世界遺産概論
その誕生、登録手順、問題点など
1.条約の誕生世界各地の文化財や自然環境を、人類共有の財産として守る――。それが世界遺産条約の考え方です。条約の正式名は「世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約」。1972年11月、第17回ユネスコ総会にて採択されました。それまで対極にあると見なされてきた文化と自然を区別することなく、国際社会の協力のもと保護していくというところに大きな特徴があります。
世界遺産条約を生むきっかけとなったのが、1972年6月にスウェーデン・ストックホルムで開催された国連人間環境会議でした。この会議で“世界の天然遺産および文化遺産の保護”に関する議論が進められ、世界規模の環境保全に大きく寄与できるものとして多くの国々から評価されました。
実は当初、世界遺産条約は国連人間環境会議で採択される予定でしたが、同会議はベトナム反戦論などに終始してしまい、12日間の会期中で必要な議論を消化し切れませんでした。そこで、半年後のユネスコ総会で採択されることとなったのです。
2.リストの作成世界遺産条約では、世界的に重要な文化財や自然を「世界遺産リスト」としてリストアップすること、その保護のための「世界遺産基金」を設立すること、政府間委員会として「世界遺産委員会」を運営すること、などを規定しています。しかしあらゆる活動の中心にあるのが、世界遺産リストに記載(登録)されている文化財や自然、すなわち「世界遺産」です。
世界遺産には文化遺産、自然遺産、複合遺産の三種類があります。文化遺産とは「歴史上、芸術上、研究上重要な建造物・記念碑・遺跡」、自然遺産とは「保存上、鑑賞上、研究上重要な自然景観や生物棲息地」、そしてこの両方の定義を満たすものが複合遺産です。複合遺産は自然と文化をともに保護する世界遺産にとって、象徴的な存在ともいえるでしょう。
世界遺産リストの作成は1978年の第2回世界遺産委員会から始まり、以来毎年の委員会で更新されています。2008年7月現在の登録数は、145カ国にある878件(文化遺産679、自然遺産174、複合遺産25)。これらは世界遺産として、“顕著で普遍的な重要性”を有していると見なされています。“顕著で普遍的な重要性”とはわかりにくい言葉ですが、要は、代表性・典型性・保存状態にすぐれ、かつ、一地域・一民族のみならず全世界的に見て特別に重要なものである、ということです。
3.遺産保護と世界遺産基金登録された世界遺産をもつ国は、それを恒久的に保存しなくてはなりません。しかも登録後は定期的に保全状態が調査されます。調査結果は毎年報告され、特に重大な危機にさらされていると判断された場合には「危機遺産リスト」* に記載されることもあります。08年7月現在、危機遺産リストには30件が記載され、国際的な支援活動などによって状態の改善が試みられています。
危機遺産を含め、遺産の保護に一役買っているのが世界遺産基金です。この基金は条約締約国の分担金や個人からの募金によってまかなわれ、世界遺産委員会が運営しています。危機遺産など緊急の保護・修復が必要な遺産への財的支援や、登録予定物件の調査費、登録後のモニタリング費、遺産保護を行なう専門家の育成費など、さまざまな目的で使われています。
しかし、世界遺産の基本はあくまでも自助。ずさんな管理が行われたり、周辺環境の変化や戦火によって遺産の持つ価値が失われたと確認された場合には、世界遺産リストから抹消されることもあります。そのため、どうしても先進国からの登録数が多くなったり、自然資源利用を検討されている地域が登録されない傾向にあり、世界遺産のもつ問題点の一つとなっています。
*危機遺産リスト…世界遺産に登録されているもののうち、特に重大な危機に直面しているもののリスト。ここに記載されたものを特に「危機遺産」と呼ぶ。一度危機遺産リストに記載されても、状況が改善されれば、危機指定は解除される。詳しくは後述。
4.日本の世界遺産878件の世界遺産には実にさまざまな自然や文化が含まれていますが、まずは日本から登録されている14件を見てみましょう。
