天城山散行記

2001年5月2日

これは、天城を単独行した中年男性の、愛すべき記録である。

 

1 単独行を準備する

<今回の持ち物は次のとおり>

25,000分の1(国土地理院「天城山」)の地図、合羽、スパッツ、折りたたみ傘、ザックカバー、ウィンドブレーカー、着替え、ガスバーナー、ガスボンベ2、コッフェル2、水筒、コップ、軍手、タオル、サークルKのおにぎり3、インスタントラーメン、切り餅2、ブロックチョコ、UCCのインスタントコーヒー2、ヘッドランプ、テーピング用テープ、バンドエイド、ゴミ袋等

(登山口駐車場で気付いた忘れ物:ガイドブック、コンパス、缶ビール)

 ○ 雨対策のため登山靴は特に念入りに防水スプレーをかけた。服装はニッカーボッカスタイル、ザックは25〜30リッターのデ
   ィバックを使用。

 

2 登山口まで

 ○ 7:20に自宅を出発、天候は曇。

 ○ 国道1号線旧道を沼津方面に向かい、沼津市街地に入る直前に右折する。千本浜公園を経て獅子浜に抜ける間道を走る。あとは
   国道414号線を一路修善寺まで。

 ○ 中伊豆町役場を経て伊豆スカイライン冷川インターから天城高原に向かうつもりだったのが、右折個所を2回も間違えて元の道
   に引き返す。結局、冷川の料金所を通過することなく、予期せぬ暗くて狭い山道を彷徨う。対向車とのすれ違いに気を使いなが
   天城高原に至る。

 ○ 登山口の無料駐車場は天城高原G.Cの中にあり、広くて快適なスペース。水道はもちろん水洗トイレが完備されており、極めて
   清潔な場所である。

 ○ 登山口駐車場の到着は9:50で予定より30分程早い。朝食代わりのおにぎりを2個胃袋に収める。

 

3 ぼちぼち登る

 ○ 天城高原の天候は霧雨。とにかく霧が深く登山口が見当たらず。

 ○ 車を降りるとニッカーボッカから先の膝下の素足が寒い。急いで靴下、登山靴を履く。その間に2組のペアーが動き始めていた。
   2組とも既に合羽を着用している。その後姿を目で追い登山口の方向を見当付ける。

 ○ 小生もトイレでの大事な用件を済ませて準備完了、登山口に向かう。霧の中からうぐいすの透き通るような鳴き声が聴こえてく
   る。

 ○ 今回の山行のネライは、山頂に至るまでの「途中の道」。「霧雨の中に萌える新緑を眺め、石楠花、山桜、アセビな
   どの花々を愛でることである。」と自身に言い聞かせながら登山口の案内図をしばし眺める。
  

 ○ 「コースは予定の万二郎経由万三郎か、或いはその逆で行くべきか」と迷ったが、それも一瞬。考えるのが面倒なので予定通り
   の万二郎コースを選択する。

 ○ 時計で10:00丁度の時間を確認。合羽無着用で歩き始める。

 ○ 首筋に湿り気のある霧雨を感じながらしばらく登ると、万二郎、万三郎の分岐点に至る。

 ○ 先行のパーティが合羽を脱いでいるところに追いつき、振り向くと、若いカップル1組と家族連れの談笑風景。登り始めの天城
   の「道」には新しい発見もなく、単独行の寂しさをかみ締め、歩行は自然と速くなる。

 ○ 緩やかな登りのなかに時折急峻な道。少し喘ぐと霧の流れが急激に乱れ始め、山頂が間近であることを知る。

 

4 縦走路を歩く

 ○ 万二郎山頂には10:42着。頂上には老夫婦1組が休憩中。軽く挨拶を交わし、そのまま万二郎山頂をやり過ごす。

 ○ 山頂を30メートル程下ると登山道南側に小さな岩場があった。そこは周囲には木々がなく、天候に恵まれれば下田方面までが
   一望できそうな良好な休憩地であろう。もちろん、今は、ガスで眺望はきかない。ザックを降ろすことなく、岩場にしばらく佇
   む。

