危機リスト審議履歴
危機迫る遺産と危機リストとの関連、記載する際に交わされた議論...
| ここではこれまでに「危機にさらされている世界遺産リスト」(以下、危機リスト)に記載されたり、記載を呼びかけられたりした遺産を、年を追って紹介します。危機リストの概要や記載方法、記載基準に関しては当方の“世界遺産概論”というコーナーにて紹介していますので、どうぞご参照下さい。 各遺産名の後ろの括弧内は、国名、世界遺産リスト登録年、分類(C=文化遺産、N=自然遺産、NC=複合遺産)を示しています。また本文は、世界遺産センターのHPで公開されている会議記録や遺産略記を要約したものであり、以下で示すものの中にはすでに危機が去ったものもあります。 |
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| コトルの自然および文化=歴史地域(ユーゴスラビア(現セルビア・モンテネグロ)、1979年
C) 危機リストに記載 ;地震による損壊のため、遺産保有国から依頼があり、委員会は危機リスト記載を決めた。1979年4月の地震はコトルの建築物のおよそ7割を倒壊させ、コトルは「危機にさらされている世界遺産リスト」記載第一号となった。直後にユネスコは専門家を派遣して、損壊の程度の査定と、コトルにある全部の建物の修復・再建援助を行なうとした。 2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| アシャンティの伝統建築(ガーナ、1980年 C) 危機リストへの記載の示唆 ;ICOMOSによる、この遺産は危機リストに記載されるべきだという勧告があったが、危機リスト記載にまでは至らなかった。 |
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| アンソニー島(カナダ、1981年
C) ※この遺産は2000年に名称変更され、「スカン・グアイ(アンソニー島)」となった 危機リストへの記載の示唆 ;杉材のトーテム・ポールは海からの潮風に侵されており、ICOMOSはこの遺産を危機リストに加えることを勧めた。しかし、記載にまでは至らなかった。 |
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| エルサレム旧市街とその城壁(ヨルダン推薦物件、1981年 C) 危機リストへの記載の示唆 ;ビューロー会議にて、この遺産を早急に世界遺産リストに登録し、同時に危機リストに記載することが言われた。しかし1981年には世界遺産リストに登録されただけで、危機リスト記載はならなかった。エルサレムは翌1982年、危機リストに記載されることになる。 |
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| エルサレム旧市街とその城壁(ヨルダン推薦物件、1981年 C) 危機リストに記載 ;すでに1981年、ICOMOSが急速な都市化を注意していたエルサレム。今回、制御されていない都市化、観光公害、維持管理費の不足など、「確認された危機」と「潜在的な危機」の2つが認められたため、危機リストに記載する。ユネスコは、エルサレムの多くの建築物や宗教的・文化的遺産の修復・保全の財政援助を行なった。 2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| タイ国立公園(コートジボワール、1982年
N) 危機リストへの記載の示唆 ;委員会は今回この遺産を世界遺産に登録するにあたって、コートジボワール当局に対し、危機リストへの記載も考査するように求めた。今回の危機リスト記載はならなかったものの、タイ国立公園の危機リスト記載の是非は今後何度もなされることになる。 |
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| 西タスマニア原生国立公園群(オーストラリア、1982年 N) ※この遺産は1989年に拡大登録され、複合遺産「タスマニア原生地域」となった 危機リストへの記載の示唆 ;ダム建設によって重要な自然・文化的価値を有した部分が水没する恐れがあり、委員会はオーストラリア当局に対し、資産の完全性を維持するあらゆる手立てを取るように言い、ダム建設問題が解決するまでこの遺産を危機リストに加えるよう提案した。しかしこの年の危機リスト記載はならなかった。 |
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| ガランバ国立公園(ザイール(現コンゴ民主共和国)、1980年
N) 危機リストへの記載の推薦 ;ガランバ国立公園内に棲息するいくつかの絶滅の危機にある生物を守るため、緊急援助が必要であることが、ザイール当局(当時)より求められた。この遺産の危機リスト記載は翌1984年になされる。 |
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| ンゴロンゴロ保全地域(タンザニア、1979年 N) 危機リストへの記載の推薦 ;保護区の管理の重大な不足がIUCNより伝えられた。委員会は、この遺産を危機リストに記載する準備を始めるようタンザニア当局に呼びかけた。この遺産の危機リスト記載は翌1984年になされる。 |
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| 西タスマニア原生国立公園群(オーストラリア、1982年 N) ※この遺産は1989年に拡大登録され、複合遺産「タスマニア原生地域」となった 危機リストへの記載の示唆; 1982年の会合で、委員会はオーストラリア当局に対し、タスマニア政府がこの地域内にダムを建設しようとしており、それに引き続く大規模な建設事業が遺産を危機にさらすことが懸念されるので、この遺産を危機リストに記載することを提案した。1983年の段階でオーストラリア当局は危機リストへの記載の推薦をしておらず、この遺産はその後も危機リストに記載されなかったが、ダム建設の危機は回避された。 |
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| ジュジ国立鳥類保護区(セネガル、1981年 N) 危機リストへの記載の示唆 ;1982年の会合において、委員会はセネガル当局に対し、この遺産を危機リストに記載することを提案した。この遺産の危機リスト記載は翌1984年になされる。 |
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| ジュジ国立鳥類保護区(セネガル、1981年 N) 危機リストに記載 ;この遺産の下流側にあるダム建設と、関連した脅威が懸念されるため、ジュジ国立鳥類保護区を危機リストに記載する。 その後世界遺産基金からの資金援助などもあって、早くも1985年の会合では 危機リストからの除外の声も上がるようになり、最終的に1988年、この遺産は危機リストより除外されることになる。 |
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| ンゴロンゴロ保全地域(タンザニア、1979年 N) 危機リストに記載 ;この遺産の保護状態は残念ながら下降気味で、最近タンザニア当局は危機リスト記載の要望に応じた。 その後、保護強化の財政的支援がなされることとなり、早くも1985年の会合では、危機リストからの除外の声も上がるようになった。最終的にこの遺産は1989年に危機リストより除外されることになる。 |
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| ガランバ国立公園(ザイール(現コンゴ民主共和国)、1980年
N) 危機リストに記載 ;シロサイの生息数が極めて危機的な状況にあり、現在15頭以下と思われる数は、絶滅の危機に瀕していることを意味している。委員会はこの遺産の危機リスト記載を決定した。 その後シロサイの生息数が増えたガランバ国立公園は、1992年、危機リストより除外されることとなる。 |
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| ヴィエリチカ塩坑(ポーランド、1978年