和名 正式名 登録年 分類 法隆寺地域の仏教建造物 Buddhist Monuments in Horyu-ji Area 1993 文化 姫路城 Himeji-jo 1993 文化 白神山地 Shirakami-Sanchi 1993 自然 屋久島 Yakushima 1993 自然 古都京都の文化財(京都市・宇治市・大津市) Historic Monuments of Ancient Kyoto (Kyoto, Uji and Otsu Cities) 1994 文化 白川郷・五箇山の合掌造り集落 Historic Villages of Shirakawa-go and Gokayama 1995 文化 広島平和記念碑(原爆ドーム) Hiroshima Peace Memorial (Genbaku Dome) 1996 文化 厳島神社 Itsukushima Shinto Shrine 1996 文化 古都奈良の文化財 Historic Monuments of Ancient Nara 1998 文化 日光の社寺 Shrines and Temples of Nikko 1999 文化 琉球王国のグスクおよび関連遺産群 Gusuku Sites and Related Properties of the Kingdom of Ryukyu 2000 文化 紀伊山地の霊場と参詣道 Sacred Sites and Pilgrimage Routes in the Kii Mountain Range 2004 文化 知床 Shiretoko 2005 自然 石見銀山の銀鉱とその文化的景観 Iwami Ginzan Silver Mine and its Cultural Landscape 2007 文化 日本が世界遺産条約を批准したのは1992年。翌93年より、順調にその数を増やしてきました。
3件の自然遺産は、いずれも景勝地としての知名度よりも、保存状態や原生地域の広さを重視して登録されています。日本の代表的な自然景観といえば富士山や瀬戸内海が思い浮かびますが、最初に登録された「白神山地」と「屋久島」はそれまでほとんど知られていなかったため、世界遺産の特別性や希少性を多くの人に植えつけることとなりました。
一方11件の文化遺産は、1990年代には国宝・重要文化財などの建造物を主体とした登録が多かったのですが、00年の「琉球王国のグスクおよび関連遺産群」は、建物がほとんど残っていない遺跡が中心ですし、04年の「紀伊山地の霊場と参詣道」、07年の「石見銀山の銀鉱とその文化的景観」は、周辺の山中を走る“道”や、山並みの風景などをあわせた“文化的景観”* として登録されるなど、時とともに傾向に変化を認めることができます。
これらのほかにも日本は9件を登録準備中として、世界遺産の「暫定リスト」に記載しています(下表参照)。暫定リストとは、今後5〜10年以内の登録を目指している物件のリストのことで、平たくいえば「国による公認の世界遺産候補地」ということになります。
和名 正式名 暫定
記載年分類 古代鎌倉の寺院群、神社群、その他の構造物群 Temples, Shrines and other structures of Ancient Kamakura 1992 文化 彦根城 Hikone-Jo (castle) 1992 文化 平泉の文化財と遺跡群* Historic Monuments and Sites of Hiraizumi 2001 文化 小笠原諸島 Ogasawara Islands 2007 自然 飛鳥=藤原:日本の古代首都群の考古遺跡群と関連する遺産群 Asuka-Fujiwara: Archaeological sites of Japan’s Ancient Capitals and Related Properties 2007 文化 長崎の教会群とキリスト教徒の遺跡群 Churches and Christian Sites in Nagasaki 2007 文化 富士山 Fujisan 2007 文化 富岡製糸工場と関連する産業遺産 The Tomioka Silk Mill and Related Industrial Heritage 2007 文化 国立西洋美術館本館 Main Building of the National Museum of Western Art 2007 文化 もともと暫定リストの作成は文化庁と環境省が行なってきました。