8/25

8/25 京都〜大阪〜和歌山

京都の朝。
今朝も快調に目覚める。Taaさんちの元気な娘さんは朝からラジオ体操に行った。8月も後半。朝食の席で話を聞くと、もうすぐお終いなんだそうだ。ご褒美は、お菓子、といっていたような気がする。おいさんの時は、ノートとか図書券だったけどなぁ。
お寝坊のTaaパパを起こし、みんなで美味しい朝御飯を頂くと、ご出勤のパパと一緒に、北村家を後にする。お世話になりました。また、必ずお伺いします。ご迷惑でなければ。ご迷惑かもなぁ。大丈夫かなぁ…(笑)。
昨日と同様に、Taaさんのリード90の後について、京都市内の裏道抜け道を走り、京都南のインターチェンジにほど近い、彼の工場の近所まで連れていってもらう。最後の曲がり角で轡(くつわ)を並べると、グローブを外して、固い握手。再会を誓い合う。また、会いましょう。必ず。
Taaさんと別れると、近所のスタンドでガスを給油して、いざ、京都南ICへ。名阪高速を南下してゆく。5月にこの道を通ったときは、大渋滞に閉口したが、今回はきれいに流れてゆく。前回は右ルートを通ったので、今回は左ルートを走る。朝の大阪郊外の街は、出勤の車の列。吹田の巨大なインターチェンジで阪和道の接続道路に入ってゆく。
押さえていたペースを徐々に上げ、トラックの間をすり抜けてゆく。排気ガスと時折飛んでくる小石が痛い。考えてみれば、大阪の街では痛い目にばかり遭ったいたような気がする(笑)。
高架の高速から見下ろす一面の街がすこしづつ途切れてくる。住宅地の間に田んぼが見えるようになり、奈良の山並みが左手に連なり始める。
阪和道。奈良から和歌山にかけて、道はガラガラ。出来上がってから間もない道は、両側を高いコンクリートの壁に覆われ、その向こうには標高の低い山が見える。これは何処かで見たことのある景色だ。わずかな既視感(デ・ジャ・ヴュ)。そう、思えばこの道は東京と房総を結ぶ、館山道にそっくりなのだ。特に姉ヶ崎あたりの景色と見間違うばかりの見慣れた風景が展開してゆく。
しかし、阪和道と館山道の大きな違いは、その造山系の差である。平均標高が300メートルに満たない房総の山並みと、それを遙かに越える紀伊半島とでは、風景のバックグラウンドの迫力が全然違う。偉大な山並みの懐を縫うように、盛夏の平日の朝を、オレと400FOURは南へ向かって走ってゆく。
山並みが途絶え、和歌山の広い盆地が見えてくる。紀ノ川SA。山の中腹から見下ろす小さな町の中心には、大きな一級河川が流れている。それが作り出す肥沃な平野には、広大な緑のセイクレッド・プレイス/田んぼが拡がっている。ぼくらの国はこの豊かな川の流れの周辺に、その基本的基礎があるのだ、と思う。農業政策にもっと力を入れようよ>政府。
紀ノ川SAでは、ソフトクリームを食べた。灼熱の太陽に焼かれた身体に、甘いバニラの香りが効く〜。そういえば、5月のツーリングの時に阿蘇外輪山のお土産やさんで食べた、牧場のソフトクリームはうまかったな。また、食べに行こう。もちろん、あの小倉の不良サラリーマンに案内してもらいながら(笑)。
on the road again。本線に戻り、大きな左カーブを描きながら、道は緩やかな下降線を辿り、目指す海南市に入ってゆく。紀伊半島の半分ぐらいまで、負担の少ない高速で走り、後の半分はひたすら海岸沿いのワインディングを楽しませてもらうのが今日の旅の目的なのだ。それに明日は奈良のけいくんとここで落ち合う予定にしているので、インターチェンジの下見も兼ねてここで降りることとする。
海南インターチェンジは思いのほか小さい。本線から外れるとアッという間の料金所。そしてアッという間の一般道だったけど、明日は無事に合流できるのだろうか?
国道42号。一般道に降りると、ペースを落とし、地図を確認する。基本的には海沿いをひたすら南下していけばいいはずなんだけど、見知らぬ道を200km近く走るとなると、無駄に迷子にはなりたくない。しつこいほどに地図と首っ引きで走る。
有田市に入る。
視界の端に見えてくる低い山並みが、郷愁を誘う。ここは有田ミカンの里。そのミカン畑はオレの実家のある静岡県清水市の山とうり二つなのだ。南向きの海風をほのかに受ける山並みに、人の背丈ほどの濃緑色の色をした木々が植わっている様は、まるで懐かしい生まれた町を走っているような錯覚を与える。きっと五月の薫風が吹く頃には、ミカンの白い花の甘い香りが町に漂い、秋にはオレンジ色のたわわな実が、低い山肌を染めるのだろう。
有田市を南北に貫くR42を有田川の河口付近で右に曲がり、紀伊水道を目指す和歌山県道20号に入る。『ホントにこれが県道と呼べるのか』、と目を疑うように、民家の裏庭の先を、乗用車のすれ違えさえ出来ないような狭い道が走ってゆく。道を間違えたか、と思う矢先、両側にそびえる崖を抜けると、目の前にブルーの海が拡がっていた。
紀伊水道。
思わず単車を停め、その美しい海に見入ってしまう。

