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Celine et Julie vont en bateau

 ランニングタイムが長いことで有名なジャック・リヴェットの作品だが、この『セリーヌとジュリーは舟でゆく』も3時間以上、トータル192分もある。74年に作られた映像は荒く、ハンディカメラの手ぶれはひどい。自宅のテレビ画面ですらその映像の汚さが目についてしまう。映画館のスクリーンで観ていたらなおさらだろう。それでも、終盤に近付くにつれ、「いつまでもこの夢物語を見ていたい。この不思議な世界にとどまっていたい」と思わされる、そんな魔力をもつステキな作品。

 『不思議の国のアリス』をモチーフにしたこの作品、物語はパリのとある公園で始まる。ベンチで熱心に本のページを繰るジュリーの目の前を、通りがかりのセリーヌがスカーフを落としたまま歩き去ってしまう。慌てて拾い上げ後を追うジュリー。しかしジュリーはセリーヌに追い付くわけでもスカーフを手渡すわけでもなく、ただただひたすら彼女の後を付けていく。セリーヌもまた、ジュリーが自分の落としたスカーフを手に後を追ってくるのを知りつつ、逃げるように歩みを速める。2人は何者なのか、知り合いなのか友達なのかそれともあかの他人なのか、そんな説明はなされないまま映画は進んでゆく。

 本格的に話が展開するのは物語中盤以降。魔法のキャンディーを口にすることで別世界への扉を開くことができることを知った2人は、その別世界で演じ続けられる奇妙な物語を目にする。この劇中劇にはセリーヌとジュリーの2人自信も登場するのだが、最後には幼い少女が殺されることが決っている。この少女を救うべく、意を決して不思議の世界へ飛び込む2人、行く末はいかに……と書くと、この映画をまだ観ていない方はその結末が気になってしまうかもしれないけれど、実はこの作品、結末らしい結末はないんです。上記したストーリーだってあってないようなもの。そういう点ではリヴェットらしい作品だし、劇中劇を取り上げるまでもなく、この『セリーヌとジュリーは舟でゆく』という作品自体が夢物語として機能している。

 僕は映画を見る時は割にそのストーリーを重視するし、だから物語が成り立たない作品というのはあまり好きではないのだけれど、この『セリーヌとジュリーは舟でゆく』は別。ストーリーのない映画というと、とかく前衛的で現代的で、人間味に欠ける作品が多いのだけど、この作品は全く逆。僕らの日常――決して映画のように一筋縄ではいかない、道を踏み外してみたり、立ち止まってみたり、焦点が定まらなかったり、堂々回りをしてみたりする、美しく纏まることのない日常――を、終わることない夢物語になぞらえている。一見日常の1ページを切り取ったような顔をしながら、あまりに予定調和的なできすぎた映画が多い中で、かえって『セリーヌとジュリーは舟でゆく』は普段着感覚で観ることができる。

 セリーヌとジュリーのいきいきとした表情は、演じるジュリエット・ベルトとドミニク・ラブリエのそれである。ヌーベルヴァーグによってスタジオを飛び出したカメラは、パリの陽の光をありのまま写し出している。そんな等身大の映像を夢物語として、しかし普段着感覚で肩肘張らずに観ることのできる映画はそう多くはない。『セリーヌとジュリーは舟でゆく』、ぜひリラックスして観てください。

 ジャック・リヴェット『パリでかくれんぼ』はこちら

 

 

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