しかし「お上が一方的に候補を決めるより、もともと登録運動を展開している地域を選んだほうが、その後の作業がスムーズに行く」という考えのもと、06年度と07年度の2回、文化遺産候補に限り「立候補制」が採られました。また「国立西洋美術館本館」は、フランス政府が中心となって進めている「ル・コルビュジエの作品群」の登録運動に呼応するかたちで暫定リストに記載されました。世界遺産には国境をまたぐものがいくつもありますが、日本ではまだ例がありませんので、登録されれば日本初の「複数国にまたがる遺産」ということになります。
なお自然遺産候補としては「琉球諸島」も環境省の基準をクリアしており、「米軍基地のあるヤンバルの国立公園化」などいくつかの問題を解決できれば、近い将来暫定リストに記載される予定です。
*文化的景観…文化遺産の一分野。自然景観の中にある文化財、あるいは自然と一体化した文化財。庭園、田畑、宗教的な意味をもつ自然地形など。
*平泉の文化財と遺跡群…文化庁は名称を「平泉−浄土思想を基調とする文化的景観」(Hiraizumi - Cultural Landscape associated with Pure Land Buddhism)と改め、世界遺産センターに推薦書を提出した。しかし08年の世界遺産委員会で「登録延期」と評価された。日本の推薦物件が登録を見送られた、初のケース。
5.海外の世界遺産海外の世界遺産にはどんなものがあるのでしょうか。878件もあるのですべて列挙するわけにはいきませんが、いくつか挙げるなら、カンボジアの「アンコール遺跡」、エジプトの「ピラミッド群」、フランスの「ヴェルサイユ宮殿」、アメリカ合衆国の「グランドキャニオン」、オーストラリアの「グレートバリアリーフ」などが代表的なところです。
日本でもよく知られた遺跡や宮殿、国立公園などは、ほとんど登録されていると考えて間違いないと思います。もちろん世界遺産とは観光地のリストではないのですが、多くの人を惹きつける、いわゆる「名所・旧跡」が多くなってしまうのは仕方ありません。
しかし日本と同様、海外の世界遺産の登録傾向にも年々変化が見え始めています。(むしろ日本の登録傾向の変化は、世界的な流れを受けたものと言うべきなのでしょうが)。
たとえば1990年代には、ヨーロッパを中心に産業革命以後の機械・産業遺産が登録されるようになったり、「文化的景観」という概念の登場を受け、田畑や耕作地が登録されるようにもなりました。自然遺産でも90年代末から00年代にかけて化石発掘地の登録が続いた時期がありました。また00年代に入り、文化遺産では20世紀建築の登録が盛んになり、毎年必ず1カ所は登録されています。
登録傾向の変化の背景には、従来、歴史都市や記念建築の登録が多かったため、世界遺産センターなどが偏りの解消を呼びかけていたことがあります。しかし新しい価値の見出し方が次々に生まれるのは、世界遺産ならではの面白いところだと思います。
6.負の遺産世界遺産の価値の見出し方として、際立って特徴的なものの一つに「負の遺産」があります。負の遺産とは、人類の過ちを表わす戦争や人権関連の遺産のこと。一見すると世界遺産に相応しくないようにも思えますが、素晴らしい文化財とともに後世に伝えるべきものと解釈されています。
しかし「負の遺産」としての明確な登録基準が定められているわけではありません。したがって人によりどれを負の遺産とするか、意見が分かれるものもあるでしょう。ここでは、世界遺産への登録理由に負の歴史を含めている6件を紹介します。
