メキシコ
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| (7) | シアン・カアンは重要なカリブ海地域の堡礁・潟・マングローブ林・湿地・乾燥林を含み、海洋・潟・湿地・乾燥地の幅広い生態系をもっている。また、この地域に浸透したマヤ文明の痕跡により、文化的要素が加えられている。 |
| (10) | シアン・カアンは何種かの固有種を含む多様な動植物の生息地であり、サバンナ地域の樹木はこの地域特有のものである。1200種もの植物や、ジャガーやオセロットを含む5種のネコ科動物、バク、マナティー、ペッカリーといった3種の絶滅危惧種が生息しており、また希少なズグロハゲコウの繁殖地でもある。グンカンドリやカッショクペリカン、ベニヘラサギの広大な営巣地も存在している。[漣] |
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| (2) | 古代都市テノチティトランと、その後に築かれたメキシコシティが、14〜19世紀のアステカ王朝初期から後のニュースペイン(新大陸のスペイン領土)における建築、記念芸術、空間利用において深い影響を与えたことは、疑いようのない事実である。 |
| (3) | 大神殿の前に控える5つの神殿、特に月の女神コヨルシャウキの巨大な記念碑は、太陽と戦争の神ウィツロポチトリの降誕や古代の宇宙観の終焉を象徴する。大神殿(テンプロ・マヨール)の建造物群は消滅した文明の祭儀に関する傑出した証拠を有している。 |
| (4) | 現地人と支配者の要素が混在した外観、広場や街路の規則的な間隔、宗教建築の壮麗さ、市民建築に特徴づけられる、このニュースペインの首都は、新世界におけるスペイン人居住地の初期の例である。 |
| (5) | 環境の変化の危機に瀕しているソチミルコの湖景観は、スペイン支配以前のメキシコシティ盆地の湖上で営まれた伝統的土地利用をいまに伝える唯一の証拠となっている。[漣] |
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| (1) | モンテアルバンの祭儀場は独創的な芸術的達成を表わす壮大な建築景観をつくり上げている。 |
| (2) | 1000年以上にわたりモンテアルバンは、オアハカのすべての文化圏に多大な影響を与えた。 |
| (3) | 球戯場、壮麗な神殿群、墳墓群、象形文字の碑文が刻まれた浮き彫りをともなうモンテアルバンは、古代およびそれ以前にこの地域を支配した歴代の文明の独特な証拠を有している。 |
| (4) | モンテアルバンは、コロンブスの到達以前にメキシコ中部地域に栄えたテオティワカンやアステカといった北からの影響と、マヤのような南からの影響を受けた祭儀場として、顕著な例である。 一方オアハカは16世紀の植民都市の完璧な例であり、ニュースペイン地域で最も豊富に記念碑的遺産が集積する都市の一つである。[漣] |
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| (1) | パレンケはマヤ芸術で右に出るものはない偉業であり、その建造物群は壁の厚さを減らすために発展した新たな建設技術と、排水方法の結果による精緻さと明るさに特徴づけられる。拡張された内部空間や多様な開口部・柱廊は、彫刻やそれ以前には見られなかった型の漆喰で装飾され、これらの建造物群を希少で優雅なものとしている。 |
| (2) | パレンケによる影響はウスマキンタ川の盆地地域全体だけでなく、遠くマヤ文化圏の西端に位置するコマルカルコにまでおよんだ。 |
| (3) | パレンケは宮殿や神殿の内部壁に彫られた膨大な数の浮き彫りには、マヤ文明の神話と儀礼的慣習を、独特なかたちで明白に表わしている。 |
| (4) | ティカルの建造物群より古いパレンケの祭儀建造物群は、古代中期のマヤ文明の聖域の顕著な例である。[漣] |
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| (1) | テオティワカンの祭儀建造物はその規模や、宇宙観に調和した厳格なレイアウトをもつことから、独特な芸術的偉業といえる。(規模の面で特筆されるのは「太陽のピラミッド」で、底面225m×222m、高さ75m、体積100億立方メートルある。ただし現在は頂部が崩壊しているため、高さは70m以下になっている)。 テオティワカンの芸術は、メキシコに存在したあらゆる古代文明のうち最高のものだ。それらはこの遺跡において、連続的かつ相補的に示されている。たとえば飾り気のない「太陽のピラミッド」や「月のピラミッド」は、並外れて豊富な彫刻・彩色装飾をもつ「ケツァルコアトルのピラミッド」と好対照をなす、といった具合である。 |
| (2) | 4〜7世紀のテオティワカン文明は、メソアメリカ古代文明の初期のものとして、メキシコ中央部全域やユカタン半島、さらに遠くグアテマラ(カミナルフユ遺跡が残る)にまでおよんだ。 |
| (3) | テオティワカンとその渓谷は古代メキシコの都市が成立する以前の構造の独特な証拠である。 |
| (4) | 死者の大通りを線引きする神聖な建造物群や祭儀場は、先コロンブス時代の祭儀場の顕著な例である。 |
