2月22日昼過ぎ、望月さん,為我井さん,鎌田さん、森下さん,高山さん,そして私の5人はプノンペンのポンチェント空港に到着。ついさっきまで冬の日本でセーターを着て、ブルブル震えていたのがうそみたいに空気が熱い。3年半前にも、私は今回同行した森下さんと共にSVAのスタディーツアーで、カンボジアを訪れた事がある。大きさは変わらないがすっかり小奇麗になった空港ビル。以前と違い、自動小銃を持っ士やチップを要求する子供達の姿は消えていた。
95年のプノンペンには、この街が一度捨てられたという重い事実を感じさせるものが漂っていた。どの建物もどの建物も同じように黒く薄汚れ、窓や扉が無いものも数多かった。人はたしかに多く住んでいたが,生活感に乏しかった。今、目の前に広がるプノンペンは全く変わっていた。道路は家族全員が乗ったバイクで溢れ,その中をよく手入れされた自家用車が走っている。建物は壁を塗り替えられ,カラフルな庇は一軒一軒その個性を主張していた。一見しただけでは,東南アジアのどこにでもある都市と同じだった。
ポル・ポト時代の悲惨な体験。この国の人々は、この時破壊された文化とたましいの傷をどういう形で癒そうとするのだろうか?その答えの一つが垣間見えた気がした。<何にもまして豊かになること。豊かになれば心の傷をある程度忘れる事が出来る。>この街の変化は、そのことに自信を持ち始めている証拠に思えた。
JSRCの車に乗って宿泊予定のアジーホテルに着く。ホテルの前には,地雷で足を吹き飛ばされた人々がたむろしていて,私達が到着するといっせいに物乞いにやって来る。これも、以前はなかったこと。経済的に豊かになるにつれ、貧富の差が広がっていると同時に、この街はこうした人々を抱えるだけのゆとりを、持ち始めていと確信できた。
翌日,プノンペンから飛行機に1時間ほど乗り、シェムリアップに着く。そこから、谷川さんがフィールド調査している北スラ・スラン村に行く。村はアンコールワットのそばにあり、世帯数が127ほどの大きさ。さとうやしの間に高床式の家が立ち並ぶ。米は自給しているが、水の管理がうまくいかないため,雨季のときしか米が出来ない。そこで、トンレサップ湖で取れた魚を売ったり,遺跡調査に協力したり、みやげ品を作って現金収入にしている。なかに、新築したばかりの村一番の豪邸があった。持ち主はまだ若いが働き者。人より多くの収入を得てこの家を建てることが出来たと言う。才覚があり努力する者が,豊かな暮らしをする。カンボジアの経済の復興は、村のレベルでも確実に進んでいた。
谷川さんに聞いてみると,この村には寺がないという。そのため,お参りをしたい村人は,わざわざ半日かけてアンコールワットの隣にある寺まで行き来する。しかも,行くのは年寄りばかり。若者は、酒やテレビに楽しみを見出しているという。仏教という心の支えがあるからこそ、隣の人を信頼し経済の復興も可能になる。都市と異なり人と人とのつながりが大事な村の場合、寺を再建することが欠かせないとばかり思っていたので意外な答えだった。人より多くの金を稼ぎ,物を手にする事。つまり、<欲望を満足させていくことで,ポルポト時代の悲惨な傷は本当のところどこまで癒せるのだろうか?あるいは私が知らないところで癒しの行為が行われているのだろうか?>この疑問は、私の心から離れなかった。
2月25日バッタンバンに行く。目的は高山さんの図書館活動の成果をこの目で確認すること。残念ながら、プノンペンで一緒だったジャンポンさんとソポロさんは同行できなかった。意見交換の後、アンロンビル小学校の校庭でお話が始まった。いっせいに子供達が周りを取り囲む。熱いまなざし,そして屈託のない笑い顔。そこに身を置いている自分が楽しくて仕方がない。お話を用意してきた望月さん,為我井さん,そして鎌田さんが本当にうらやましかった。"お話を聞く事"がカンボジアの子供達の心をしっかりと掴み,成長させている。・…意欲が増した。友達を思いやるようになった。下の子の面倒をよく見るようになった。子供がするお話を聞いて親が暴力を振るわなくなった。学校の出席率が上がった。地域の協力が得やすくなった。・・…こうした活動は、ポラー先生やチョーン先生をはじめ先生達がぎりぎりの生活なかで,ある時にはそのぎりぎりの生活の一部を削るといった献身的な働きの中で続けられていた。森下さんもこのことを薄々感じたのだろう。財布の中身のほとんどを寄付することにした。
<"お話を聞く事"がカンボジアにおいては、癒しの行為の一つであり現実を変える大きな力となっている。>私は、あらためてこのことに驚いてしまった。これは、ポルポト時代の後,家族の欠如や文化的な空白の中で育った子供達がお話を聞き、心の中に現実と違ういくつもの物語を作り上げていく事で、空白を埋め合わせているためではないだろうか。つまり、昔話の中の登場人物を何人も何人も心の中に思い描くことで,今の自分を変える力にしているように思えた。
私は長い間予備校で教えてきた。近頃、日本の子供達についてとくに感じるのは、学力の良し悪し,やる気の有る無しに関わらず「自分と異なる世界を受けいれる緊張感に耐えられず,必要以上に傷ついてしまう」生徒がかなりの数見られるようになったこと。君の欲望はよく分かる。だけどこのことについてはとりあえず我慢して欲しいといったポーズを、こちらからまず示さないとコミュニケーションを一方的に遮断してしまう。頭ごなしに怒られると心の中で「バーカ」と言って相手を心から消し去ってしまうか,自分の非を脇において、正当性を主張するため怒鳴り込みに来る。ほんの些細な事について注意したつもりでも,全存在を否定されたかのような反応がかえってく
る。
日本の子供達が必要以上に傷ついてしまうのは、心の中に自分と違う価値を持った他者を住まわす(現実とは違う別の生き方を想像する)ことが出来ないため、欲望を相対化できず欲望に振りまわされしまうためではないだろうか。"お話を聞いて,心の中に物語を作り上げていく"ことは、このことに大きな力を発揮するのではないだろうか。日本の子供達、あるいはおとなの心に届くお話は、どうすれば作れるのだろうか。今回のカンボジア旅行は、私にこうしたヒントと課題を示してくれた旅でした。