遺産名 国名 登録年 負の重要性 ゴレ島 セネガル 1978 15〜19世紀のアフリカ沿岸で最大の奴隷交易拠点。 アウシュヴィッツ・ビルケナウ ポーランド 1979 ナチス最大の強制収容・殺害施設で、人類の残虐行為の象徴。 原爆ドーム(広島平和記念碑) 日本 1996 原子爆弾の脅威を直接的に伝える世界で唯一の廃墟。 ロベン島 南アフリカ 1998 自由、民主主義、人類精神の勝利を象徴する刑務所建築群。 ザンジバル石造都市 タンザニア 2000 東アフリカの主要な奴隷交易港として、また対西欧の拠点として、奴隷の抑圧を象徴する場所。 バーミアン渓谷の文化的景観と遺跡 アフガニスタン 2003 重要な巡礼地であったことから度重なる攻撃を受け、最近では01年に大仏が破壊された。 このほかにも、例えば中南米の植民都市には、奴隷や先住民を酷使した痕跡を示すものがあり(ボリビアの「ポトシ歴史地区」、キューバの「トリニダーとインヘニオス渓谷」など)、ヨーロッパから見たら優れた建築文化でも、別の見方をすれば隷属の象徴でしかないというものもあります。それに人類の歴史は支配・被支配の繰り返しですから、各地の要塞建築や支配者の居城も少なからず負の側面を持っているとも言えるかもしれません。世界遺産は歴史を多角的にとらえる必要性を呼びかけているものでもあるのです。
7.登録までの道のり世界遺産への登録は、その遺産をもつ国の政府がユネスコに登録を推薦する、という形で行なわれます。ユネスコが世界中を見わたして、コレとコレを世界遺産にしよう、と決めるのではありません。ですから、どれほど優れた文化や自然であっても、所有国が推薦しない限り世界遺産にはなれないのです。
それはさておき、世界遺産への登録手順を記してみましょう。[1] まずは、世界遺産委員会から出されている推薦条件について。
登録を予定している物件の一覧表を「暫定リスト」として提出すること(緊急登録* を除き、暫定リストに掲載されていないものは推薦できない)
特に文化遺産の場合、推薦予定物件と似たものがすでに世界遺産リストに登録されているのなら、それらの比較研究を行ない、その評価結果を提示すること
推薦物件の保護・管理の計画を準備すること
地理的に離れた場所にある複数の物件を一括推薦するには、同じ歴史文化であるか、もしくは、同じ文化圏内における同種の文化財であるか、もしくは、地形・生物地理区・生態系が同じである必要がある
などなど...
そして、上に掲げた指示とともに必要な条件が、所有する国の法律などで確実に保護されていることです。1998年に日本が「古都奈良の文化財」を登録推薦したときには、宮内庁管轄のため文化財指定を受けていなかった正倉院を例外的に国宝指定する措置がとられました。
[2] 以上の指示をクリアして、各締約国は、登録基準(後述)の該当理由説明、法的な保護状況、過去から現在にいたる保全状況(特に文化遺産の場合、修復の経緯説明)などを文書で示し、世界遺産の事務局に提出します。提出は一年中いつでもできますが、毎年2月1日までに提出されたぶんを、次の一年半で審査していきます。
締約国が推薦物件を提出すると、まず世界遺産事務局がその書類を見ます。書類内容が不完全であれば事務局は推薦国に通告し、完全ならば遺産評価のためICOMOS(国際記念物遺跡会議)またはIUCN(国際自然保護連合)に通達します。いずれも非政府の国際機関で、主に文化遺産の審査はICOMOSが、自然遺産の審査はIUCNが行ないます。[3] ICOMOS、IUCNは夏から秋にかけて行なう実地調査を踏まえ、遺産価値を見定めます。その過程で不明点が生じた場合、翌年夏の世界遺産委員会までの追加情報の提出が求められます。07年に登録された「石見銀山」はICOMOSより「不明点あり」との調査結果を受けましたが、期日までに追加情報を提出し、登録先延ばしを回避できました。
[4] 世界遺産リストへの登録可否は、毎年6〜7月ごろの世界遺産委員会で決定されます。審議はICOMOS、IUCNの評価内容をもとに委員各国により行なわれ、決定内容はすべての条約締約国に報告されます。