| (6) | 多くの伝説で彩られているテオティワカンの名は「神々の集う場所」という意味。16世紀の書物に記された、モンテスマ2世によって20日ごとに行なわれていた生贄の儀式は、テオティワカンを傑出した価値をもつ聖地たらしめる信仰の存在の証明となっている。[漣/浦] |
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| (2) | プエブラは建築的特質もさることながら、新大陸に築かれた新都市として、16世紀の建設以来重要な影響力をもっていた。 |
| (4) | プエブラには歴史的な都市構造が手つかずのまま保存されている。そこには色タイル(アズレージョ)で壁面を覆った家屋群や、大学、宮殿、宗教建築などが数多く残されている。[浦] |
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| (1) | グアナファトには新世界におけるバロック建築のいくつもの美しい作例が密集し、ラ・コンパニーア聖堂やバレンシアナ聖堂はメキシコチュリゲラ様式の傑作である。技術史の面からもグアナファトは、「地獄の入り口」と呼ばれる坑道(深さ約600m、直径12m)などの独特な芸術的偉業を誇っている。 |
| (2) | グアナファトは16〜18世紀にかけてメキシコ北部の鉱山都市の大部分に影響を与えた。 |
| (4) | グアナファトは鉱業の産業経済的一面を映し出す建築物群の顕著な例である。 |
| (6) | グアナファトは特に18世紀の世界経済史に密接に関係している。[漣] |
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| (1) | チチェンイツァの中でも、とりわけ北部に集積する大球戯場、ククルカンの神殿、戦士の神殿を含む建造物群は、その外見の美しさ、洗練された構造、彫刻装飾の壮麗さから右に出るものはないメソアメリカ建築の傑作である。 |
| (2) | チチェンイツァは10〜15世紀のユカタン半島の文化圏全体に影響を与えた。 |
| (3) | チチェンイツァはユカタン半島におけるマヤ、トルテカ文明の最も重要な考古遺跡である。[漣] |
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| (2) | モレリアはメソアメリカの知識・技術と、スペインルネサンスの思想を統合させた都市計画の顕著な例である。 |
| (4) | 現地で採れるピンク色の特徴的な石材を使用した200を超える歴史的建造物群は、ルネサンス・バロック・新古典主義の要素をともなう中世の特質を見事に融合させたモレリアの建築の歴史を表わしている。 |
| (6) | モレリアはメキシコ独立に関わった重要な人物達の生誕地であり、メキシコ史における重要な舞台となった。 補足それぞれの登録理由は概略から抜き出したものであるが、おそらくこれらが該当するものと思われる。[漣] |
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| (3)(4) | エルタヒンは、テオティワカンの滅亡からテノチティトランが最盛期を迎えるまでの先スペイン時代の都市として、保存状態に優れ、発掘がほぼ終わった遺跡の中で特に重要なものである。エルタヒンはこの空白期間の芸術、社会経済の発展の研究に極めて重要である。[漣] |
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| (2) | サカテカスはスペイン支配時代初期から20世紀にかけての銀採鉱の重要拠点であり、その町並みや建築はサカテカスの経済的重要性と、その結果生じた中央・北アメリカの同種の産業の発展に影響を与えることとなった文化的繁栄を写し出している。 |
| (4) | サカテカスは金属を含有する山岳地域の地勢的な制約に完璧に適合させたヨーロッパ植民都市の顕著な例である。[漣] |
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| (1) | サンフランシスコ山地の岩絵は世界有数の先史芸術の顕著な集積であると同時に、この地域の人類の文化的表現の高度で劇的な例である。 |
| (3) | サンフランシスコ山地の岩絵群はバハカリフォルニア半島の厳しい気候の地域に存在した強靭な人類の文化の集積を例証している。その文化はヨーロッパの開拓者との接触後、さまざまな要因が元で急速に消滅した。[漣/浦] |
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| (10) | エル・ビスカイノの保護区沿岸の潟は、クジラが密集して繁殖・出産する場所であり、国際的な重要性を有している。[漣] |
| 登録対象 3件? ・・・・オホ・デ・リエブレの干潟、サン・イグナシオの干潟、サン・フランシスコ山地の3カ所か? | |
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| (2) | これらの修道院群は広域に存在する同種の建築に多大な影響を与えた。その影響は16世紀半ばにはメキシコ中央〜南東部に広がったが、18世紀になると植民地化・福音伝道が拡張したため、本来の修道院としての役割よりむしろ「小さな伝道施設」とでもいうべき形をとって、現在のアメリカの大西洋岸から太平洋岸にまでおよんだ。 |