遙か先、ブルーの海と空が番(つが)うその間に見えるのは、四国だろうか、或いは淡路島だろうか? 未踏の地四国。今年中はきっと無理だろうが、来年の夏はうんざりするぐらい四国を走ってやる。断崖絶壁の途中に出来た県道のガードレールに尻を預け、タバコの煙をくゆらしながら、そんなことを思う。

旅を続けよう。

ミカン畑の続く山あいを、程良いワインディングとなって県道が続いてゆく。前にも後にも車の影は全然見えない。自分にとって一番リラックスできるペースで、右に左に車体をバンクさせながら、山を上がったり下ったりしながら、南下を続ける。東京を出てからここまで、既に1000km・24時間以上この年老いた相棒の背中に跨って、走り続けている。すると、誇張でも文学的表現でもなく、車両と自分自身がシンクロしてゆくのが判る。前後で地面と接するわずかな面積で道路情報を読みとり、右手は燃焼室のコンディションを常に掌の中で感じる。前後のサスペンションは自分の肉体の延長であり、逆に、オレ自身がこいつの純正部品のひとつになってゆく。物言わない無機物のオートバイに過剰な思い入れはもちろん排除して接するべきだが、他の誰とも違う、こいつとしか分かち合えない何事かを見いだすために、オレは旅を続けるのかも知れない。そこに濃紺のアスファルトロードがある限り…。

