オオクワガタにカブトムシと飼育ケースが増える夏休み。子どもの友だちが沖縄の海から運んできてくれたオカヤドカリ。小さい貝から大きい貝へ引越す動作が愛らしい。
一年生の娘が理科の観察で育てたコスモスが一輪やっと花開いた。枯れては一大事と、夏中、水遣りに親の方が気をつかったのでひと安心。秋の気配を含む風にやさしく揺れる。
掻いても掻いても、これでもかと積もる雪。この冬の仙台は例年になく雪が多い。庭のえさ台にはヒヨドリが「雪やどり」に。好物のリンゴを置いてやろうと思う。
実家の両親が皮を剥いて持たせてくれた柿を軒下に吊るすとその一角がとても懐かしい風景に。近頃の冷え込みで、食べごろも近いだろう。楽しみだ。
長女の誕生の際に求めた雛人形も、今年で七回目の春を迎える。その鮮やかな紅色は沈みがちな心を浮き立たせ、新しい季節の到来を実感させてくれる。
我が家の庭は、そのほとんどが落葉樹。死んだような裸の木々が、春の訪れとともに一斉に芽吹くさまは劇的だ。他の先陣を切って咲き誇るゆきやなぎ。
2000.11

2001.01
2001.02
2001.04
2001.06
2001.08
2001.09
太陽の光にお目にかかれない日がつづいて気がめいる頃、雨に煙る庭を和室の扉で切り取ってみる。いつもと違った風景が立ち現れてきて悪くない。

木を眺めるために大きくとった窓越しに秋の庭。印象的なのはヤマボウシの赤とエゴノキの黄色。今年はなぜか百日紅の葉が色づく間も無く散ってしまった。年によってこの木が元気、あの木はいまひとつ、と樹木にも調子の良し悪しがある

薪ストーブは、冬の大きな楽しみのひとつだ。眺めつづけても見飽きることのない炎の形、ぱちぱちはじける小気味いい音、そして懐かしい焚き火のにおい。空気のあたたまりかたもまろやかで優しい。
2001.11

2002.01
たいへんな大雪となった昨冬から一転、この冬の仙台ははとんど雪をみることがなかった。梅の開花もいつになく早い。まるい蕾がいっきに膨らんで次々と弾けるように花を咲かせていく。
2002.03
2002.05
窓に映る新緑が、日に日にその範囲を広げて何時の間にか窓全体を埋め尽くした。まだ若くてやわらかい葉っぱの一枚一枚に陽の光が透けて本当に美しい。ついふらふらと庭に出て佇んでしまう季節。
2002.07
ワールドカップ終了後、ずっと漂っていた祭のあとの寂寥感を振り払い、Jリーグの再開に気持ちを盛り上げる。J1昇格後、好発進のわれらがベガルタ仙台は好調を維持することができるのか?我が家のサッカー熱はしばらく冷めそうもない。
我が家の四季
庭のコナラの木にたくさんのどんぐり。カップに入れてガラガラ鳴らして楽器にしたり、ままごとの時のおかずにしたり、子どもたちに人気の実。学校の裏の雑木林から拾ってきた、トチやクリの実も部屋のあちこちにころがっている。.
2002.10
星好きが高じて、我が家の屋根の上には「物見台」が備えてある
(なんともの好きな、という声もちらほらあるが)夏は近くの花火大会冬はこうして初日の出も楽しめる。2003年の元日はとても穏やか。
寒さに震えながら、空がオレンジに染まるのを待つ
2003.01
2003.02
娘が作った鬼の面。
「厄払い」というよりは「豆合戦」といった趣の、我が家の豆まき風景。鬼の役を交代しながら、泣いたり笑ったり、大騒ぎをして立春を迎える。
2003.03
娘にせがまれて、先日ピアノを購入。ライトなイメージのリビングに、そぐわないのではと案じたが、以外に馴染んでクラシカルな雰囲気を醸し出した。まだまだ拙い演奏が、ポロンポロンと部屋に流れて春を告げる。
2003 05
素晴らしく気持ちのいい晴天が続いている。忙しさに紛れ、手入れの行き届いていない庭でも、初夏の日差しを受けて生き生きと輝き出す。植物たちに元気をもらって、さあ今日も頑張ろうと思う。
2003 12
いつのまにか今年もあとわずか。子どもに急き立てられてクリスマスの飾り付けを行う。リビングが一気に華やいでお祭り気分。キリストと同じ25日が娘の誕生日。待ち望む気持ちは人一倍。
2003 12
2003 12
2004.01
寒椿の赤が美しい雪の朝。この冬も昨冬同様穏やかな日が続き、雪も長くは残らない。年が改まり大気もどこか凛として清々しい。一年の無事を祈る。