C) 危機リストへの記載の推薦 ;ポーランド当局により今回、危機リストへの記載推薦があった。しかし委員会は、地質学的情報が不十分な今のままでは遺産の危機に関して評価できないとし、今回の危機リスト記載は見送られた。 ヴィエリチカ塩坑は1989年、危機リストに記載されることになる。 |
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| アボメイの王宮(ベナン、1985年
C) 危機リストに記載 ;1984年の竜巻による大きな被害と、保存が急務であるために、委員会はこの遺産の危機リストへの登録を決めた。 1984年以来、この遺産の保護活動がはじめられている。1990年代後半には、世界遺産基金からの援助が遺跡保護に当てられ、また管理や職員の強化なども行なわれた。そしてベナン当局は、危機リストからの除外を目指して、法規制も強化している。 2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| タイ国立公園(コートジボワール、1982年
N) 危機リストへの記載の示唆 ;IUCNは、1982年および1984年の報告以来、この公園の状況が改善されていないことを指摘した。この遺産を危機リストに登録する準備も始まっており、記載される可能性がある。 |
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| イシュケウル国立公園(チュニジア、1980年 N) 危機リストへの記載の示唆 ;遺産の状態は悪く、IUCNは危機リストへの登録を要請したが、チュニジア当局は同意しなかった。その後も議論された末、イシュケウル国立公園は1996年、危機リストに記載されることとなる。 |
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| ジュジ国立鳥類保護区(セネガル、1981年 N) 危機リストからの除外の示唆 ;ジュジに接したモーリタニア側に国立公園を設け、最終的にジュジと共に2か国にまたがる世界遺産として推薦されることが決まった。こういった動きを受けてIUCNは、ジュジが1987年に、危機リストより除外されるかもしれないことを示した。 |
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| ンゴロンゴロ保全地域(タンザニア、1979年
N) 危機リストからの除外の示唆 ;1985年12月より、遺産の保護強化のための財務支援が行なわれる予定である。IUCNはこれを妥当なものとし、1987年にこの遺産が危機リストより除外されるかもしれないことを示した。 |
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| チャン・チャン遺跡地帯(ペルー、1986年 C) 危機リストに記載 ;潮風の浸食を受け、また盗難も相次ぐこの遺産の保護、回復、管理に関した適当な策を定めるようにし、もし適当な保護策が講じられなければ、発掘を停止するべきであると伝えられた。委員会はこの遺産を危機リストに記載した。 以来、世界遺産基金からの援助をともなって、保全や管理職員の研修、管理計画の準備などがなされている。 2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| ゴアの教会群や修道院群(インド、1986年 C) 危機リストへの記載の示唆 ;この建築群は雨水、虫害、湿気などにより危機にさらされており、危機リストへの登録を望むべくかもしれないと言われた。しかし結局、危機リスト記載にまでは至らなかった。 |
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| タイ国立公園(コートジボワール、1982年
N) 危機リストへの記載の示唆 ;IUCNの現地視察などから、コートジボワール当局は再度危機リストへの登録を準備するよう言われた。 |
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| カミ遺跡群国立記念碑(ジンバブエ、1986年 C) 危機リストへの記載の示唆 ;気候の影響や繁茂する植物によって遺跡の状況は重大な低下を示し、危機リストに登録するのが妥当かもしれないと示されたが、結局記載にまでは至らなかった。 |
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| セルース鳥獣保護区(タンザニア、1982年
N) 危機リストへの記載の示唆 ;象牙とサイの角の不法取引が行なわれていることが報告されたが、危機リスト記載にまでは至らなかった。 |
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| マナ・プールズ国立公園、サピ自然動物地区、チュオール自然動物地区(ジンバブエ、1984年 N) 危機リストへの記載の示唆 ;象牙とサイの角の不法取引が行なわれていることが報告されたが、危機リスト記載にまでは至らなかった。 |
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| バフラ城塞(オマーン、1987年
C) 危機リストへの記載の示唆 ;土の建築であるバフラ城塞の劣化により、委員会はオマーン当局に対し、この遺産の危機リストへの推薦を提案した。この年の危機リスト記載はならなかったが、バフラ城塞は1988年に危機リストに記載されることとなる。 |
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| イシュケウル国立公園(チュニジア、1980年 N) 危機リストへの記載の示唆 ;チュニジア当局はIUCNとビューロー会議による、危機リストへの登録提案に応じなかった。 やがてイシュケウル国立公園は、1996年、ダム建設などを理由に危機リストに記載されることとなる。 |
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| セルース鳥獣保護区(タンザニア、1982年
N) 危機リストへの記載の示唆 ;タンザニア当局はIUCNおよびビューロー会議による危機リストへの登録提案に応じず、この遺産は危機リストに記載されなかった。 |
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| マナ・プールズ国立公園、サピ自然動物地区、チュオール自然動物地区(ジンバブエ、1984年 N) 危機リストへの記載の示唆 ;密猟による深刻な危機がある。ジンバブエ当局はIUCNおよびビューロー会議による危機リストへの登録提案に応じず、この遺産は危機リストに記載されなかった。 |
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| ジュジ国立鳥類保護区(セネガル、1981年 N) 危機リストからの除外の示唆 ;状態は1986年にかなり改善され、IUCNは危機リストから除外するよう申出た。この遺産の危機リストからの除外は、翌1988年になされる。 |
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| ンゴロンゴロ保全地域(タンザニア、1979年
N) 危機リストからの除外の示唆 ;状態は1986年にかなり改善され、IUCNは今後2年以内に危機リストから除外するよう申出た。この遺産の危機リストからの除外は1989年になされる。 |
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| ジュジ国立鳥類保護区(セネガル、1981年 N) 危機リストより除外 ;資金援助もあって遺産の保全状態が改善されたので、危機リストより除外する。(危機リスト記載年:1984年) |
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| バフラ城塞(オマーン、1987年
C) 危機リストに記載 ;土の建築物の劣化により、オマーン当局の同意もあって危機リストに記載する。 1988年当時、バフラ城塞は保護の手が加えられておらず、それによって真正性が維持されていた。しかしそのために、毎年雨季後に相当量の城壁が崩壊し、金曜モスクの土台も1980年代に崩壊しているのが実際であった。いつまでも遺産の真正性を保つのではなく、適切な保護策を講じるのが必要であるとされ、危機リスト記載後より遺産の劣化防止策が行なわれ始めた。 2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| ヴィエリチカ塩坑(ポーランド、1978年