右手に山や海を見ながら走ってゆくと、小さな川を越え、田舎の町中へ出た。程良い徒労感に、昼飯の時間を感じる。JR湯浅駅にほど近い、田舎町の商店街の喫茶店で、どうでも良いようなやる気のないキノコスパゲッティーを食べる。もちろん美味くもなんともないが、妙に印象に残る。湯浅町からさきは県道23号に入る。低い山並みを縫うように走ってゆく。たまに道がえらく狭くなるが、おおむね良く整備されたワインディングが続く。山並みの向こうに時折見える海が美しい。途中、道を間違え、2キロほど逆送してしまうことがあった。まぁ、田舎の方は何処でもそうなんだけど、見知らぬ道を走る来訪者にもっと判りやすい標識を立ててはもらえないだろうか? 福井ではそういう困ったことは全然無かったことを考えれば、『頼むよ和歌山』と思わなくもない。
由良町。県道24号に入る。由良港という小さな港町は、基本的には漁港なのだろうけど、とても大きな浮きドッグがあって、二杯の大型船(一隻はタンカー、もう一隻は客船)を整備していた。また、遠洋漁業の基地もあるらしく、街のそこかしこで魚の生臭い匂いを嗅ぐことが出来た。これも懐かしい静岡でよく嗅いだ匂いだ。
御坊湯浅線と名付けられたこの和歌山県道23号は、交通量も少なく断崖絶壁を縫うように走る、なかなか楽しいワインディングだ。単車の調子もすこぶるよろしい。無理のないペースで灼熱の太陽に焼かれながら、南へとひた走ってゆく。
しかし、京都の町を出てから約6時間。意識ははっきりしているものの、身体がだんだん言うことを聞かなくなってくる。そういえば、前後に車の影も全く見えず、さっきからずいぶん淋しい海沿いの道をひとりで走っているような気がする。
目に付いた、猫の額ほどの小さな漁港に単車を入れ、一休みしよう。
バスケットボールのコートをふたつ並べた程度しかない小さな小さな港。海は蒼く透き通り、浮かぶ漁船の腹の下で様々な小魚たちが遊んでいる。防波堤の向こうは紀伊水道の荒波が白い波頭を立てているが、港の中は静寂そのもの。岸壁に足を投げ出して、一服。疲労した体を休める。

再び単車に跨り、南を目指す。『日の崎パーク』という巨大な白い看板が、ワインディングの途中でいきなり目に飛び込んでくる。巨大な岩山を抜ける海沿いの道の、岩盤をくりぬいて、ディズニーランドの入り口のような白壁が屹立している様は、かなり異様。何かのテーマパークらしいが、なんだか変な感じ。でも福井の縄文人資料館より苛立ちをおぼえないのは、オレが疲れているせいなのだろうか?
道は平坦になり、アクセルを開けて潮風を感じながら走る。と、視界の先に巨大な砂浜が見えてきた。煙樹ヶ浜。地図によれば、6キロも続く松林の砂浜なんだそうで、弓なりに美しくカーブを描く様はたしかに一見の価値がある。単車を停めて、思わずシャッターを切る。