*緊急登録…戦争や自然災害のため緊急の保護が必要と判断された場合には、暫定リストへの記載を行なわず、いきなり推薦することができる。アフガニスタンの「ジャームのミナレット」、イランの「バムとその文化的景観」など数例がある。
世界遺産への推薦の目安となるのが登録基準です。全部で10項目があり、そのうち一つ以上を満たさなくては登録は認められません。基準の文面は年々修正されていますが、現在の内容は以下のとおりです。
ちなみに(1)〜(6)に該当するものが文化遺産、(7)〜(10)が自然遺産です。
(1) 人間の創造的才能を表す傑作であること (2) ある期間、あるいは世界のある文化圏において、建築物、技術、記念碑、都市計画、景観設計の発展に大きな影響を与えた人間的価値の交流を示していること (3) 現存する、あるいはすでに消滅してしまった文化的伝統や文明に関する独特な、あるいは稀な証拠を示していること (4) 人類の歴史の重要な段階を物語る建築様式、あるいは建築的または技術的な集合体、あるいは景観に関するすぐれた見本であること (5) ある文化(または複数の文化)を特徴づけるような人類の伝統的集落や土地利用、海域利用の顕著な見本であり、また、特に抗しきれない歴史の流れによってその存続が危うくなっているもの (6) 顕著で普遍的な価値を持つ出来事、生きた伝統、思想、信仰、芸術的作品、あるいは文学的作品と直接または実質的関連があること(委員会は、特別な事情がある場合および、他の文化遺産・自然遺産の登録基準にも該当する場合に、基準(6)の適用を認定する) (7) ひときわすぐれた自然美および美的要素をもった自然現象、あるいは地域を含むこと (8) 生命進化の記録、地形形成における重要な進行しつつある地質学的過程、あるいは重要な地形学的、あるいは自然地理学的要素を含む、地球の歴史の主要な段階を代表する顕著な例であること (9) 陸上、淡水域、沿岸・海洋生態系、動・植物群集の進化や発展において、重要な進行しつつある生態学的・生物学的過程を代表する顕著な例であること (10) 学術上、あるいは保全上の観点から見て、顕著で普遍的な価値をもつ、絶滅のおそれのある種を含む、野生状態における生物の多様性の保全にとって、最も重要な自然の生息・生育地を含むこと
9.真正性と完全性世界遺産として認められるには、上にあげた10項目の基準を満たすだけでなく、文化遺産は「真正性」、自然遺産は「完全性」を満たさなくてはなりません。
真正性とは、建物の建材や文化的特徴が本物でなくてはならないということです。復元に関しては、正確な情報に基づくものであり、かつ、全部が復元でなければOKとなっています。
完全性とは自然地域の保全状況についていわれ、恒久的に自然を保護できる十分な面積をもち、人為的影響がない(あるいは、ほとんどない)ものでなくてはなりません。
ちなみに1990年代に入って、生物多様性の保護の観点からの重要性が、自然遺産登録のカギになってきました。これは1992年の生物多様性条約の採択に影響されたもので、陸上、海中、その他の水中など、ある場所での生態系や生物種間の生態学的複合体を意味するものです。このタイプの遺産は、登録基準の(10)に該当するとされています。
10.拡大登録拡大登録にはいくつかのパターンがありますが、大きく考えると「登録範囲の拡大」と「登録基準の追加」の2つに分けられます。
前者、「登録範囲の拡大」は、スペインの「ガウディの作品群」(1984年、カサミラなど3件を登録→05年、サグラダファミリア大聖堂など4件を追加)が代表的なところでしょうか。ほかに大胆な例として、中国の「北京の故宮」への「瀋陽の故宮」の追加(04年)、英国の「ハドリアヌスの城壁」へのドイツの「リーメス」の追加(05年)などがあります。
ちなみに、例えば、登録されている国立公園の面積変更にともなって、世界遺産としての面積も変更されることもありますが、このような微細な変更は拡大登録の範疇ではありません。