C) 危機リストへの記載の推薦 ;この資産の保存状態の情報はまだ無いので、委員会は次回のビューロー会議までに派遣団を送ることを求めた。故にこの年の危機リスト記載は見送られた。ヴィエリチカ塩坑は1989年、危機リストに加えられることとなる。 |
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| リオ・プラターノ生物圏保護区(ホンジュラス、1982年 N) 危機リストへの記載の示唆 ;IUCNの報告によれば、現在およそ5万人の難民が保護区内に流れ込んで来ており、この自然は極端に圧迫された状況にあるという。委員会はホンジュラス政府に対し、この資産の危機リストへの記載を考えるように言った。その後何年にもわたって議論がなされた末、リオ・プラターノ生物圏保護区は1996年、危機リストに記載されることとなる。 |
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| トンブクトゥ(マリ、1988年
C) 危機リストへの記載の示唆 ;旧市街への砂の侵入から、委員会はこの遺産を危機リストに記載することを考えるように言った。この年の危機リスト記載はならなかったが、しかし、トンブクトゥは1990年、危機リストに記載されることとなる。 |
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| ンゴロンゴロ保全地域(タンザニア、1979年
N) 危機リストからの除外の示唆 ;遺産の保全状態の改善が認められるものの、タンザニア政府は密猟が続いていることから危機リストへの記載を続けるように言った。委員会はこれを認め、この遺産を危機リストに留めるとしたが、1989年には危機リストより除外されるのが望ましいとした。 |
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| ンゴロンゴロ保全地域(タンザニア、1979年
N) 危機リストより除外 ;遺産の管理および保全の改良が見られたので、危機リストより除外する。(危機リスト記載年:1984年) |
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| ヴィエリチカ塩坑(ポーランド、1978年
C) 危機リストに記載 ;これまでポーランド当局より危機リストへの記載が求められてきたこの遺産を、今回の視察結果を考慮して、危機リストに記載する。 坑内の漏水が問題となっているヴィエリチカ、その除湿が完成された1998年、この遺産は危機リストより除外されることになる。 |
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| トンブクトゥ(マリ、1988年
C) 危機リストへの記載の示唆 ;マリ当局が望むなら、この遺産の調査を行ない、その結果によっては次回の会合で危機リストに推薦されるかもしれないと言われた。そしてトンブクトゥは翌1990年、危機リストに記載される。 |
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| ガランバ国立公園(ザイール(現コンゴ民主共和国)、1980年
N) 危機リストからの除外の示唆 ;シロサイ減少のため危機リストに加えられたこの遺産は、保護と管理の改善が行われた。生息数の回復も見込まれたため、1990年には危機リストから除外するようザイール当局(当時)は希望した。 |
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| トンブクトゥ(マリ、1988年
C) 危機リストに記載 ;砂漠化の脅威のため、委員会はこの遺産を危機リストに加えることを決めた。その後遺産の保護対策がとられ始めたものの、2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| タイ国立公園(コートジボワール、1982年
N) 危機リストへの記載の示唆 ;相当量の密猟が報告されており、事務局はコートジボワール当局に対し、危機リストへの記載を促した。しかし結局記載されなかった。 |
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| マナス野生生物保護区(インド、1985年 N) 危機リストへの記載の示唆 ;ボードー族の侵入と、植物の伐採や動物の狩猟が確認されたので、事務局はインド政府に対し、危機リストへの記載を促した。この年の記載はならなかったが、マナスは1992年、危機リストに記載されることになる。 |
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| ロイヤル・チトワン国立公園(ネパール、1984年 N) 危機リストへの記載の示唆 ;Rapti川の流れの75%を変える灌漑計画による影響が心配される。事務局はネパール政府に対し、危機リストへの記載を促した。委員会では、アジア開発基金とネパール政府によってこの件が再調査されて、環境への影響を最小限に抑えるよう修正される可能性が示された。この遺産は結局、危機リストに記載されなかった。 |
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| リオ・プラターノ生物圏保護区(ホンジュラス、1982年 N) 危機リストへの記載の推薦 ;ホンジュラス当局はこの遺産の危機リストへの記載を推薦した。しかし今回の委員会では、記載決定にまで至らなかった。その後も記載の議論がなされた末、リオ・プラターノは1996年、危機リストに記載されることとなる。 |
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| 銅緑山(トンリュイシャン)(中国、世界遺産リスト未登録) 危機リストへの記載の示唆 ;銅緑山の世界遺産リスト登録申請に際し中国当局は、危機リストへの掲載も考慮して、この遺産の保全を世界遺産基金に拠りたいと要請した。なお銅緑山は2002年7月現在、世界遺産リストに登録されていない。 |
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| ガランバ国立公園(ザイール(現コンゴ民主共和国)、1980年
N) 危機リストからの除外の示唆 ;この遺産の状況はかなり改善されており、ザイール当局(当時)はこの遺産の危機リストからの除外を準備している。委員会は今後も遺産の保全状況を伝えるよう、ザイール当局に言った。 |
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| ドゥブロヴニク旧市街(クロアチア、1979年 C) 危機リストに記載 ;武力闘争による脅威のため、委員会はこの遺産を危機リストに記載した。 内戦終結後ドゥブロヴニクは修復活動が行なわれ、1998年には危機リストより除外されることとなる。 |
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| マナス野生生物保護区(インド、1985年 N) 危機リストへの記載の推薦 ;この遺産は1989年のボードー族の侵入という脅威により、危機リストへの登録が推薦されている。形式的な要請を待って、1992年には危機リストに記載されるだろうと言われた。そして実際、1992年に危機リストに記載されることになる。 |
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| ウッド・バッファロー国立公園(カナダ、1984年 N) 危機リストへの記載の示唆 ;ブルセラ病(伝染病)と結核の感染により、公園内のバイソンの数は3200頭にまで減っている。カナダのNGOは、この遺産は危機リストへの記載に値するとした。しかしながら事務局は、カナダ政府が遺産の保持のため適当な策をとっていることを認め、危機リストには記載しないとした。 |
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| ドゥルミトル国立公園(ユーゴスラビア(現セルビア・モンテネグロ)、1980年