 ○ 温まった体から心地よい湯気が立ち上り霧と溶け合う。天城の自然との一体感…、また聴こえるうぐいすの鳴き声…、幽玄の世
   界…。学生時代、辞書を片手に何度も読み返したあの夏目漱石の「草枕」の一節をカッコよく思い出そうとした。悲しいかな、
   既にそのほとんどが忘却の彼方。かすかに記憶の底にあるのは「幽玄」と「詩境」という字句。その文字からくる茫洋としたイ
   メージを呼び起こす。かつて、辞書を引いてもその言葉が持つ意味が理解できなかったが…。

 ○ 足元には山桜が背伸びして岩場から顔を出している。小さな木に小さな花びらをチラホラと付けて大変愛らし
   い。草木に愚昧な自身を省みて、めがねを手に取り岩場に四つん這いになる。鼻先を花弁に近づけて観察し、
   やっと「桜である。」と確信する。もし、別の花と見間違えていたら下界の皆に「バッカー」と指をさされて
   笑われるに相違ない。

 ○ なだらかな天城山縦走路をゆっくりと進む。アセビの白い花を発見。有名なアセビのトンネルの入り口にさしかかる。まだ開花
   の時季には早く、柔和な緑に包まれた天城の「道」を惜しむように通過して行く。予想に反して、しばらく歩いても尽きない程
   の長い長い緑のトンネルであった。

○ 相変わらずなだらかで快適な道のりが続く。そして、万三郎山頂までの厳しい直登の始まりを予想させる
  急勾配の入口が見える。その付近に数人の登山者の往来が見え隠れした。近づくと「この奥に巨木あり」
  の標識を発見。

○ 先客と入れ違いに奥の森林地帯に踏み込み、巨木を見上げる。姿かたちの美しい見事な巨木であった。こ
  れが樹齢?00年といわれているブナの木である。両手で幹を抱えたが半周にも届かない。思わず軍手を
  脱ぎ、素手で触れる。天城の原生林との会話、ここでまた「詩境」…。

○ 寺山修二が大樹を眺め、「そこでは血が立ったまま眠っている。」と言っていた(…筈である?)。逆説
  好きで奇抜さを好む彼らしい表現といえるが、今でもその意味がよく分からない。この情景はまさに宮崎
  駿の動画の一コマである。霧に遮られたブナの大樹の天辺から、大きな眼をしたトトロが突然現れそうな
  雰囲気だ。

○ 木々の間から雨だれが落ちてきて小生の衣服を濡らす。カバーを付けていないザックの中身を気にしなが
  ら、万三郎山頂への道を急ぐ。万二郎山頂から下った分とプラスアルファの上り坂を覚悟して急勾配に取
  り掛かる。

 ○ 登る。登る。ひたすら上を目指す。足元がふらつきそうな疲労感を覚え始めた頃、頭上から話し声が途切れ途切れに聞こえくる。
   そして、あっけなく万三郎山頂に到着した。

 ○ 時計で11:35を確認する。山頂を示す標識の下に掲示されている天城山概要の案内図が目に留まる。それをよく見ようと山
   頂標識に身を屈めた途端に、「アッ」という女性の声と「クスッ」という誰かの苦笑に気づく。どうやら山頂での記念写真の撮
   影最中をタイミングよろしくお邪魔した模様。

 ○ それほど広くないこの頂に、十数人の登山者の集団が昼食の準備で忙しく動いてい
   る。ガスバーナーから勢いよく発するガスの燃焼音。コッフェルの中のお湯が激し
   く沸騰している様。弾む他人の会話。なんとなく場違いであるという気分と、昼食
   場所の設定を間違えたことの後悔……。瞬時に下山を決意する。

  

