人類の口承および無形遺産の傑作の宣言
通称「無形文化遺産」
1.概要ユネスコの文化財保護制度というと、「世界遺産条約」や「文化財不法輸出入等禁止条約」など、有形の文化遺産保護がよく知られています。しかしこれまで、無形文化財に関する勧告や保護策が全くないわけではありませんでした。その代表例が「伝統文化・民間伝承の保護勧告」や「消えゆく世界の少数言語地図」などですが、より強力に無形文化遺産を保護するためとして、2001年に第一回の「人類の口承および無形遺産の傑作の宣言」が行なわれました。これが通称「無形文化遺産」で、世界文化遺産の無形版と言われています。
「人類の口承および無形遺産の傑作の宣言」の草案は1997年に練られ、1999年のユネスコ執行委員会の場で正式に決定しました。この規約のもと、2001年に第一回の宣言(登録)が行なわれました。宣言は隔年(西暦奇数年)で、各国1か所まで推薦できます。登録の審査は18名からなる委員会で行なわれます。認定対象となる無形文化遺産は伝統芸能や音楽などのほか、言語・舞踊・演劇・風習・祭礼・儀礼など、多岐におよびます。ただし消滅の危機にある遺産保護を目的とするため、あまりにも大衆的なものは認められません。
2003年、第32回ユネスコ総会において「無形遺産保護条約」が採択されました。この条約の発効は2006年前半と見られています。これまで「人類の口承および無形遺産の傑作の宣言」として選ばれたものは、条約発効後「無形文化遺産リスト」にそのまま掲載される見通しです。条約の目的は無形文化保護のほか、伝統技能保持者の尊重、国際援助、認知度の向上などさまざまでです。ちなみに条約発効をもって「傑作の宣言」は役目を終えるので、おそらく2005年の第三回宣言が最後になるものと思われます。
2.登録基準「傑作の宣言」の登録基準は以下の二つです。
- 顕著な価値をもつ無形文化遺産の集積であること。
- 歴史的・芸術的・民族学的・言語的・文学的観点のいずれかによって顕著な価値をもつ、一般的もしくは伝統的な文化表現であること。
これらに加え、文化的伝統の根源をなすこと、文化的な独自性が認められること、優れた技術的応用が見られること、生きた伝統のすぐれた証左であること、都市化に代表される社会の急変によって特に消滅の危機にあるもの、維持のための法的措置がとられていること、大衆化されすぎていないもの、などが考慮されます。
3.リスト隔年の宣言ではこれまで、2001年5月に19件、2003年11月に28件、2005年11月に43件が認定され、合計数は90件にのぼります。(一部、固有名の発音等が不明なものは意訳して表記)。参照:http://www.unesco.org/culture/
アフリカ 14か国、14件 ウガンダ ウガンダの樹皮生地製作技術 2005年 ガンビア マンディング地方の成人儀礼、カンクラング ※ガンビア/セネガル共同 2005年 ギニア ニアガッソラに伝わる「ソッソ・バラ」の文化的空間 2001年 コートジボワール タグバナ民族集団の横吹きラッパの音楽 2001年 ザンビア マキシ仮面舞踊 2005年 チェワ族の仮面舞踊 ※ザンビア/マラウイ/モザンビーク共同 2005年 ジンバブエ ムベンデ/ジェルサレマ舞踊 2005年 セネガル マンディング地方の成人儀礼、カンクラング ※ガンビア/セネガル共同 2005年 中央アフリカ アカ・ピグミー族の伝統歌唱 2003年 ナイジェリア ナイジェリアのイファの占い 2005年 ベナン ゲレデーの口承遺産 2001年 マダガスカル ザフィマニリ民族集団の木彫技術 2003年 マラウイ マラウイ北部の呪術医の舞踊 2005年 チェワ族の仮面舞踊 ※ザンビア/マラウイ/モザンビーク共同 2005年 マ リ 放牧牛のニジェール川渡りの祭礼 2005年 モザンビーク チョピ族のティンビラ(木琴) 2005年 チェワ族の仮面舞踊 ※ザンビア/マラウイ/モザンビーク共同 2005年
アラブ諸国 7か国・地域、8件 イエメン サナアの歌 2003年 アルジェリア グララのアハッリル音楽 2005年 イラク イラーキー・マカーム音楽 2003年 エジプト アル・シラーの叙事詩 2003年 モロッコ ジェマ・エル・フナ広場の文化的空間 2001年 タンタンのムッセム(部族伝統の継承・披露祭) 2005年 ヨルダン ペトラとワジ・ルムのベドウィンの文化的空間 2005年 アラブ連盟教育文化科学機構による申請 パレスチナ民話の語り部 2005年