N) 危機リストへの記載の示唆 ;この遺産がダム建設計画によって危機に瀕しているという情報が入っている。次回の会合でユーゴスラビア当局(当時)が、深刻な危機が迫っているとする情報を提示するならば、この遺産を危機リストに記載する要求が出るだろう。しかし結局、ドゥルミトル国立公園は聞きリストに記載されなかった。 |
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| スレバルナ自然保護区(ブルガリア、1983年 N) 危機リストへの記載の示唆 ;委員会は、湿地の乾燥化にもつながる上流の開発計画、遺産のすぐ近くにあるブタ飼育場との衝突、野生イノシシの増加などの問題を認めた。そしてブルガリアの環境省(Ministry of Environment)に、この遺産の危機リスト記載を提案した。この遺産の危機リスト記載は、翌1992年になされる。 |
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| タラマンカ地方=ラ・アミスター保護区群(コスタリカ/パナマ、1983/1990年 N) 危機リストへの記載の示唆 ;公園内で石油探査が行なわれる可能性から、危機リストへの記載が提案された。しかし記載はなされなかった。 |
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| ニンバ山厳正自然保護区(ギニア/コートジボワール、1981/1982年
N) 危機リストへの記載の示唆 ;この遺産は鉄鉱石の採掘計画など、さまざまな重大危機に直面している。委員会はギニア政府とコートジボワール政府に対し、危機リストへの記載準備をするように言った。この遺産の危機リスト記載は、翌1992年になされる。 |
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| ガランバ国立公園(ザイール(現コンゴ民主共和国)、1980年
N) 危機リストからの除外の示唆 ;公園内でのサイ個体数は増加しており、管理体制と予算もおおむね改善されている。密猟も沈静化されていて、この遺産は次回会合までに危機リストから除外されるだろうと伝えられた。 |
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| ガランバ国立公園(ザイール(現コンゴ民主共和国)、1980年
N) 危機リストより除外 ;状態の改善と維持が見られたので、危機リストから除外する。(危機リスト記載年:1984年) |
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| スレバルナ自然保護区(ブルガリア、1983年 N) 危機リストに記載 ;この遺産は狭く(6平方km)、その生態系の維持能力が失われている。更にビューロー会議では、この遺産を世界遺産から登録除外することも考えられると言われていた。ブルガリア政府の依頼のため、危機リストに記載する。 その後、農業活動の停止や水利管理によって、小規模ながらダルマチア・ペリカンのコロニーが再び観察されるようになってきた。遺産の完全性も回復が見られ、1990年代後半には危機リストからの除外の声も上がってきた。2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままであるが、危機リストからの除外の日も近いものと思われる。 |
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| アンコール(カンボジア、1992年
C) 危機リストに記載 ;市民暴動や武装集団による包囲、また彫像の盗難もなされるがまま放置されていて、迅速かつ効果的な保全が必要とされたため、委員会はこの遺産を危機リストに記載することを決めた。 遺産の保護については、十分な職員の導入、緩衝地帯の設置、保護法の制定など、さまざまな努力が試みられているものの、2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| プリトヴィチェ湖群国立公園(クロアチア、1979年 N) 危機リストに記載 ;1991年にこの地で戦争が突発し、今後も再発する恐れがあるため、委員会はこの遺産の危機リスト記載を決めた。クロアチア政府からも記載の依頼があった。 内戦終了と共に潜在的な危機は去り、公園の管理も安定が認められて、この遺産は1997年に危機リストより除外されることとなる。 |
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| サンガイ国立公園(エクアドル、1983年
N) 危機リストに記載 ;IUCNの報告によると、サンガイ国立公園ではかなりの密猟がなされており、また不法な家畜放牧や無計画の道路建造(グアモテ・マカス道路)がなされているという。当事国からの依頼はないが、委員会はこの遺産の危機リスト記載を決定した。 しかしその後も道路建設計画は存在し続けている。もし止めなければ、この自然に消すことの出来ない爪跡を残すことになるだろう。道路建設はダイナマイトの使用や、生態系の分断といった直接的な危機をもたらすだけでなく、完成後には新たな住民の入植や密猟の増加も予想されていて、潜在的な危機も有している。計画の緩和策についても話されているが、2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| ニンバ山厳正自然保護区(ギニア/コートジボワール、1981/1982年
N) 危機リストに記載 ;鉄鉱石の採鉱と、ギニア側の遺産内およびその周辺への難民の流入という2つの要因から、当事国からの依頼はないものの、委員会はこの遺産の危機リスト記載を決定した。 その後遺産の管理センターが設置され、水質調査などを行なっている。2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| マナス野生生物保護区(インド、1985年 N) 危機リストに記載 ;IUCNの報告によれば、この地域は独立運動中のボードー族の兵士に占領されたまま解放されておらず、また保護区内にまで耕作地が拡張されている。委員会は過去3年間、保全の報告を提出するようインド政府に繰り返し求めてきたものの、それは叶えられていない。故に、当事国からの依頼は無くても、委員会はこの遺産の危機リスト記載を決定した。 ボードー族の占拠によってここの保護体制は甚大な被害を被り、1989年から1992年までの3年間では、33頭のインドサイが密猟されるなど、多くの野生生物で生息数の減少が確認されている。インド政府とアッサム州(マナス保護区が位置する自治体)、保護区当局の間で遺産修復計画が作成され、1997年より実施されるようになった。そして保護区や周辺の状況は改善されたが、一方で、ボードー族の動乱はまだ収まっておらず、しばしば保護区内に乱入することもある。2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| アイル・テネレ自然保護区(ニジェール、1991年 N) 危機リストに記載 ;委員会は、保護区職員の数名が人質として捕らえられるなど、この遺産地域での市民暴動について述べ、ニジェール政府の同意もあることから、この遺産を危機リストに記載するとした。 その後1995年に平和協定が結ばれ、また1998年の実地調査では、多くの野生動物の回復が認められた。しかし一部の動物では密猟が続けられていたり、保護区内のある地域では完全性に問題があるなど、2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままとなっている。 |
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| エヴァーグレーズ国立公園(アメリカ合衆国、1979年 N) 危機リストへの記載の示唆 ;アメリカ合衆国代表者により、1992年8月24日に上陸したハリケーン・アンドリューによって、この公園内の動植物が多大な被害を受けたことが報告された。その他人為的要因による水位低下など深刻な危機が迫っており、IUCNはこの遺産の危機リスト記載の可能性を指摘した。実際エヴァーグレーズ国立公園は翌1993年に危機リストに記載されることとなる。 |
