではシエナ派の画家サノ・ディ・ピエトロ(Sano
di Pietro, 1406-1481)の「聖母子と諸聖人」を見ることができる。
教会の隣のバロック様式のキージ宮殿(Palazzo
Chigi, 1680)は、 フラヴィオ・キージ枢機卿がカルロ・フォンタナ(Carlo
Fontana, 1634-1714)に設計させたものである。 第二次大戦の被害が大きく、 修復が行われている。 この向かいにルネサンス様式のプレトリオ宮殿(Palazzo
Pretorio)があり、 現在、 ヴァル・ドルチャ有限会社などが入っている。
このほか、 集落の中央には16世紀のイタリア式庭園のオルティ・レオニーニ(Horti
Leonini)、 南端には12世紀のスカラ救護院(Ospedale
della Scala)と 11世紀のサンタ・マリア・アッスンタ教会(Chiesa
di Santa Maria Assunta)が向かい合っている。 ローマ方面に向かう南門、 ポルタ・ロマーナ(Porta
Romana)は第二次大戦で破壊されが、 ピエンツァ方面に向かう東門、 ポルタ・カプチーニ(Porta
Cappuccini)はよく保存されている。
ここから南に4kmのバーニョ・ヴィニョーニ(Bagno
Vignoni)の集落から、 近くの古城やオルチャ川、 遠くのアミアータ山を望む風景は美しい。 この集落の広場には古代から知られる温泉があり、 タルコフスキーの映画「ノスタルジア」(1983)のロケが行われた。 2)カスティリオーネ・ドルチャ(面積141.84平方キロ、人口2,530人(1999年))
アミアータ山の北斜面に位置する。
南東に向かうフランス街道から南に少し離れた所に位置し、 城壁が一部に残る中心集落のカスティリオーネ・ドルチャは、 中世前期にはアルドブランデスキ伯(Conti
Aldobrandeschi)とアミアータのサン・サルヴァトーレ修道院(Abbadia
San Salvatore)に両属していた。 13世紀半ばにシエナ共和国に属し、 1559年にフィレンツェ公国領となった。
ヴェッキエッタ広場(Piazza del Vecchietta)は、 この町出身の画家で彫刻家・建築家のロレンツォ・ディ・ピエトロ・ヴェッキエッタ(Lorenzo
di Pietro Vecchietta, 1412-1480)にちなんだものである。 サンティ・ステファノ・エ・デーニャ教会(Chiesa
dei Santi Stefano e Degna)のファサードは16世紀のものであるが、 堂内にはシエナ派のシモーネ・マルティーニ(Simone
Martini, 1280-1344)や、 ピエトロ・ロレンツェッティ(Pietro
Lorenzetti, 1280-1348)の聖母子像などの作品がある。 集落の上の丘(574m)にはロッカ・アルドブランデスカ(Rocca
Aldobrandesca)の城跡がある。
中心集落から数百メートル北のロッカ・ドルチャ(Rocca
d'Orcia)の集落の上の丘には、 ロッカ・ディ・テンテナノ(Rocca
di Tentennano)の城跡がある。
ロッカ・アルドブランデスカより戦略上重要で、 ヴァル・ドルチャ地方の城の中心であり、 シエナ領となった1258年以降も補強され塔が建てられた。 1274年にはヴァル・ドルチャの他の地域とともにシエナのサリンベニ(Salimbeni)家のものとなり、 1419年までこの城は同家の拠点となった。 16世紀半ばにフィレンツェ領になって以降、 軍事的価値を失い、 放棄されるに至った。
1207年にこの城の領主ティニョジ(Tignosi)家が、 領民に多くの権利を認めたカルタ・リベルタティス(Charta
libertatis)は歴史的に重要である。 また、 1377年にシエナの聖カタリナ(Santa
Caterina da Siena, 1347-80)がサリンベニ家との紛争を調停した書簡が知られている。 このような歴史から、 シエナのユネスコ・クラブはこの城を「平和文化の使者」と宣言し、 2000年から2001年にかけて記念行事を行った。
フランス街道沿いには、 レ・ブリッコレのサン・ペレグリーノ救護所(Spedaletto
di San Pellegrino alle Briccole)はじめ、 いくつかの救護所や附属の荘園の建物が残っている。 このほかリンベッカ(Rimbecca)などの小集落や、 リパ・ドルチャ(Ripa
d'Orcia)などの城(いずれも現在はアグリトゥリズモの宿泊施設)がある。 バーニ・サン・フィリッポ(Bagni
San Filippo)には温泉がある。
3)ラディコファニ(面積118.46
平方キロ、人口1,229人(1999年))
オルチャの源流に近い、 渓谷南端の標高716mの丘陵上に位置する。 城壁に囲まれ、細い道や袋小路が多く、 階段が建物の外部にある、典型的な中世の小さな集落である。 城壁外の山上(896m)にはロッカ・ディ・ラディコファニ(Rocca
di Radicofani)の城跡があり、
ここから西にアミアータ山、 東にチェトナ山(Monte
Cetona, 1148m)を望むことができる。