| (4) | 世界遺産に登録された14カ所の修道院は、それ時代の構造や建築様式のみならず、それが立地する都市の様子など、さまざまなタイプのものが選りすぐられている。これらは広大な地域の再編のため、また、新たな社会的・文化的要素の導入のため、新しい生活拠点として役立ったものである。 ヨーロッパの初期修道院の型とは違い、これらニュースペインの修道院の構造と空間構成は、僧房、礼拝堂をともなう広大な前庭、中庭に特有の特徴として表われ、さまざまな解決法を生んだ。[漣/浦] |
| 登録対象 14件 ・・・・モレロス州の11修道院(アトラトラワカン、クエルナバカ、ウエヤパン、テテラ・デル・ボルカン、ヤウテペク、オクイトゥコ、テポツトラン、トラヤカパン、トトラパン、イェカピシトラ、サクアルパン・デ・アミルパス)、プエブラ州の3修道院(カルパン、ウエホツィンゴ、トチミルコ) | |
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| (2)(4) | ケレタロはいくつもの民族を象徴する植民都市の町並みの顕著で普遍的な価値を有する傑出した例であり、特に17〜18世紀の顕著な建造物群がそろっている。[漣] |
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| (1)(2)(3) | ウシュマルの祭祀遺跡はその意匠・外観・装飾などの点で、後期マヤ芸術の最高峰を表わすものといえる。ウシュマルの建造物群と関連するカバ、ラブナ、サイールの古代都市は、後期マヤ社会の社会経済構造を見事に表わしている。[漣] |
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| (1)(2)(3)(4) | カバーニャスの救貧院は病人・老人・孤児・障害者の保護のための経済的必要性により設計された独特な建築物であり、精緻な技巧と慈悲の精神により顕著な解決策を示している。また、壁画の傑作の一つとして知られるオロスコ作の絵画が描かれている。[漣] |
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| (3) | パキメの集合住宅遺構は、北米の文化的発展の重要な要素(特に先スペイン時代の商業的・文化的つながり)を雄弁に物語るものである。 |
| (4) | パキメの考古遺跡の広大な遺構は、北米の日干しレンガ建築の発展の証拠であり、特にメソアメリカの先進技術との融合を示すものとして傑出した存在である。[漣] |
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| (2) | トラコタルパンの町並みと建築は傑出した重要性と特性をもつスペインとカリブ海地域の伝統の融合を表わしている。 |
| (4) | トラコタルパンはその都市構造を傑出した度合いで残すメキシコ湾岸のスペインの植民地の河港であり、その広大な街路、豊富な様式、色彩を持つ住居群、公共広場や私庭の多くの成木に顕著な特徴が見られる。[漣] |
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| (3) | ソチカルコはメソアメリカのテオティワカンの滅亡以降の要塞化住居の抜きん出て良好に保存された完璧な例である。 |
| (4) | ソチカルコの建築・芸術は初期の政治構造が崩壊した結果、文化の再集約が起こった時代のメソアメリカのさまざまな地域の文化的要素の融合を表わしている。[漣] |
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| (2) | カンペチェの港湾都市はカリブ海地域の軍事建築の影響を表わす歴史地区を囲む要塞など、さまざまな街路計画をともなったバロック様式による植民都市の都市化の見本である。 |
| (4) | カンペチェの要塞網は17〜18世紀の軍事建築の卓越した例であり、カリブ海を海賊行為から保護する目的でスペインにより建造された、傑出した防御網の一部である。[漣] |
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| (1) | カラクムルの多くの記念碑はマヤ芸術の顕著な例であり、都市の政治的・精神的発展を明らかにする。 |
| (2) | カラクムルはそれ自体が、1200年を超える時代のマヤ文明の建築・芸術・都市の発展の良好に保存された野外博物館の様相を呈している。 |
| (3) | 半島地域のマヤ都市の政治的・精神的生活形式は、カラクムルの印象的な遺跡によって見事に示されている。 |
| (4) | カラクムルは人類住居と建築の発展の重要な段階の顕著な例である。[漣] |
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| (2) | ゴルダ山脈の伝道施設はメキシコ中・北部および西アメリカの福音伝道の過程における重要な価値の交流を示している。 |
| (3) | 5つの伝道施設はメキシコ中部の遊牧民族とヨーロッパの伝道活動の文化的邂逅の証拠を有しており、北米における福音伝道の第2段階の重要な証拠を残している。[漣] |