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| エヴァーグレーズ国立公園(アメリカ合衆国、1979年 N) 危機リストに記載 ;農薬や水銀の毒、また洪水対策によって生じた湿原の水位低下など、エヴァーグレーズの自然状態はあまりよくない。加えて、1992年のハリケーン・アンドリューによって湿原の生態系は損害を受けた。遺産の保全報告によって、この遺産は危機リストに記載される。 その後、およそ1000平方kmを国立公園に追加するなどの方策が採られているものの、2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| ンゴロンゴロ保全地域(タンザニア、1979年 N) 危機リストへの記載の示唆 ;地元民と保全との関係を緩和するため、限られた土地での農耕は認められているけれども、新たな耕作地が与える影響などが考査されている。しかし結局、ンゴロンゴロは危機リストに記載されなかった。 |
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| ヴィルンガ国立公園(ザイール(現コンゴ民主共和国)、1979年
N) 危機リストへの記載の示唆 ;最近の政治不安によって、WWFを除くザイールの全ての寄付者がこの公園の支援を止めた。それによって、伐採、密猟、農業拡大、Idi Amin湖での過大漁業が引き起こされている。事務局は、IUCNとWWFの現地視察によってこれとは反対の証言が出されない限りは、この遺産を危機リストに記載するとした。そして翌1994年、ヴィルンガは危機リストに記載されることとなる。 |
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| カトマンズ盆地(ネパール、1979年
C) 危機リストへの記載の示唆 ;アメリカ合衆国の代表者は、弱い法制度と不充分な保護策のために、カトマンズ盆地の歴史的建築群の破壊や価値の低下が進行中であるということを委員会に告げ、危機リストへの記載を提案した。ネパールの使者は、この遺産は重大な危機に瀕しているものの、ネパール政府は保全の改良に努めており、危機リストへ記載するほどではないとした。結局この年の危機リスト記載はならなかったが、今後も数年にわたって、カトマンズ盆地の危機リスト記載に関する議論が繰り返されることとなる。 |
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| ヴィルンガ国立公園(ザイール(現コンゴ民主共和国)、1979年
N) 危機リストに記載 ;ルワンダ難民の流入によって深刻な脅威が公園で生じている。森林資源を燃料とするための伐採は、広範囲にわたる森林の枯渇を引き起こした。幸いにもマウンテンゴリラの生息域では、これまで人口の増加が見られないというけれど、委員会はこの遺産の危機リスト記載を決めた。 脅威に面する遺産を改善するため、技術的協力なども施されているものの、2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| カトマンズ盆地(ネパール、1979年
C) 危機リストへの記載の示唆 ;1993年11月のユネスコ・ICOMOS共同会合において、「カトマンズ盆地を危機リストに記載して保全を促し、1〜3年後に危機リストより除外してはどうか」とネパール当局に薦めるとする結論が出た事が伝えられた。 |
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| ガラパゴス海洋保護区(エクアドル、1994年当時は世界遺産リストに登録されておらず、2001年に既登録の「ガラパゴス諸島」の拡大物件として、登録が認められた
N) 危機リストへの記載の示唆 ;ガラパゴスでは、漁の過多と不法漁業、人口増加、陸上・海域双方で行なわれる観光、不適切な管理、そして外来動植物の侵入による脅威といった問題が生じている。これらによって、保護の法施行や海域の資源使用の調査などが呼びかけられた。ガラパゴス海洋保護区が世界遺産リストに登録されると同時に、危機リストにも記載される可能性があると言われている。その後も数年間、ガラパゴス諸島の範囲拡大や危機リスト記載について議論されることとなる。 |
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| メンフィスとその墓地遺跡=ギザからダハシュールまでのピラミッド地域(エジプト、1979年 C) 危機リストへの記載の示唆 ;遺産地域を横切る幹線道路が建設中であり、緩衝地帯内では宿泊施設の建設もされている。更に登録地域内への新たな軍事基地の侵入、そしてターマテック舗装道の建造といった問題がある。委員会はエジプト政府に対し、直ちにこれらの活動を停止させ、損壊を受けた部分を修復する策を取るように言った。そして次回の会合までに、危機リストへ記載すべきかどうかの審査と討議をするべきであるとした。しかしこの遺産は、危機リストに記載されなかった。 |
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| スレバルナ自然保護区(ブルガリア、1983年
N) 危機リストからの除外の示唆 ;委員会は、ビューロー会議で決定した、1995年までに保護に関する詳細な報告を提出するべきであるという点を確認し、この遺産が危機リストから除外されるであろうことも留意した。しかしそれは叶えられず、2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| イエローストーン(アメリカ合衆国、1978年
N) 危機リストに記載 ;イエローストーンのすぐ近くで起きた採掘計画によって、遺産が危機にさらされると思われ、「確認された危機」と「潜在的な危機」の2つがあるため、このサイトを危機リストに記載する。 その後改善策が講じられるも、2002年7月現在、イエローストーンは危機リストに記載されたままである。 |
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| ガラパゴス諸島(エクアドル、1978年
N) 危機リストへの記載の示唆 ;IUCNは、外来生物の侵入と人口増加という2つの危機を考慮し、ガラパゴス諸島は危機リストに記載されるのが望ましいとした。しかしこの年の危機リスト記載はならなかった。 |
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| リオ・プラターノ生物圏保護区(ホンジュラス、1982年 N) 危機リストへの記載の示唆 ;コスタリカにあるIUCNの支部により、この遺産のかかえる脅威と、危機リスト記載も含めた11の改善策が示された。そしてリオ・プラターノ生物圏保護区は翌1996年、危機リストに記載されることとなる。 |
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| ガランバ国立公園(ザイール(現コンゴ民主共和国)、1980年
N) 危機リストに記載(2度目) ;1984年から1992年まで危機リストに記載されていたガランバ国立公園。1996年4月、この公園内で2頭のキタシロサイ(成体メスと成体オス)が殺害されたという報告を受けた委員会は、この遺産の危機リスト記載を決めた。 2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| シミエン国立公園(エチオピア、1978年
N) 危機リストに記載 ;ワリアアイベックスの生息数は低下しており、それ以外の動物(ブッシュバック, Simen fox, bushpigなど)もその数は極端に稀少である。また道路建設や人口増加によって更に脅威が増しており、委員会ははこの遺産の危機リスト記載を決めた。 その後、国と地域での公園保存に関する談合が行なわれるなど、保護活動は前進を見せるものの、2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| リオ・プラターノ生物圏保護区(ホンジュラス、1982年 N) 危機リストに記載 ;農地の拡大、高値で取引できる木材の持出し、商業的な密猟などが見られる。今回、改善策の一つとして掲げられてきた危機リスト記載を実行する。 2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| イシュケウル国立公園(チュニジア、1980年 N) 危機リストに記載 ;ダム建設が、イシュケウル国立公園の湿原としての価値を完全に無くしたという報告がIUCNからあった。淡水の流入が制限されたイシュケウル湖や沼沢地では塩分濃度が増加し、水草が減り、もはや多くの渡鳥が立寄る湿地ではなくなっている。IUCNの報告によると、いくつかの渡鳥が既に観察されなくなっていると言うし、委員会はこの遺産の危機リスト記載を決めた。 チュニジア政府は淡水を戻すポンプの設置など改善策を試みているようだが、2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| ガラパゴス諸島(エクアドル、1978年