ベネディクト派の修道院領であったこの町は、 教皇領として12世紀にはハドリアヌス4世が城を補強し、 インノケンティウス3世が拡張工事を行ったが、 フランス街道に沿った軍事上重要な位置にあることから、 いくつもの勢力の間で争奪され、 13世紀末には、 ダンテの「神曲(La
Divina Commedia, 1307-21)」やボッカチオの「デカメロン(Decameron,
1353)」にも登場する 盗賊のギーノ・ディ・タッコ(Ghino di
Tacco)の根拠地になったこともある。 1405年にシエナ共和国領となり、 1559年にフィレンツェ公国領となった。
4)モンタルチーノ(面積243.62平方キロ、人口5,099人(1999年))
オンブローネ川とオルチャ川の支流アッソ川の間の標高567mの丘陵上に位置する。 ここから北にクレーテ、 南東にヴァル・ドルチャの風景を見渡すことができる。
町の起源ははっきりしないが、 サンタンティモ修道院にその所領であったという814年の記録がある。 12世紀末には自治都市としてシエナと同盟していたが、 離反してシエナに破壊されたり、 幾度か占領されるなどの変遷を経て、 14世紀半ばには完全にシエナ共和国領となった。 1361年に五角形で各頂点に塔のあるフォルテッツァ(Fortezza、要塞)が13世紀の城壁の一部を利用して築かれた。 14-5世紀のポポロ広場に面して、 塔のある町役場(Palazzo
Comunale)がある。 サンテジディオ教会、 サンタゴスティーノ教会は14世紀のものである。 サンタゴスティーノ教会に隣接する旧修道院の建物は、 町立・教区宗教美術館(Museo
Civico e Diocesano d'Arte Sacra)になっており、 シエナ派の絵画や彫刻などを展示している。 大聖堂(Duomo)は1818-32年に、 サン・サルヴァトーレ教区教会を建て替えた新古典様式の建物である。
モンタルチーノは、 1555年にシエナ市が陥落した後、 多くの市民が最後の砦として立てこもり、 1559年まで4年間持ちこたえた歴史で知られるが、 今日では、 ワインの銘柄ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ(Brunello
di Montalcino)の産地として世界的に有名である。 このワインは、 19世紀半ばにフェルッチオ・ビオンディ・サンティ(Ferruccio
Biondi Santi)が発見し、 ブルネッロ種と命名したサンジョヴェーゼ種のぶどうの変種からつくられる。 フォルテッツァ(要塞)の中にもワインの試飲と購入ができるエノテカ(enoteca)が設けられている。
町の中心から南に10kmのところに、 ぶどう畑とオリーブ畑に囲まれて、 シャルルマーニュ(カール大帝)によって創建されたと伝えられるサンタンティモ修道院(Abbazia
di Sant'Antimo)がある。 現存する教会堂は、
バジリカ跡に1118年に建てられたもので、 縞目のあるトラバーチンの荘厳な建物は、 ロマネスクの修道院建築の中で最も魅力的なものの一つである。 現在この修道院は、 グレゴリオ聖歌が歌われていることでも知られている。
5)ピエンツァ(面積122.53平方キロ、人口2,258人(1999年))
ヴァルドルチャの丘陵地帯、 オルチャ川の支流トレサ(Tresa)川の両側の斜面に位置する。
トレサ川右岸の小高い丘の上の中心集落は、 1996年に「ピエンツァ市街の歴史地区(Historic
Centre of the City of Pienza)」として世界遺産一覧表に記載されているので、 周辺部についてのみ解説する。
町の北部にはサンタンナ・イン・カンプレナ(Sant'Anna
in Camprena)修道院がある。
14世紀前半の創建であるが現在の建物は15世紀のもので、 シエナ派のソドマ(Giovanni
Antonio Bazzi (Sodoma), 1477-1549)のフレスコ画を見ることができる。 アンソニー・ミンゲラの映画「イングリッシュ・ペイシェント」(1996)のロケが行われた。
町の東部トレサ川左岸の丘にあるモンティキエッロ(Monticchiello)は12世紀末にシエナに属し、 共和国東端の防衛の町となった。 ピエンツァとヴァル・ドルチャの眺めがよい。 13世紀の城壁の一部と天守が残っている。 1944年4月に70名のパルチザンが、 住民の協力を得てナチの占領軍を破った場所である。
町の南西部のオルチャ川沿いにスペダレット(Spedaletto)と呼ばれる中世の旅人のための救護所がある。 外観は城であり、塔や狭間胸壁、石落としなどを備えている。 12世紀に建てられ、 1236年からシエナのサンタ・マリア・デラ・スカラ救護院(Spedale
di Santa Maria della Scala)の管轄となり、 15世紀には同救護院の農園となった。 現在は修復も行われ、 保存状態はよく、 旅行客が宿泊できるようになっている。
南東部には、 ルッチョラ・ベッラ自然保護区(Riserva