後者の「登録基準の追加」の例では、すでに自然遺産として登録されている遺産に文化的価値を加え、複合遺産とするケースが多く見られます。登録面積が変わらなくても、基準が追加されれば拡大登録の扱いとなります。
また、ほとんど例がありませんが、「登録基準の該当理由の解釈変更」というものもあります。一例がポーランドの「アウシュヴィッツ・ビルケナウ」です。1979年に「人類最大の過ちの証拠である」として、基準(6)のもと登録されていたところ、07年に「ナチの政策に抗したユダヤ人のシンボルでもある」などという文面が追加されました。この場合、該当基準は(6)のまま変わりませんので、拡大登録の範疇ではありません。
世界遺産リストに登録されている物件のうち、特に重大な危機に直面しているものは危機遺産リストに記載され、緊急保護の対象となります。危機遺産リストへの登録基準は以下の通りで、いずれか一つに該当すると記載されます。(『ユネスコ世界遺産年報1996』より引用)
文化遺産 1) 確定された危機 - 遺産が特定の確認された差し迫った危機に直面している。例えば: a. 材質の重大な損壊 b. 構造あるいは装飾的な特徴の重大な損壊 c. 建築あるいは都市計画の統一性の重大な損壊 d. 都市あるいは地方の空間、あるいは自然環境の重大な損壊 e. 歴史的な真正性の重大な喪失 f. 文化的な異議の大きな喪失 2) 潜在的な危機 - 遺産固有の特徴に有害な影響を与えかねない脅威に直面している。そのような脅威は例えば: a. 保護の度合いを弱めるような遺産の法的地位の変化 b. 保全製作の欠如 c. 地域事業計画による脅威的な影響 d. 市街化計画による脅威的な影響 e. 武力紛争の勃発あるいはその恐れ f. 地質、気象、その他の環境的な要因による漸進的変化
自然遺産 1) 確定された危機 - 遺産が特定の確認された差し迫った危機に直面している。例えば: a. 法的に遺産保護が定められた根拠となった顕著で普遍的な価値をもつ種で、絶滅の危機に瀕している種やその他の種の個体数が、病気などの自然要因あるいは、密猟・密漁などの人為的要因などによって著しく低下している b. 人間の定住、遺産の大部分が氾濫するような貯水池の建設、産業開発や、農薬や肥料の使用を含む農業の発展、大規模な公共事業、採掘、汚染、森林伐採、燃料材の採取などによって、遺産の自然美や学術的価値が重大な損壊を被っている c. 境界や上流地域に人間が侵入することにより、遺産の完全性が脅かされる
2) 潜在的な危機 - 遺産固有の特徴に有害な影響を与えかねない脅威に直面している。そのような脅威は例えば: a. 指定地域の法的な保護状態の変化 b. 遺産内か、あるいは遺産に影響が及ぶような場所における再移住計画あるいは開発事業 c. 武力紛争の勃発あるいはその恐れ d. 管理計画が欠如しているか、不適切か、あるいは十分に実施されていない 一度危機遺産リストに記載されても、その後の活動で深刻な危機を回避できれば、リストから除外されます。
12.世界遺産リストからの抹消世界遺産リストに登録されたものも、あまりにひどい状況になると登録抹消されてしまいます。その基準には以下の2つがあります。
a) 世界遺産リストへの登録を決定づけた遺産の重要な特徴が失われ、その質が低落した場合 b) その遺産に本来備わっている特徴が、登録推薦の段階ですでに人為的な脅威を受けていて、登録に際して示された是正策が約束された期間内に行なわれなかった場合
世界遺産リストに登録されている物件が以上のいずれかに該当する場合、遺産所有国はその事実を世界遺産事務局に伝えるべきとされています。しかしこういった報告があっても、すぐに世界遺産リストから抹消されるわけではありません。その遺産が本当に修復不可能なところまで状況が悪化しているか調査され、最終的に世界遺産委員会によって決定が下されます。
これまで、ブルガリアの「スレバルナ自然保護区」、コンゴ民主共和国の「ガランバ国立公園」、ドイツの「ケルン大聖堂」など、いくつかの物件が抹消を警告* されながらも状況改善に努めてきましたが、ついに07年、オマーンの「アラビアオリックスの保護区」が登録抹消の第一号になってしまいました。