浜の松林を抜けると道はいきなり街の中にでる。ここで再びR42に合流。あとは一本道なので、なにも考えずにただひたすら先を目指すだけでよい。
今夜の宿は、紀伊半島の先端にほど近い国民宿舎を押さえてある。なるべくなら、日が落ちる前に着きたい。現在午後2時。このペースで行けば、3時ぐらいには着けるのではないか。あと100kmほどの道のりは、一気呵成に走ることにしよう。
田辺市に入り、R42のバイパスで混雑した市内を一気に抜ける。しかし、街の外に出ても、しばらくは住宅地が続くせいが、道には車が多い。少し気が立っているのか、無理なすり抜けをしてしまう。本当は、白浜町の小さな半島を経由して、噂に聞く白浜の海岸線を見ていきたかったのだけど、宿までの距離と時計の針が気になって、そこは迂回し、R42をまっすぐ進んでゆく。
何度か途中停車して、地図を確認。目指す宿は、紀伊半島の最南端より20kmほど手前の国民宿舎なのだが、灼けるような日射しと、トラックの排気ガスでそろそろ疲労がたまってくる。市原海岸の『道の駅』で一旦停車し、少しだけ休憩をはさむ。時間はまだ午後4時前。このペースで行けば、5時には宿に着くだろう。宿に着いたら、とりあえずビールだビール。その思いだけで発進する。
しかし、日置川を抜け南下を続けると、道は徐々に空き始める。綺麗なアスファルトは海岸沿いの山肌を、程良いアップダウンをしながら進んでゆく。徐々にペースがあがる。気持ちも再びハイ状態に近づいてくる。
ここまで来て、自分の中に迷いが生まれた。
このまま宿に着いてしまえば、もう今日は走る気はしなくなるだろう。しかし、そうすると、紀伊半島の最先端まで行くことはなくなるのだ。せっかくここまで来たのに。本来は先端の潮岬まで行って、そこから宿へ戻ってくるつもりだった。明日の朝行くのか? いや、明日はけいくんとの約束がある。午前11時に海南市ということは朝イチに宿を立たなくては無理だ。では、やはり最南端到達は無理なのか?
ハイペースでワインディングを走らせていると、目指す村に入ってしまった。小さな漁港の一端に、4階建てぐらいの立派な民宿が建っている。アレが国民宿舎か。
しかし、なんかイメージと違う。オレ的にはもうちょっとひなびた宿を想像していたのに…。
と、『潮岬まで30km』のブルーの標識が眼前に飛び込んできた。時間はまだ4時。いまから飛ばせば…。
と思った瞬間、アクセルワイドオープンで、一気に宿の街を抜け出ていた。
もうどうにでもなれ。きっと飛び込みの民宿があるさ。ヤケになって、先のことを考えるのをやめると、それを歓迎するかのように海沿いのワインディングが非常にテクニカルなコースに変わる。敷き直された濃紺のアスファルト。優しい潮風に吹かれながら、オレンジのセンターラインが右へ左へ、上へ下へと蛇行する。その度に、車体をバンクさせ、アクセルを開閉し、ブレーキをオンオフさせて、風のように駆け抜けてゆく。眼前で進路を邪魔する車が一台もいない。まさに、ライダーズ・パラダイス。ホームグラウンドの西伊豆の海岸線を走るときのように、紀伊半島の最南端へ向けて、ファイナルスパートをかける。
リアス式と言って差し支えないであろういくつかの入り江を抜け、100km/hオーバーで上体を単車にぶら下げて、ハングオフの状態で見えた入り江の先には、待ちに待った潮岬の半島が見えてきた。小さな田舎町で久しぶりに信号に止められる。目の前の道路標識が、右へ、潮岬への進入路を教えてくれる。
オレは迷わずウィンカーを出し、ブルーのシグナルの指示に従って、本日最後のコースを走り始める。
岬の半島は、小高い山の連なりなのだ。急な坂道を上って、木立の中を走る。いくつかのコーナーを抜けていくと、不意に視界が開け、暮れ始めた空が見えてくる。辺りには緑色の芝生が敷き詰められ、否が応でも観光ムードたっぷりだ。芝生の先、松林の向こうに白い灯台が見えてくる。アレが本州最南端。感慨に耽る間もなく、一気にそこへたどり着く。

勢いは止まらず、そのまま灯台を抜けると、しばらく続く芝生の公園の先に、『民宿』、の看板。
待ってました。
勢いが止まらず、宿の隣にある土産物センターの広大な駐車場に進入し、やっとの思いで停車する。
ふぅ〜。
のんびりUターンして、ノロノロと宿の駐車場に入ってゆく。


宿は典型的な民宿。潮岬の丘の上に立ち、2階建ての20室程度がありそうな様子。単車を降り、疲れた体を引きずって、目の前の大きな食堂に入ってゆく。
人影がない。カウンターの上に置かれた鈴を鳴らし、大きな声で「ごめんくださーい」とやると、ランニングシャツ姿のオヤジが奥からのんびりと出てきた。今夜泊めてもらえないか、食事は夜と朝、出して欲しい(何せ回りに食事が出来そうなところは何もないのだ)、とリクエストすると、OKとの返事。宿帳に名前を書く。なんだ、今日の客はオレひとりか。それならそれで、まわりに気を使わなくて済む、というものだ。寝床が確保できた安堵感からか、その場にへたり込みそうになるが、とりあえず部屋の鍵をもらって、案内をしてもらう。
奥さんに通された二階の部屋は、昔ながらの民宿の部屋、という感じ。6畳一間で押入には布団が、鴨居には衣紋掛けがあり、コイン式のテレビとクーラー。テレビの下にはお盆に伏せられた湯飲みと急須。そうそう、こういうのを想像していたのだ。
しかし、そこら辺の民宿と決定的に違うのは、畳の向こう、窓からの眺めだ。
丘の上に立つこの民宿。窓から見えるのは、雄大な、本当に雄大な太平洋だ。水平線が緩やかにRを描いているのがはっきりと判る。そして絶え間なく聞こえてくる、下の磯でくだける波しぶきの音。ここまで来て良かった。こころからそう思う。
とりあえず、単車に荷物も付けたままだけど、窓の脇の椅子に腰を下ろし、桟に脚をかけ、一服する。蒸し暑い夏の夕暮れの風が、静かに頬をなでてゆく。ああ、なんて素晴らしいんだろう。しばらく忘我の境地を過ごす。