N) 危機リストへの記載の示唆 ;ガラパゴス諸島の危機リスト記載に関する討議にて、次のような要求が出された。1997年の会合までに、エクアドル当局が、効果的な保護策の見込みがあると報告できない場合、この遺産を危機リストに記載する。 |
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| ポツダムとベルリンの公園群や宮殿群(ドイツ、1990/1992年 C) 危機リストへの記載の示唆 ;都市計画や建設などによる重大な脅威があり、この建築物群は危機に瀕している。危機リストへの記載が望ましいという報告もあった。委員会はドイツ政府による、脅威を除くための計画を行なっているという報告を確認した。もし1997年の会合でも上記の点が改善されていなければ、この遺産を危機リストに記載する。 |
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| イエローストーン(アメリカ合衆国、1978年
N) 危機リストからの除外の示唆 ;アメリカ合衆国政府により、保全の事が予定通りに進めば、危機リストからの除外を考慮すべきと言われた。しかしイエローストーンは2002年7月現在、危機リストに記載されたままとなっている。 |
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| ドゥブロヴニク旧市街(クロアチア、1979/1994年
C) 危機リストからの除外の示唆 ;委員会は、この遺産の危機リストからの除外に関する考査を行なうための情報を、1997年の会合までに提示するよう当事国に伝えた。 この遺産は1998年に危機リストより除外されることとなる。 |
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| プリトヴィチェ湖群国立公園(クロアチア、1979年
N) 危機リストより除外 ;公園がちゃんと管理されて多くの来訪者を受入れていること、新たな下水システムが間もなく起動されることなどが報告されたため、委員会はこの遺産を危機リストから除外することを決めた。(危機リスト記載年:1992年) |
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| オカピ野生生物保護区(コンゴ民主共和国、1996年 N) 危機リストに記載 ;1997年のコンゴ民主共和国東部での武力抗争によって、公園スタッフが逃走し、施設が略奪され、数頭のアフリカゾウが殺されたという報告がある。国民による不法な金の採掘が行なわれているとの情報もある。委員会はこの遺産の危機リスト記載を決めた。 2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| カフジ=ビエガ国立公園(コンゴ民主共和国、1980年 N) 危機リストに記載 ;難民の流入や軍隊の潜伏という重大な問題がある。公園施設の破壊、スタッフの逃走、公園内での焚き火、密猟の増加、樹木伐採などが報告された。 2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| マノヴォ=グンダ・サン・フローリス国立公園(中央アフリカ、1988年 N) 危機リストに記載 ;委員会は武装グループによる密猟が抑制されていないことや、1997年初頭だけでも4人の公園スタッフが殺害されたことを心配した。IUCNによると、公園内の多くの野生生物が商売用に狩られているようであり、委員会はこの遺産の危機リスト記載を決定した。 その後、遺産の保全状況の詳細提示や構成計画が委員会により求められるようになった。2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| ブトリント(アルバニア、1992年
C) 危機リストに記載 ;1997年の市民抗争によって美術館陳列の考古物が略奪された。幸いにも遺跡そのものに深刻な危機は見られないけれども、十分な保護・管理法の欠如によって、委員会はこの遺産を危機リストに記載することを決めた。 2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| ポツダムとベルリンの公園群や宮殿群(ドイツ、1990/1992年 C) 危機リストへの記載の示唆 ;都市改造や新建築の建設などにより、ポツダムの歴史地区および文化的景観への影響が懸念される。委員会は状況がかなり改良されたことを認めたが、問題は引き続いているとした。この遺産の危機リスト記載についての決定は見送られ、その後も危機リストには記載されていない。 |
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| カトマンズ盆地(ネパール、1979年
C) 危機リストへの記載の示唆 ;カトマンズの建築物地域の質の低下は引き続いている。委員会はこの遺産の危機リスト記載については、1998年の会合にて考慮するとした。 |
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| ジャー動物相保護区(カメルーン、1987年
N) 危機リストへの記載の示唆 ;新たな幹線道路の開通は密猟者を保護区内に近づけ、また林業関係者による伐採が保護区のすぐ隣にまで迫っている。委員会はIUCNなどに対し、次回の会合までにこの遺産を危機リストに記載すべきかどうか議論するように言った。結局、この遺産は危機リストに記載されていない。 |
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| アイル・テネレ自然保護区(ニジェール、1991年
N) 危機リストからの除外の示唆 ;ニジェール代表者は、この遺産の保全状況はかなり改善されていて、危機リストから除外される可能性があり、また1997年秋までに現地調査がなされることを示した。しかし調査は時間的問題から行なわれず、委員会は、より多くの情報が提供されるまで、この遺産を危機リストに留めることを決めた。 |
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| ヴィエリチカ塩坑(ポーランド、1978年
C) 危機リストより除外 ;塩坑内の除湿がなされたため、この遺産は危機リストより除外される。(危機リスト記載年:1989年) |
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| ドゥブロヴニク旧市街(クロアチア、1979/1994年
C) 危機リストより除外 ;クロアチア政府が提出した保護報告や、修復活動の着手の通知があり、この遺産は危機リストより除外される。(危機リスト記載年:1991年) |
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| バイカル湖(ロシア、1996年
N) 危機リストへの記載の示唆 ;未解決な法的地位問題、増大しつつある汚染、管理・監視の財源不足、伐採やその他の悪影響が、ロシアのオブサーバーによって示された。そして彼は深刻な脅威の下で、ロシア政府はバイカル湖の危機リスト記載を阻止するべきではないとした。しかしIUCNは、現在のところ危機リストに記載する必要はないと言った。 |
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| カナイマ国立公園(ベネズエラ、1994年
