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Blue Velvet

 僕がデヴィッド・リンチ監督の作品に触れたのは、高校生の頃レンタルビデオで観たこの映画が初めてだった。1986年作 "Blue Velvet"。

Blue Velvet 作品の内容は先に紹介した "Wild At Heart" や"Twin Peaks" などと同様、知られざる禁断の世界を描き出すというもの。若きカイル・マクラクラン扮する青年が野原で人間のちぎれた耳(!)を見付けてしまうことから殺人事件に巻き込まれていく。そこで目にする圧倒的な暴力、倒錯的で変態的な性の世界。青いベルベットのドレスを身にまとう美しい女性歌手(イザベラ・ロッセリーニ)。彼女を中心にして交錯する現実世界と裏世界。そして、名曲『ブルーベルベット』の美しい調べ。

 しかし、正直に言って、初めて観た時はこの映画のストーリーをうまく理解できなかった。まだまだ子供だった僕には難解で重いリンチ・ワールドは理解できなかったし、今ほど倒錯的で変態的な世界に対する興味もなかったように思う(いや、今だってそれほど変態じゃないですけど、たぶん)。

 それでも、この作品は僕に強烈な印象を残した。それは、ひとえに、あの美しすぎるほどのオープニングショットのせいだと思う。抜けるような空の青さ。燃え立つような芝生の緑(僕はこの時初めて「燃えるような緑」という色を見た)。その芝にホースでまかれる水はどこまでも透明で、太陽の光で輝きながらゆっくりと地面に落ちていく。限りなくありがちな日常の一風景を描きながら、その鮮やかすぎる色使いの映像は、これから始まる非日常--それは決して幸せなものではない--を予感させるのに充分だった。さらにそれは、直接的に見て取れる映像やストーリーのその裏側に、監督が伝えたい「何か」が隠されていると感じさせるのに充分だった。

 そんなオープニングショットに的確に表されているように、デヴィッド・リンチの描き出す映像やストーリーは美しすぎるが故に、時に観る者に不快感を抱かせる。そして監督がその不快を突き詰めていけばいくほど、観る者は知らず知らずのうちにそれにのめり込んでいく。そう、それは鋭く尖ったナイフを見つめるのと似たような感覚なのかもしれない。ナイフの痛みを知りつつも、あまりにも美しく研ぎ澄まされた輝くナイフの先端につい触れてしまう、そんな感覚。

 そう、それは数年の後、あの "Twin Peaks" に採用されたのと同じ手法だ。美しい自然、美しい山間の町並み、美しいローラ・パ−マ−。しかしそのどれもが、美しさを増すほどそれに反比例して醜悪に満ち満ちて、だからこそ観客は不快を感じながらも物語の渦の中へ引き込まれる。"Twin Peaks" があれほどまでにヒットしたのは、謎ときの面白さよりもそちらの要因に拠るところが大きかった。

 もちろん、醜悪に抗じ難い魅力を感じさせるという作風をもつ映画は他にもあるだろう。だが、"Twin Peaks" のヒットぶりをみるにつけ、デヴィッド・リンチほど端的に不快を快感として、若しくは不快故の快楽を描ける映画監督はいないのではないか。そして、この "Blue Velvet"、"Twin Peaks" の何年も前に、わずか2時間という映画の枠組みの中でそれを表現しているのだ。デヴィッド・リンチのエッセンスが濃縮されたこの作品、まぎれもなく20世紀の名作中の名作である。

 

 

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