一階に降りて、つっかけ履きのまま、単車に戻る。フューエルコックを締め、ギアを一速に入れて、センターを立てる。お疲れ。言葉にならない想いを交わす。あんたもね。奴が応える。
カバンから何となくカメラを取り出すと、オレはそのまま、潮騒に誘われるように、目の前の公園に歩いてゆく。公園の柵にもたれると、断崖絶壁の下の海が見渡せる。すこし右を向くと、向こうの丘の上に、潮岬灯台が航行中の船舶へ絶え間ないサインを送っているのが見える。その手前、眼下の磯の中に、小さな小さな波止場が見える。本州最南端の港だ。港湾フェチの血が騒ぐ。公園の端に隠れるように通っている、港への急な下り坂を、つっかけ履きのまま、慌てるように降りてゆく。
崖を下った先にある小さな港は、どうやら商業目的の漁港というよりも、沖の磯へ釣り客を届ける渡し船の停泊場らしい。大きな岩の裏側に東西に二本の防波堤を築き、ほんの十数坪ほどの漁船の停泊所をこしらえてある。なんとも可愛らしく、そして親密な気持ちにさせる港だ。この夏だけで、30箇所以上の港を渡り歩いたけど、こんなに気持ちを和ませる港に巡り会えたのは、この旅の大いなる幸運だと言って良いのではないか?
感激もひとしおに、写真をたくさん撮る。


かれこれ20分ほど、その3分で回れる港の中をうろついて満足すると、のんびりと宿へ戻る。単車にくくりつけられたバッグを外し、宿の玄関をくぐると、そこでひとりのおばさんと会う。客だろうか? 「こんちわ」と互いに挨拶を交わす。
宿のオヤジが風呂を入れてくれたらしい。有り難い。でもその前に、洗濯場に直行し、今日も今日とて、衣服を洗う。なにせ余計な荷物を省いているんでね、毎日洗濯しないと駄目なンよ。
洗濯機に服を放り込んで、ダイアルをひねると、そのまま風呂場へ直行。タイル張りの洗い場と檜の蓋のかぶさった大きな風呂。なにせタンクトップで一日走り回ったものだから、肩から腕にかけて、物凄い日焼け。今年は既に4回も皮が剥けているから、もう火傷のようにはならないけど、ほとんど黒人のような状態。とりあえずほとんど水のシャワーで身体を流し、「あ”〜〜〜〜」と歓喜の声を上げる。蓋をずらして、湯温を見ようと指先を突っ込んだ瞬間に、今夜も風呂に入れない事を悟る。
熱すぎるのね。死ぬほど。こんなの入ったら、全身から血を吹き出して倒れるのではないか、と思うぐらい熱いのね。頼むよお父さん。
というわけで、湯船につかるのは速攻で諦めて、水のようなシャワーの下に風呂椅子を置き、頭からずっとぬるま湯をかぶった。恨めしい気持ちを抱えながらの風呂だった。
風呂から上がり、洗濯物を取り込んでいると、さっきのおばちゃんとすれ違った。隣の隣の部屋をあてがわれたらしい。
「ぼくたちだけみたいですね」というと「そうなのよ」と人なつっこい笑顔で応えてくれた。しばらくしたら、一緒に夕飯を食べましょうと約束して、一旦部屋に入る。
部屋では、既に布団が敷かていた。ごろりと横になって、天井に据え付けられた扇風機のスイッチを入れると、心地よい風に思わず意識が飛びそうになる。てゆーか、一瞬寝た(笑)。
起き出して、一階の食堂に行ってみると、ぼちぼち夕食の支度が出来つつあった。
食堂は30人ぐらいがまかなえるほどの大きな部屋で、ガラスサッシ10枚ほどの引き戸の向こうには、広大な太平洋が一望に出来る。空は徐々に暮れかかり、ブルーから夕焼けのオレンジへ色のトーンが徐々に変化し始めていた。
おばちゃんがやってきて、とりあえず食事が始まった。オレはおかみさんにビールを注文する。「大中小とありますが」と訊かれた。東京にいると、「とりあえず『生チュー(中サイズ生ビール)』」と言ってしまうところだが、えーい、後は野となれ山となれだ。
「大ジョッキ、頂戴!」と元気良く応える。
どーん、と音の出そうな巨大なジョッキに黄金色の美しい液体が、白い泡の王冠をかむって出てきた。おばちゃんはウーロン茶で、とりあえずカンパーイ!