N) 危機リストへの記載の示唆 ;公園内を横切る送電線建設によって、遺産の完全性が脅かされることが懸念されている。危機リストへの登録可否は1999年の会合にて審議されると言われたが、結局この遺産は危機リストに記載されていない。 |
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| カカドゥ国立公園(オーストラリア、1981/1987/1992年
NC) 危機リストへの記載の示唆 ;公園内でのJabilukaウラン鉱の建設計画によって、この遺産に脅威が迫っている。先住民などからこの遺産を危機リストに記載するよう求められており、危機リスト記載の決定に関しては、1999年の会合にて審議するとした。 |
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| カトマンズ盆地(ネパール、1979年
C) 危機リストへの記載の示唆 ;委員会は、カトマンズの自治体による、遺産の歴史的重要性を損なうような不法な取壊しや不適当な新築を行なわないことを住民に自覚させることを認め、この遺産の危機リスト記載を1999年の会合まで見送るとした。 |
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| ガラパゴス諸島(エクアドル、1978年
N) 危機リストに記載しない ;1994年以来危機リストへの記載が求められてきたガラパゴス諸島だが、最終的に、ガラパゴスの特別保護法が施行されたため、これは危機リストに記載する必要はないとされた。 |
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| ハンピの建造物群(インド、1986年
C) 危機リストへの記載 ;ハンピの考古的保全地域内での2つの吊り橋建設のため、この遺産は危機リストに記載される。 2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| ルウェンゾリ山地国立公園(ウガンダ、1994年 N) 危機リストへの記載 ;委員会は、財源の欠如や安全性の問題があることを留意し、公園の大部分がスタッフの監視下にない状況であることを示した。委員会はこの遺産の危機リスト記載を決めた。 2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| サロンガ国立公園(コンゴ民主共和国、1994年
N) 危機リストへの記載 ;密猟や不法侵入によって、脅威の度合いが著しく高まっている。また保存・管理の財源も探す必要があり、委員会はこの遺産の危機リスト記載を決めた。 2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| イグアス国立公園(ブラジル、1986年
N) 危機リストへの記載 ;道路建設の撤回および環境回復計画に関した、満足のいく体制が示されていないので、委員会はこの遺産の危機リスト記載を決めた。 この遺産は2001年に危機リストより除外されることとなる。 |
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| ロス・カティオス国立公園(コロンビア、1994年 N) 危機リストへの記載の示唆 ;IUCNは、武力抗争による公園の荒廃のため、この遺産を危機リストに記載すべきだとした。コロンビア政府は、公園職員の安全対策や管理の再開も見込まれていることを理由に、この遺産の危機リスト記載を支持しなかった。 |
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| エル・ビスカイノのクジラ保護区(メキシコ、1993年 N) 危機リストへの記載の示唆 ;かつて塩の生産工場の建設が提案された時、当事国政府は科学委員会を設置し、遺産の完全性を保つ為にこの計画を回避したことがある。ところがこの計画が再び持ち上がっており、いくつかの保全団体が危機リストへの記載を呼びかけている。しかしIUCNの現地視察の結果から、現段階では危機リストへの記載はされないと伝えられた。 |
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| バイカル湖(ロシア、1996年
N) 危機リストへの記載の示唆 ;ロシア代表者のオブサーバーによって、未解決の法的地位、今も続く汚染、管理・監視の財源不足、伐採やその他の脅威が示されたが、IUCNは現段階では危機リストに記載するべきではないとした。 |
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| カカドゥ国立公園(オーストラリア、1981/1987/1992年
NC) 危機リストへの記載の示唆 ;この遺産を危機リストに掲載することを求める声明が、世界中の個人や団体から来ている。しかし結局、カカドゥ国立公園は危機リストに記載されなかった。 |
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| コナラクの太陽神寺院(インド、1984年 C) 危機リストへの記載の示唆 ;石の建築物の劣化と崩落が伝えられている。しかしこの時点では危機リスト記載に関しての詳細までは伝わっておらず、委員会はICOMOSなどに対し、次回会合までにインド政府の動きを明らかにするように求めた。 |
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| カトマンズ盆地(ネパール、1979年
C) 危機リストへの記載の示唆 ;この遺産の危機リスト記載は以前より言われてきたことで、長らく先延ばしにされてきた。委員会は資産内に歴史的建築物を保持し、不法な新築や建物の修理を正すことを求めた。記載の決定は今一度延期され、2000年の会合にて審議される。 |
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| コモエ国立公園(コートジボワール、1983年
N) 危機リストへの記載の示唆 ;不法な伐採行為が遺産の完全性を脅かしている。委員会は危機を和らげる策を取るよう求め、また危機リストへの記載も考慮するよう、コートジボワール当局に告げた。しかし結局、この遺産は危機リストに記載されなかった。 |
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| ラホール城塞とシャリマール庭園(パキスタン、1981年 C) 危機リストへの記載の示唆 ;375年前に建造されたシャリマール庭園の水力タンクが、道路拡張によって破壊されてしまった。今回の危機リスト記載は見送られたが、翌2000年にこの遺産は危機リストに記載されることとなる。 |
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| タキシラ(パキスタン、1980年
C) 危機リストへの記載の示唆 ;タキシラの遺産内にあるビール・マウンド遺跡上への、フットボールスタジアム建設が伝えられた。この遺産の危機リスト記載の是非に関しては、2000年の会合にて審議される。 |
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| バフラ城塞(オマーン、1987年 C) 危機リストからの除外の示唆 ;5年間の保護計画が準備されている。このことは今後2年以内に、この遺産の危機リスト除外につながると目されている。2002年7月現在、バフラ城塞はまだ危機リストに記載されたままとなっている。 |
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| 古都ザビド(イエメン、1993年
