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解説/文=好古学のすすめさん
ブレーシャ(Brescia)のサンタ・ジュリア=サン・サルヴァトーレ修道院は、ランゴバルド王国最後の王デジデリオ(Desiderio
[Desiderius],
在位756-774)が、即位前の753年に創建したサン・サルヴァトーレ修道院に始まる。コルシカで殉教したとされる聖ジュリアの遺骨が、762年にここに移されたことから、サンタ・ジュリア修道院とも呼ばれるようになった。
各時代の様式が混在する複合建築
この修道院は1世紀半ばから5世紀半ばのローマ時代の邸宅(domus)跡に建てられており、考古学的調査が行われている。
現存する最古のサン・サルヴァトーレ・バジリカ(Basilica
di
San
Salvatore)は、創建時のものではないが、9世紀初めに創建時のバジリカ跡に建てられた。三廊式で、身廊の壁面上部にはカロリング時代のフレスコ画が残っている。14世紀には、北側廊に3つの小祭室が設けられ、異なる時代に描かれたフレスコ画がある。3つのアプシスと木造トラス屋根は1958年に修復されたものである。
ソラリオのあるサンタ・マリア(Santa
Maria
in
Solario)小礼拝堂は、12世紀のロマネスク建築である。ほぼ方形の平面の2階建ての建物で、街路に面する南側を除く3面は、のちに建てられた修道院の建物と接続している。屋根は八角形で、軒下に小アーチ列のあるロンバルディア式教会のティブリオ(tiburio)である。階上(solarium)には、8世紀末の金工品「デジデリオ王の十字架」が展示されており、ティブリオの下のドーム天井には星空が、壁面にはキリストの生涯や修道院の由来などをテーマとするフレスコ画が、異なる時代に描かれている。
15世紀後半から16世紀末までの大規模な増改築により、ルネサンス様式のサンタ・ジュリア教会堂や修道院と3つの回廊などが建てられ、現在の姿となった。サンタ・ジュリア教会堂の設計は、テデスキーニ(Tedeschini)、竣工は1593年である。
政略結婚の悲劇「アデルキ」の舞台
この修道院はナポレオン時代の1798年に廃止され、兵舎などに用いられたのち、市の所有となった。1882年から美術館が置かれていたが、1990〜98年の修復事業により、新たな美術館として開館した。古代ローマ時代、中世前期、コムーネ(自治都市)・シニョリーア制の時代、ヴェネチア時代と、時代別に展示されている。
このほか、修道院領に関する史料が残っており、研究されている。9〜10世紀には、60もの荘園や船・港・市場などを有していたことや、多数の奴隷がいて直営地の耕作にあたっていたこと、農民保有地は自立度が高く農民の賦役がきわめて少なかったことなどがわかっている。
ところで、ブレーシャのサンタ・ジュリア修道院といえば、アレッサンドロ・マンゾーニ(Alessandro
Manzoni,
1785-1873)の悲劇「アデルキ」(Adelchi,
1822)の舞台として知られている。最後のランゴバルド国王デジデリオの娘エルメンガルダ(Ermengarda
[Desiderata])は、フランク王国のシャルルマーニュ(カール大帝)(Charlemagne
[Charles
the
Great],
742-814)に嫁いだものの捨てられ、シャルルマーニュがすぐにヒルデガルドと再婚したとの知らせは彼女に追い打ちをかける。父の王国もシャルルマーニュに滅ぼされ、エルメンガルダは、この修道院で母アンスペルガ(Ansperga)の腕に抱かれて死ぬのである。
このような悲劇は政略結婚にありがちなものだが、シャルルマーニュとエルメンガルドの結婚の場合も、ランゴバルド王国の脅威に対処するためフランク王国側が求めたもので、そのためシャルルマーニュは最初の妻ヒルトルードを離縁している。そしてシャルルマーニュがエルメンガルドを親元に送り返したのは、フランク王国の共同統治者だったが、シャルルマーニュと対立していた弟カールマン(Karloman,
751-771)の遺児たちがランゴバルド王国に走ったためだと考えられる。また、シャルルマーニュの再婚相手のヒルデガルド(757-783)は、カールマンの遺領アレマニアの大公家の血を引いており、この再婚は再統一した王国の安定を図ろうとしたものだろう。こののち、ランゴバルド王国の脅威にさらされたローマ教皇ハドリアヌス1世から救援要請を受けたシャルルマーニュは、773年にイタリアに出兵。首都パヴィアを包囲、降伏させ、774年にランゴバルドの王位についた。
ブレーシャにはサンタ・ジュリア修道院以外にも歴史的建造物が多い。ローマ時代のカピトリーネ神殿跡のローマ博物館、54mの鐘楼のある13世紀のブロレット(Broletto)と呼ばれる旧市庁舎、14世紀のガルゼッタ城塞(Castello
al
forte
della
Garzetta)、15〜16世紀のルネサンス様式のロッジア宮殿(現市庁舎)などがブレーシャの歴史を物語る。
11-12世紀の旧大聖堂(ロトンダと呼ばれる円形建物)に隣接して、17〜19世紀の新大聖堂が建っている。また、16世紀に絵画のブレーシャ派がおこり、トジオ・マルティネンゴ絵画館にはその流派の作品が多く収められている。
参考サイト
(1)http://cipa.icomos.org/papers/2001/2001-21-rc01.pdf
ソラリオのあるサンタ・マリア礼拝堂の3D復原に関する研究論文。英文。
(2)http://www.arifs.it/isgiulia.htm
写真3枚と鳥瞰図がある。ただし、写真は敷地の外から壁面とファサードを撮ったもの。英文。
(3)http://www.centoterre.it/html/modules.php?set_albumName=album06&op=modload&name=gallery&file=index&include=slideshow.php
6枚の写真からなるスライドショー。英文。
以下はイタリア語のみだが、写真や図があるページ。
(4)http://web.tiscali.it/no-redirect-tiscali/sistem/Santa_Maria_in_Solario.htm
ソラリオのあるサンタ・マリアの3D写真。(1)と関係あるかどうかは未確認。
(なぜかファイル→オープン→インターネットアドレス入力の手順を踏まないとredirectの際ブロックされる)
(5)http://www.aestetica-group.it/Benessere/SantaGiulia.html
写真4枚。サンタ・ジュリア美術館(写真は小さいが多数)へのリンクあり。
(6)http://www.asm.brescia.it/musei/TMUS004C.HTM
サンタ・ジュリア美術館のページ。上記(5)から入るページの要約版のようだが、サン・サルヴァトーレ内部やデジデリオ王の十字架など6枚の写真の拡大版がある。(ジャンプできないので、http://www.comune.brescia.it/cultura/musei/museicivici.htmからSanta
Giulia
をクリック。)
(7)http://www.comune.brescia.it/virtualtour/ssol.htm
ソラリオのあるサンタ・マリアのフレスコ画など5つのヴァーチャルツアー(建物内部の360度パノラマ)がある。
(8)http://www.bresciainvetrina.it/bresciaarte/santagiulia.htm
写真7枚。
(9)http://www.brescia.lombardiainrete.it/brescia/santagiulia.asp
写真2枚。鳥瞰図はわかりやすい。
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