んかぁ〜〜〜〜〜〜〜〜。んめ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!(書いててヨダレ出てきたぞ…)

おかみさんが、とりあえずのお通しを持ってきてくれる。小鉢に盛られた、磯貝の湯通しだ。ほら、磯にいるヤドカリが入っているような巻き貝あるでしょ? 親指ぐらいの大きさの。アレをざっと湯に通しただけのもの。とても素晴らしい磯の香りが鼻からつ〜んと入ってくる。そこにマチ針が一本ついてきて、それで身をほじりだして食べるのね。貝の独特の味と、ほのかな塩味で、ビールが進む進む。うーん、大ジョッキもう一杯いっちゃえ!
で、そのおばちゃんとの楽しい語らいの夕べに突入するわけだが、おばちゃん、年の頃は50代半ばぐらいかな。ウチの母と同年代。訊いてみると、オレより少し若い一人息子がいるらしい。愛知の尾張市から青春18切符を使って、潮風に吹かれに来たんだと。いいぞ、いいぞ。なんでもダンナが週末を加えた5日間の夏休みをもらって、一緒に北陸に鮎釣り紀行に誘われたらしいんだけど、そんなの別に興味なかったし、たまにはひとり旅もいいかなと思ったんで、つい南へ南へと降りてきてしまったのだという。まー、出会いがこんなだったからアレだけど、あと30年早かったら絶対口説いてたね。マジで。
おばちゃんはダンナさんと世界各国を旅してまわったそうで、フランスの田舎の宿のチーズが美味しかった話や、中国の都会の話、西表島の透き通るような海の話など、いろいろと聴かされた。最後には、「あんたもこんないいところにひとりで来ないで、来年は必ず女の子と来るんだよ」と有り難いお説教まで頂いてしまった。ええ、いい女紹介して下さいマジで(笑)。
食事は4種のフライとアジのタタキ、山盛りのご飯と濃い味の味噌汁が、疲れた身体にキク〜。先週末、東京は銀座のど真ん中でテレビにも出ていた某有名料理人の店で食べた1食1万円の夕飯よりも、遙かに遙かにうまい飯だったことを書いておこう。所詮東京で食べる生モノなんて、現地のモノには勝てないのよね。
窓の外はすっかり夜になり、オレたちは御馳走様をして、各々の部屋に辞した。洗面所で歯を磨いて、程良く酔っ払った頭で、何人かの友人たちに絵葉書を書く。窓の外からは、絶えることなく潮騒の音が聞こえてくる。
何もかも充たされた思いで布団にはいると、途端に意識が途絶えた…。



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