| 登録対象 5件 ・・・・サンティアゴ・デ・ヤルパン、サンタ・マリア・デル・アグア・デ・ランダ、サン・フランシスコ・デル・バレ・デ・ティラコ、ヌエストラ・セニョーラ・デ・ラ・ルス・デ・タンコヨル、サン・ミゲル・コンカ | |
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| (1) | ルイ・バラガン邸と仕事場は伝統的・哲学的・芸術的潮流を新たな基調に統合させた近代建築運動の新発展の傑作を表わしている。 |
| (2) | ルイ・バラガンの作品は近代と伝統の影響の統合を表わし、庭園設計・都市景観設計に特に重大な影響を与えた。[漣] |
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| (7) | 登録地域は際立った自然美を誇る。砂漠や、周囲のターコイズブルーの水から照り返す光と対照をなす断崖・砂浜・島峡の起伏に富んだ形状は劇的な環境を呈し、多様な鳥類や海洋生物が、さまざまな形態や色彩を加味している。 壮観な海底の形状や水の透明度の高さに結びつく海洋生物の多様性と豊富さは、この地をダイバー達の楽園としている。 |
| (9) | 登録地域の狭小な地域には大陸島と海洋島が同時に存在し、他の海洋・島峡に関連する世界遺産地域のどの類似地域よりも高度なものである。地球の海洋におけるほぼすべての海洋学的過程を見ることができ、海洋・沿岸域の進行過程の研究に飛び抜けた重要性を持つ。これらの作用はカリフォルニア湾を特徴づける高度な海洋の生産性と生物多様性の豊富さを育み続けている。 |
| (10) | 陸生・海洋動物の多様性は際立っており、生物多様性の保護に極めて重要な地域となっている。ここに生息する維管束植物695種や魚類891種の数は他の世界遺産地域の海洋・島峡よりも多い。 海洋生物の固有性も重要で、90種の固有の魚類と世界全体の海洋哺乳類の種の39%が生息し、世界で3番目に海洋性のクジラ目の種が多く存在する場所である。またこの地域は砂漠の生物多様性の観点から見て世界で最も豊富なものの一つとされる、ソノラ砂漠の生態系の良質な例を含んでいる。[漣] |
| 登録対象 9件 ・・・・カリフォルニア湾動植物相保護地区にある島嶼と保護地区群、カリフォルニア湾上部・コロラド川三角州生物圏保護区、サン・ペドロ・マルティル島生物圏保護区、エル・ビスカイノ生物圏保護区、バヒア・デ・ロレト国立公園、プルモ岬国立公園、サン・ルカス岬動植物相保護地区、マリアス諸島生物圏保護区、イサベル島国立公園 | |
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| (2) | リュウゼツランの栽培と蒸留は、大農場や蒸留所が集中するテキーラ山麓に特徴的な景観を生み出した。その風景はリュウゼツランを発酵させて飲料をつくる先スペイン時代の伝統と、ヨーロッパからもたらされた蒸留酒製造手法との融合を表わすと同時に、地元の技術と移入された技術(ヨーロッパや北米から移入されたもの)の融合をも反映している。 |
| (4) | テキーラ山麓の大農場や蒸留所の多くには、過去250年以上にわたるテキーラ蒸留技術の発展を示す遺構や、過去の設備が保存されている。これらは工学技術と文化との融合を例証するもので、特定の目的に特化した建築複合体の顕著な例でもある。 |
| (5) | リュウゼツランの景観は、古代メソアメリカにおけるリュウゼツラン文化と現代とを結ぶ、継続された文化の好例であるだけでなく、17世紀以来の耕作の経過をたどる証拠でもある。(17世紀は大農場が誕生し、テキーラを生産する最初の蒸留所が稼動した時代でもあった)。耕作地、蒸留所、大農場、都市など変化に富んだ景観は、テキーラ山麓に発達した特定の文化を例証するもので、人類の伝統的居住地および土地利用の顕著な一例である。 |
| (6) | テキーラ山麓の景観は文学作品、映画、音楽、美術、舞踊などを生み出してきた。これらの創作活動はみな、メキシコとテキーラ、そしてハリスコ州の生産拠点との関係をたたえるものである。このようにテキーラ山麓の景観は国境を超え、文化的重要性の理解と密接に関係しているのである。[浦] |
| 登録対象 2件 ・・・・核心地帯1(テキーラ、アマティタン渓谷地区)、核心地帯2(グアチモントネス遺跡地区) | |
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| (1) | UNAMのキャンパスは都市建築複合体を創造するため、60名以上の専門家が共同作業を行なったものとして、20世紀の稀な作例である。この建築群は普遍的に重要な社会的・文化的価値の証左をなしている。 |
| (2) | 20世紀に生まれた建築思想のうち最も重要な潮流が、すべてUNAMに集約されている。すなわち、現代風の建築様式、歴史主義的地方主義、プラスチック材料の使用(後二者はメキシコ起源の建築スタイル)を見いだすことができる。 |
| (4) | UNAMは、現代の建築・都市生活の完全な適用により計画された基本方針にもとづくものとして、世界的に稀少な手本の一つである。なおその究極の目的は、優れて上質な生活を提供するところにあった。[浦] |