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"La Fille Sur Le Pont(邦題『橋の上の娘』)"も好評のパトリス・ルコント。きっと、ルコントのファンって圧倒的に女のコの方が多いのだと思う。だけど、この作品は絶対男性にも観てもらいたい。Le Parfum d'Yvonne、邦題『イヴォンヌの香り』。94年作品。
この映画、学生の頃女のコと一緒に観に行ったのだが、ルコント好きの彼女のこの作品に対する評価は散々だった。ストーリーが稚拙、レトリックも稚拙、意外性をもたせようとしたエンディングも驚きに値しない、感動がない、とのことだった(←厳しい意見だ)。確かに、好きな女性を射止められなかった男の、彼女に出会ったあの夏の日の回想という形式をとっているこの映画は、女のコの眼にはただのふがいない男のつまらない想い出話としか映らないかもしれない。でも、こんなにステキな女性がある日突然目の前に現われたら、ビクトール(その、ふがいない男)でなくともメロメロになってしまう。しかもその女性が、食事中に脚を絡ませてきたり、軽やかに腰を振りながら目の前を歩いてみたり、御褒美と称してスカートの中に手を入れて脱ぎたての下着を渡してくれたりしたら(それもとても上品に)、とてもじゃないけど彼女の本質、彼女の素顔を見抜くことなんてできやしない。
それにしても、イヴォンヌ役のサンドラ・マジャーニは美しい。8頭身の細身の身体、すらりと伸びた手足、バストからヒップへ至る適格なカーブ、知的とさえ思える背骨のくぼみ。1mmの狂いもないふくらはぎ。こぼれる白い歯、口元にできる微かな笑い皺。あまりに美しすぎて、実際に彼女が存在し、カメラの前に立って演技をしているということがうまく信じられない。この映画の中で彼女は、天から降りてきて、ちょっと男をからかって遊んでいる、そんなふうにも見える。それほどまでに彼女の美しさは眩しく神々しい。だから観客、特に男性の観客は、イヴォンヌがスクリーンに写し出されている間、ビクトールと同じ至福の時間を過ごすことができる。そしてイヴォンヌがスクリーンから消えた途端、彼女を探し求めて狼狽し、再び彼女が表れることを願ってビクトールに同化する。
しかし、作品冒頭で語られるように、イヴォンヌが消えていなくなってしまうことは観客にとっては周知の事実なのだ。その彼女を観客の眼に焼き付けるため、ルコントはそのカメラショットに執拗なまでにこだわっている。船のデッキではためく白いスカートと、見え隠れする彼女の太股。森の中を歩く彼女の腰の振り加減。小さな音を立てて床に落ち、丸く広がるスカート。日溜まりの中に寝そべる彼女の身体の輝き具合と陰影。全ては周到に計算され、そしてサンドラ・マジャーニの美しさ同様、寸分違わぬパーフェクトな形で観客へと提供される。さらにパスカル・エスティーブの甘美で少し寂しげな音楽がその完全性をいっそう強固なものにする。
おかげで今でもイヴォンヌの姿が脳裏に焼き付いて離れない。眼を閉じれば、すぐに彼女の姿が浮かび上がる。決して忘れられないシーンの数々。僕も彼女に恋をしてしまったのだろうか ? こんな気持ちにさせる映画を感動作と呼ばずに何と呼ぶ ?
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