特徴
平泉は11〜12世紀に東北地方の政治的中心地となり、京都の貴族文化を取り入れて独自に栄えた、日本の古代末期を代表する地方都市である。特に、鳥羽上皇の御願寺とされた中尊寺をはじめ、法勝寺(ほっしょうじ、現在廃絶)に似た金堂など畿内風に仕上げられた建築を有した毛越寺(もうつうじ)跡、平等院を模して作られたといわれる無量光院跡などの宗教遺構が残り、政治・文化の中心だった京都との関連が見られる地方文化の一例をなす。---(文化遺産の基準(iv)に該当?)
最盛期、平泉には寺院や宮殿など多数の建築物が作られたが、それらの中で現存するのは中尊寺の金色堂のみである。金色堂には当時の工芸技術が結集され、優れた金工・螺鈿・蒔絵などの装飾が施されており、日本の寺院建築として最高級のもののひとつに数えられる。---(文化遺産の基準(i)に該当?)
平泉の文化遺産に含まれる柳之御所遺跡は当時の政庁跡と考えられ、政治、宗教、交易や、様々な生活に関した遺物が多数出土した。11〜12世紀、すなわち古代から中世への過渡期における、地方の中心都市の遺跡として特に資料価値が高く、国内に比類のないものとされている。---(文化遺産の基準(iii)に該当?)
上記以外の主な関連史跡は以下の通り:平泉が隆盛を迎える以前からの遺構を保持する白鳥舘(しろとりだて)遺跡。無量光院の借景に組み入れられ、極楽浄土の風景を作り出した金鶏山(きんけいさん)。中世、中尊寺が所領を示して作図した『陸奥国骨寺村絵図』に描かれた景観が良好に保存されている骨寺村荘園遺跡。---(文化遺産の基準(iii)に該当?)
現況
2008年の世界遺産委員会にて登録可否の審議を受けられるよう、2006年12月に推薦書をユネスコへ提出した。世界遺産への申請対象は国の史跡、名勝、重要文化財などに指定されている物件を中心に選ばれたが、伽羅之御所(きゃらのごしょ)跡は保存状態が悪く、文化的価値が不明とされ候補から外された。また史跡指定に対し住民の反対運動が起きた猫間が淵(ねこまがふち)も対象外。
なお暫定リストの記載名は「平泉の文化財と遺跡群」だが、実際の推薦にあたって名称は「平泉
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浄土真宗に関係した文化的景観」に改められた。
参考資料
『平泉の文化遺産を世界遺産へ』岩手県教育委員会事務局生涯学習文化課(世界遺産担当)、2004年
『原色日本の美術6
阿弥陀堂と藤原彫刻』工藤圭章・西川新次著、小学館、1969年
『郷土資料事典3 岩手県』人文社、1998年
文化遺産オンライン->暫定リスト記載物件(http://bunka.nii.ac.jp/jp/world/h_10.html)
平泉文化遺産(http://www.iwate21.net/hiraizumi/)
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