アジア 15か国、28件 インド サンスクリット劇、クーリヤーッタム 2001年 ヴェーダ詠唱の伝統 2003年 ラムリーラ:ラーマーヤナの伝統演劇 2005年 インドネシア ワヤンの人形芝居 2003年 インドネシアのクリス(短剣) 2005年 ウズベキスタン ボイスン地域の文化的空間 2001年 シャシュマカム音楽 ※ウズベキスタン/タジキスタン共同 2003年 カンボジア カンボジアの王家の舞踊 2003年 クメール影絵スバエク・トム 2005年 キルギスタン キルギスの叙事詩の語り部、アキンの技術 2003年 大韓民国 宗廟(チョンミョ)の王朝儀礼と儀礼音楽 2001年 パンソリの詠唱 2003年 江陵(カンヌン)端午祭(タノジェ) 2005年 タジキスタン シャシュマカム音楽 ※ウズベキスタン/タジキスタン共同 2003年 中 国 崑曲 2001年 古琴音楽 2003年 新疆ウイグルのムカーム芸術 2005年 モンゴル人の伝統的長歌民謡、オルティン・ドー ※中国/モンゴル共同 2005年 日 本 能楽 2001年 人形浄瑠璃文楽 2003年 歌舞伎 2005年 バングラデシュ バウルの歌唱 2005年 フィリピン イフガオ族のフドゥフドゥ詠歌 2001年 ラナオ湖周辺に住むマラナオ族のダランゲン叙事詩 2005年 ブータン ドラミツェの太鼓の仮面舞踊 2005年 ベトナム ベトナムの宮廷音楽、ニャー・ニャック 2003年 ベトナム中央高地のゴン文化の空間 2005年 マレーシア マヨン舞踊 2005年 モンゴル 馬頭琴の伝統音楽 2003年 モンゴル人の伝統的長歌民謡、オルティン・ドー ※中国/モンゴル共同 2005年
オセアニア 2か国、2件 トンガ トンガの舞踊と歌唱、ラカラカ 2003年 バヌアツ バヌアツの砂絵 2003年
ヨーロッパ 17か国、21件 アゼルバイジャン アゼルバイジャンのムガーム音楽 2003年 アルバニア アルバニアの多声民謡 2005年 アルメニア ドゥドゥク音楽 2005年 イタリア シチリア島のあやつり人形劇、プーピ・シチリアーニ 2001年 サルデーニャ島牧羊文化のア・テノーレ歌唱 2005年 エストニア キーヌ地方の文化的空間 2003年 バルト諸国の歌と踊りの祭典 ※エストニア/ラトビア/リトアニア共同 2003年 グルジア グルジアの多声音楽 2001年 スペイン エルチェの神秘劇 2001年 ベルガのパトゥム祭 2005年 スロバキア フヤラ、楽器とその演奏 2005年 チェコ スロバキア地方の新兵募集舞踊、ヴェルブンク 2005年 トルコ 大衆文学の語り部、メッダの技術 2003年 メヴレヴィ・セマーの儀礼 2005年 フランス ベルギーとフランスの巨人の行列、龍の行列 ※フランス/ベルギー共同 2005年 ブルガリア ショプ地方の歴史的な多声音楽・舞踊・儀礼、ビストリツァ・バビ 2005年 ベルギー バンシュのカーニバル 2003年 ベルギーとフランスの巨人の行列、龍の行列 ※フランス/ベルギー共同 2005年 ラトビア バルト諸国の歌と踊りの祭典 ※エストニア/ラトビア/リトアニア共同 2003年 リトアニア リトアニアの十字架工芸とその象徴 2001年 バルト諸国の歌と踊りの祭典 ※エストニア/ラトビア/リトアニア共同 2003年 ルーマニア カルーシュ舞踊 2005年 ロシア ロシア旧教徒の文化的空間と口承文化 2001年 ヤクート族の英雄叙事詩、オロンホ 2005年
北米 (なし)
中南米(ラテンアメリカ・カリブ海諸国) 13か国、17件 エクアドル サパラ族の口承遺産と文化表現 ※エクアドル/ペルー共同 2001年 キューバ オリエンテ地方の音楽、トゥンバ・フランセサ 2003年 グアテマラ ラビナル・アチ舞踊劇 2005年 コスタリカ コスタリカの牧牛と牛車の伝統 2005年 コロンビア バランキージャのカーニバル 2003年 パレンケ・デ・サン・バシリオの文化的空間 2005年 ジャマイカ ムーアタウンの逃亡奴隷の無形文化遺産 2003年 ドミニカ共和国 ビジャ・メージャに伝わるコンゴの聖霊親交団の文化的空間 2001年 黒人舞踊・演劇伝統 2005年 ニカラグア エル・グウェグウェンセ(風刺劇) 2005年 ブラジル ワジャピ族の口承と絵画芸術 2003年 レコンカヴォ・バイアノのサンバ・デ・ローダ 2005年 ベリーズ ガリフナ族の言語、舞踊、音楽 2001年 ペルー サパラ族の口承遺産と文化表現 ※エクアドル/ペルー共同 2001年 タキーレとその織物芸術 2005年 ボリビア オルロのカーニバル 2001年 カジャワヤのアンデスの世界観 2003年 メキシコ 死者にささげる土着の祭礼 2003年
これら無形文化遺産の中には世界遺産と関係しているものもあり、単に継承地が同じというものも含めて、「ジェマ・エル・フナ広場の文化的空間」 「サナアの歌」 「宗廟の王朝儀礼と儀礼音楽」 「イフガオ族のフドゥフドゥ詠歌」 「エルチェの神秘劇」 「バンシュのカーニバル」などがあります。一方、世界遺産の少ない国や1つも持っていない国からの登録も目立ち、上記のうちタジキスタン、キルギスタン、ブータン、トンガ、バヌアツ、ジャマイカの6か国は世界遺産のない国です。
作成 2001.11.03 改訂 2003.11.19 改訂 2005.11.30 修正 2005.12.17 執筆・浦に〜と