「アラビアオリックスの保護区」が抹消された最大の理由は、オマーン政府が一方的に保護区面積を9割削減したため。この行為自体が条約のガイドライン違反であり、さらに面積削減により、保護区を世界遺産たらしめていた価値が損なわれたと断じられました。また保護区内でのアラビアオリックスの生息数が減り種の維持がほぼ不可能になっていること、オマーン政府が化石燃料の調査計画を進めていることも指摘され、危機遺産リストへの登録もなされず、いきなりの抹消となってしまったのです。
さらに08年の委員会では、ドイツの「ドレスデンのエルベ川流域」について、「エルベ川を渡る橋の建設が計画されており、完成すれば世界遺産としての景観が失われる。計画をトンネル化しなくては、世界遺産リストから抹消する」という警告が出されました。
*各遺産への指摘は以下のとおり。スレバルナ自然保護区…野生イノシシの増加や、もともと狭い保護区の生態系維持への懸念。ガランバ国立公園…密猟によるキタシロサイの激減。ケルン大聖堂…高層ビル建設計画による景観破壊の恐れ。
13.登録制限最近の世界遺産にまつわる大きな話題の一つが、登録数の制限問題でしょう。多くの遺産候補をもつ国にとって、世界遺産との付き合いかたを変えなくてはならない事態にもなっています。1990年代より登録数と登録地域のアンバランスが問題視されるようになり、00年代に入り本格的に制限されるようになったのです。(世界遺産の半数がヨーロッパ地域に集中し、世界遺産の8割近くが文化遺産)。
最初の規制は00年に決定され、一回の委員会での審査数は30件(再審査物件は対象外)、1カ国あたりの推薦数は1件のみとされました。しかしこの規制もなかなか落ちつかず毎年のように改正され、いまでは一回の委員会での審査数は45件(再審査物件も規制対象)、1カ国あたりの推薦数は最大2件(文化遺産は1件までで、2件出すには1件以上が自然遺産でなくてはならない)となっています。
→その後さらに改正され、1カ国あたり文化遺産2件、自然遺産2件となっているそうです。
(参考:http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/travel/67/1128019254/19-20)
14.最後に世界遺産とは、登録したらしっぱなしというものではありません。所有国だけでなく、全世界が協力して保護していかなくてはならず、そのための国際条約なのです。日本でも世界遺産への関心が高まったとは言え、旅行パンフレットにやたらと世界遺産の文字ばかり躍っているのは、やはり何か勘違いしているのではないかと思ってしまいます。1999年に日光が登録された時も、新聞に記載されたのは「日光新登録」ばかりで、危機にさらされている世界遺産リストに新たに4カ所が加わってしまった、ということは一切触れられていませんでした。
また05年の知床新登録の報道も、やや過剰だったように思います。IUCNによる登録内定の報から全国紙の一面で大々的に伝えられ、7月14日の登録も多くのニュース番組で取り上げられました。日本から12年ぶりの自然遺産だったことや、最近の世界遺産熱を反映してのことでしょうが、海外の新登録地に関してほとんど報じられなかったのは残念です。
世界遺産に関して説明するなら以上のほかにも、遺産と地域との関係やユネスコに科せられた課題など、書くべきことは山ほどあります。しかしこのコーナーは基本編ということですので、以上の大まかな客観解説をもって終了することにします。最後になりますが、こんなに長い文章を最後まで読んでくださってありがとうございました。
作成 2000.02.06 修正 2000.02.22 修正 2000.06.10 改訂 2001.04.01 改訂 2003.05.10 修正 2003.07.19 修正 2004.08.01 改訂 2005.08.17 修正 2006.08.16 改訂 2007.09.09 修正 2007.10.08 改訂 2008.07.14 執筆・浦に〜と