Naturale Lucciola Bella, 865ha)が設定されており、 カランコやビアンカナの地形に特有の植生や動物の生息が見られる。
参考サイト
1.公園関係
(1)http://www.parcodellavaldorcia.com/index.html
ヴァル・ドルチャ美術・自然・文化公園の公式ホームページ。イタリア語。(地図はこのサイトのhttp://www.parcodellavaldorcia.com/cartina/cartina.html
が詳しいが、21個のjpeg画像に分かれているので使いにくい。また、http://www.parcodellavaldorcia.com/foto.htm
に写真が20枚あるが、どこの写真かはファイル名で判断するしかない。)
(2)http://www.riservenaturali.provincia.siena.it/page/asp/riserve.asp?cod=9
ピエンツァ南東部のルッチョラ・ベッラ自然保護区。360度パノラマ写真と典型的な糸杉の並木道の写真がある。関連ページにも地形や動植物の写真がある。イタリア語。
(3)http://www.parks.it/z.valdorcia/index.html
http://www.parks.it/anp.val.orcia/index.html
ヴァル・ドルチャ地方自然保護区。環境省のクレジットがありながらよくわからない。イタリア語。
(4)http://www.faenzi.com/diacciabotrona/AreeProtette/ANPIL/val_dorcia/Pag1.htm
ヴァル・ドルチャ地方自然保護区、ルッチョラ・ベッラ自然保護区を解説。調査会社のサイトらしい。イタリア語。
2.鉄道関係
(1)http://www.jrtr.net/jrtr31/pdf/f18_mag.pdf
ヴァル・ドルチャ鉄道に関する論文。Japan
Railway & Transport Review No. 31 所収。英語。
(2)http://www.ferrovieturistiche.it/eindex.asp
イタリアの観光鉄道のページ。ヴァル・ドルチャ鉄道の写真や運行日程もある。英語、イタリア語。
3.観光・歴史・文化財関係
(1)http://www.terraditoscana.com/default.aspx?lpg=visitare_province_alturist&obj=si_valdorcia
ヴァル・ドルチャと各町の歴史を1ページで解説。人口、面積も記載。"Gallery:
Val d'Orci" には田園風景を中心に20枚の写真がある。トスカナ地方の観光ガイド。英語、イタリア語。
(2)http://www.castellitoscani.com/castles_index.htm
トスカナ州の城のページ。城の歴史等が詳しく説明されており、写真や図も豊富。ヴァル・ドルチャの城のうち次の12件が掲載されている。英語、イタリア語。Castello
di Vignoni(サン・クイリコ・ドルチャ)、Rocca
Aldobrandesca、Torre della Campigliola、Castello di
Ripa d'Orcia、Rocca di Tentennano(以上カスティリオーネ・ドルチャ)、Rocca
di Radicofani(ラディコファニ)、Castello di
Argiano、Castiglione del Bosco、Castello di Montalcino、Poggio
alle Mura(以上モンタルチーノ)、Rocca of
Monticchiello、Spedaletto Castle
(以上ピエンツァ)
(3)http://www.emmeti.it/Welcome/Toscana/Valdorcia/index.uk.html
ヴァル・ドルチャと各町それぞれ1ページの解説と写真1枚。イタリア全土の観光・宿泊の案内。アグリ(民宿)も載っている。このサイトには詳しくはないが各県を市町村ごとに色分けした地図がある。英語、イタリア語、ドイツ語。
(4)http://www.nautilus-mp.com/tuscany/presentazione/valdorcia/indexing.html
ヴァル・ドルチャと主な町や集落について詳しい解説と写真や絵地図がある。トスカナ地方の観光案内(The
Heart of Tuscany)。英語、イタリア語、フランス語だが、イタリア語だけのページも多い。
(5)http://www.moveaboutitaly.com/toscana/valdorcia_it.html
余り鮮明ではないが写真がある。リンクは正しくない。イタリア語。
(6)http://www.palazzodelcapitano.com/Copia%20di%20foto_gallery.htm
下の方にサン・クイリコ・ドルチャの写真集(戦前の写真を含む21枚)。ホテルPalazzo
del Capitanoのページ。
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