C) 危機リストへの記載 ;現在、都市の保全は不十分極まりなく、現地視察によって重大な劣化が認められた。およそ40%の住居がコンクリートのビルに置き換わっていて、それ以外の住居やスーク(市場)も状態は良くない。委員会はこの遺産を危機リストに記載することを決めた。 2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| ジュジ国立鳥類保護区(セネガル、1981年 N) 危機リストへの記載(2度目) ;ジュジ国立鳥類保護区は1984年から1988年まで、危機リストに記載されていた。今回、水生植物(Salvinia molesta)の侵入という危機にさらされていることと、南アフリカ産の甲虫を放しての生物的駆除法も不充分であることから、委員会は作業を容易にし経済的援助を求めるため、危機リストへの記載を決定した。 2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| ラホール城塞とシャリマール庭園(パキスタン、1981年 C) 危機リストへの記載 ;庭園に水を供給する375年前に建設されたタンクが、庭園の南を走る道路の拡張によって、1999年に破壊された。庭園周囲の城壁もまた状態は良くない。委員会はこの遺産を危機リストに記載した。 2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| カトマンズ盆地(ネパール、1979年
C) 危機リストへの記載の示唆 ;カトマンズ盆地の危機リスト記載は1993年以降先延ばしにされてきている。委員会は、ネパール当局が危機リストの実質的な目的を持っていないことに失望していると述べた。更に委員会は、カトマンズ盆地の危機状況評価などを考査する必要があり、この遺産の危機リスト記載を今一度延期するとした。 |
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| タキシラ(パキスタン、1980年
C) 危機リストへの記載の示唆 ;タキシラのビール・マウンド遺跡上へのスタジアム建設による脅威を和らげるための必要策を考えるよう、委員会はパキスタン当局に言った。そして2001年の会合において、この遺産を危機リストに推薦することを考えるようにも言った。 |
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| フエの建造物群(ベトナム、1993年
C) 危機リストへの記載の示唆 ;1999年の秋、フエを猛烈な豪雨が襲い、そして19世紀以降の記録にある中で最大規模の洪水が引き起こされた。フエの建築物群に関しては、特にフオン左岸での腐食や、将来起こるであろう洪水に備えての堤防の強化が必要であるなどと伝えられている。とりあえずはICOMOSによる、修復活動や危機リストへの記載の必要性の評価を待つ。 |
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| コナラクの太陽神寺院(インド、1984年 C) 危機リストに記載しない ;1999年の会合で指摘されたコナラクの太陽神寺院の劣化に対し、ICOMOSによる「この建築物は不安定であるが、即時の危機は確認できないので危機リストには記載しない」という評価が伝えられた。 |
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| スレバルナ自然保護区(ブルガリア、1983年
N) 危機リストからの除外の示唆 ;遺産の状況改善と、管理や取決めが設定されたので、この遺産の危機リストからの除外も義認されている。しかしIUCNは、当事国によって提示された回復運動の結果を評価するための遺産調査が行なわれるまで危機リストに留めるよう、委員会に求めた。 |
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| アイル・テネレ自然保護区(ニジェール、1991年
N) 危機リストからの除外の示唆 ;危機が緩和したかの評価など、この遺産の危機リストからの除外の考査は、次回の会合にてなされるだろう。 |
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| イグアス国立公園(ブラジル、1986年
N) 危機リストより除外 ;この遺産は自然保護上好ましくない道路の存在から危機リストに記載されたが、ブラジル政府が道路閉鎖したため、危機リストより除外できる。(危機リスト記載年:1999年) |
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| フィリピンの山地の棚田群(フィリピン、1995年 C) 危機リストへの記載 ;組織的な監視計画もしくは包括的な管理計画がない。いまやこの景観の保存・維持がまったく保証されていない状況であり、危機遺産リストに記載する。 2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| アブ・メナ(エジプト、1979年
C) 危機リストへの記載 ;もともと粘土質の土壌だったため、遺跡の建築物群が支えられていたが、付近の農業干拓によって地下水面が上昇し、地盤が不安定になっている。遺跡の崩壊の危機があるため、危機遺産リストに記載する。 2002年7月現在、この遺産は危機リストに記載されたままである。 |
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| カムチャツカの火山群(ロシア、1996年、2001年 N) 危機リストへの記載の示唆 ;委員会はビストリンスキー自然公園に関して、金鉱操業と世界遺産登録地に関連する報告を留意。委員会はロシア当局などに対して、保全状態の確認を依頼し、場合によっては危機リストに記載することになるか確認するよう依頼した。 |
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| アイット・ベン・ハドゥの集落(モロッコ、1987年 C) 危機リストへの記載の示唆 ;委員会は提示されている書類によって、この遺産の保全状態を調査した。またビューロー会議によって危機リスト記載の可能性が示唆されたことにも留意。しかし記載にまでは至っていない。 |
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| カトマンズ盆地(ネパール、1979年
C) 危機リストへの記載の示唆 ;歴史的都市構造の劣化、また公共建築周辺にある伝統的建築物の損失があり、この遺産の唯一性は徐々に失われつつある。しかしネパール当局による強い要望によって、危機リスト記載の決定は2002年まで延期する。 |
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| ティパサ(アルジェリア、1982年
C) 危機リストへの記載 ;遺産保護の法的不備? |
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| ジャームのミナレットと考古遺跡群(アフガニスタン、2002年 C) 危機リストへの記載 ;遺跡周辺では内戦混乱時代の盗掘の跡も見られ、緊急的な保護策をとる必要がある。 |
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| バイカル湖(ロシア、1996年
N) 危機リストへの記載の示唆 ;製紙工場の問題や、自然保護法などの進展が見られない点から、遺産は汚染による危機を向かえつつある。 |
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| ピリン国立公園(ブルガリア、1983年
N) 危機リストへの記載の示唆 ;ユネスコとIUCNの報告によると、この遺産の完全性を侵すような潜在的危機がいくつもあるという。例えばそれは境界線の問題、管理計画の欠損、森林中における新たなスキー開発である。しかしこの遺産の危機リスト記載に関しては2003年の会合まで延期する。 |
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| パハールプールの仏教寺院遺跡群(バングラデシュ、1985年 C) 危機リストへの記載の示唆 ;テラコッタ装飾や建築物の劣化、またヴィハーラ壁面の9世紀のテラコッタが取り替えられるなど、遺産の真正性が一部で失われている。ユネスコの調査団らは、この遺産を危機リストに記載する可能性も考慮するように述べた。 |
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| スレバルナ自然保護区(ブルガリア、1983年
N) 危機リストからの除外の示唆 ;委員会は迅速な管理計画の実施などとともに、危機リストからの除外も推奨した。 |
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