5 帰り道を急ぐ

 ○ 今はガスだけで雨は無い。特に帰り道を急ぐ理由は無いが、下山途中の1組のカップルを追い越したときから走るように下山し
   た。

 ○ 涸沢分岐に至るこの道は、その名とおり水の無い石ころだらけの沢を繰り返しトラバースする味気のない下り道。足元だけを見
   つめて急いで下る。

 ○ 下山途中、万三郎を目指しての上りの登山者3パーティとすれ違う。そして、また下山。

 ○ 林立する姫沙羅の木肌がやけに目立つ。特に美しい樹とは思えない。皮膚の無い人間が幽霊のように立っているようでむしろ不
   気味な感じがする。

 ○ また、途中で愛らしい山桜に遭遇した。登山道に伸びているその一枝の切り口に、自然な勢いで接吻する。小さな若葉を付け
   た細い小枝が処女のように恥じらい震えていた気がする…。否、タバコのヤニ臭いオヤジの口臭に驚いて思わず身を引いたの
   かも。想えば小生もあと4日で52歳である。

 ○ 何度も道標を確認しながら下山。そして、万二郎、万三郎分岐点に到着する。もう一度方向を確認しようと道標を覗き
   込む。そして、石楠花の群生地を知らぬ間に通り過ぎていたことに気づく。確か石楠花の開花にはまだ早いはずだが
   …。それとも、咲き始めた石楠花の群生地は涸沢の道筋にあって、足元に気を取られているうちに、これを無様に見過
   ごしてしまったのか?

 ○ 終に登山口に到着。時間は12:50。天候は曇り。天城の森はなお霧が深く、うぐいすの美しい声が響き渡っていた。

 ○ 霧の中の声に振り向こうとしたが、無駄な努力であることを覚り、登山靴に付いた泥を何度も払いながら駐車場に向かう。

 

6 無料駐車場にて反省する

 ○ 無料駐車場の入り口に「一人一石運動」の立て看板があった。側に平たい石ころが多量に積み上げられている。登山道を踏み外
   し自然を破壊しないようにとの配慮から、登山者たち対する小石のボッカの呼びかけで、持ち込んだ石を指定の場所に積み上げ
   て正規ルートの目印にしようとのボランティアの勧めである。小生の今回の天城山行は、結果として、食事、コーヒー共に無し、
   飲料用の水さえ一滴も使わず、タバコ1本すら吸っていない。結局、ザックの中身は自宅から持ち込んだそのままの状態で、一
   度も開けずに戻ってきたことになる。その重さ相当分の石の数をザックに詰め込めば何人分のボランティア活動となっただろう
   か。

 ○ 地図、1度も開かず。国土地理院の地図にこだわったのは道に迷ったときの非常用のためである。使わずにこしたことはない。
   しかし、この「天城山」の地図は、職場からの急ぎの帰り道に、江崎書店、谷島屋、よしみ書店を駅方面から遡って探し回った
   貴重な代物。でも肝心のコンパスの持参を忘れている。これではまるで意味をなさない。

 ○ そして最後の反省。今日の山行の歩行時間は適切であったか、それとも急ぎ過ぎたか。大きな見落としがあったとすればそれは
   何か?

 

7 天城山登山を総括する

 ○ 私にとっての天城山での「途中の道」の魅力は、そのすべてが縦走路に詰まっていたと言える。一人で歩いていても充分楽しめ
   るコースであると思う。しかしながら、単独行を楽しむための登山としては、少々の物足りなさを感ずる。予想された午後から
   の悪天候に気遣い、そのために急ぎ過ぎたことを考慮しても、この周遊コースでは短すぎる。

 ○ 函南町の奥地から天城全山を縦走する一泊のコースがあると聞ている。もし、再び単独行の機会が訪れたら、慎んでこのコース
   に挑戦してみたいと思う。

 ○ 私が登山に対する想いを深めて行ったのは、愛鷹連山の単独行での数々の冒険であったと思う。忘れかけていた自分の「山」と
   の出会いをふと想い起した。